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ネビウスクロニクル  作者: 石井
空の都編
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浮船の道(11)「お尋ね者再び」

 浮船の乗組員には空の都(パラテラ)職人組合(ギルド)職員が身分を伏せた上で数名含まれており、彼らがルルウが懸念していたような金銭や物資の問題について事前の交渉を進めた。シルクレイシアとネビウスの見立てが二人揃って間違っていたのは、タゴンは無償で空の都(パラテラ)を支援するつもりは無かった。互いの妥協案を擦り合わせるのに五日を要して、ようやく双方の代表が取り決め文書に署名をしたのであった。


「父様にはがっかりしたわ」


 シルクレイシアは調印式の後の宴席で公然と父の批判を展開した。


「ベイサリオンが傭兵の貸出や物資の提供に条件を付けたかしら!? 何がヨーグの大英雄よ。見損なったわ」


「私はむしろ見直したのよ。タゴンがいる限り東の港町(シラトビ)は安泰ね」


 ネビウスはタゴンの政治家的な振る舞いに驚きを隠さなかったが、それでいてタゴンに対して失望するどころか評価を上げていた。タゴンが求めたのはあくまで魔人討伐後に発生する権益借用に限定しており、空の都(パラテラ)の困窮している現状に追い打ちをかけるものでなかった。だからルルウは調印式でタゴンと握手をしたとき、安堵して笑うことができたのであった。


 このような大人の事情とは無縁で生きてきたカミットも、知り合いの漁師や浮船の船乗りたちを通して、事情を聞き齧るようになった。彼は空の都(パラテラ)東の港町(シラトビ)の話し合いが長引いたことが理解できなかった。彼は見返りを求めて魔人と戦ってきたのではなかった。冒険の果てに悪を討つことが面白かっただけである。命がかかっているという状況や体の痛みを伴う体験は彼を興奮させ、穏やかに暮らしていた日々では考えられないほどの充実感を与えていた。


 東の港町(シラトビ)の港には慰霊碑がある。そこには入江の魔人を討伐するために戦って死んでいった者たちの名が刻まれていた。シルクレイシアの弟子という肩書を持つカミットはそこを訪れたことが何度かあった。いつか自分の名も刻まれることを想像したら、彼は誇らしい気持ちになった。シルクレイシアはそんなカミットに「穏やかに暮らすために私達は戦っているのよ。戦いを終わらせるために」と諭したのであった。


 浮船の出航の前に、ルルウや船の乗組員たちはこの慰霊碑を訪れた。彼らは戦士たちの霊を慰め、そしてこれからの戦いに向けて加護をもらえるように祈りを捧げた。カミットも手を組み合わせて膝を付き「ぜひ、ぜひ」などとぶつぶつ言って祈った。


 九日間の滞在を経て、出航の日が訪れた。カミットはシルクレイシアやタゴンと別れの挨拶を交わし、軽やかな足取りで船に乗り込んだ。


 港に停泊していた三隻の浮船は浮き袋を膨らまし、徐々に浮かび上がった。やがて水面から離れ、空へと飛び立った。タゴンやシルクレイシア、そして港町の人々が見送る姿はほんの少しの間で見えないほど小さくなっていった。





 空の都(パラテラ)への帰路は行きよりも要領が掴めており、順調に進みつつ合った。ところが警報が打ち鳴らされて、緊急の会議が開かれた。翼獣プテリオキロスの攻撃を警戒していると、浮島に停泊している一隻の不審な船を見つけたのだ。職人組合ギルドの旗を掲げる船団に対して、空の都(パラテラ)の船であれば連絡係を寄越すはずだがその様子はなかった。そうであれば、その不審な船は空賊のものに違いなかった。会議の主題は空賊を攻撃するか、それとも無視するかに絞られた。ここにネビウスがもう一つの案を提示した。


東の港町(シラトビ)は海賊を上手く使って、魔人討伐に役立てたのよ」


 これに対して真っ向からぶつかったのはルルウであった。


「神殿は賊を絶対に許さない。掟を破った者たちは串刺しと決まっているの」


「漁師と神殿じゃ考えも違うかしら」


 ネビウスは強くは主張しなかった。船長のルルウがこのような考えであったので、会議は空賊討伐に意見が傾いた。


 戦士を投入して先制攻撃を仕掛けた結果、制圧は呆気なく成功した。空賊の船からは翼甲獣プテリオキロスの赤ちゃんが多数見つかった。捕らえた空賊はほぼ全員がブート人だったが、一人だけナタブの中年男がいた。お縄にかけられて、不貞腐れていた彼の前にネビウスが立った。


「あんたってまともな商売ができないの?」


「偉そうに言うな!」


「今度こそおしまいかもね」


 ネビウスと関係浅からぬその男はバルチッタであった。彼は荒れ地の都(ペキ)東の港町(シラトビ)と続き、空の都(パラテラ)でも掟に反する闇の商売に手を染めようとしていた。


 空賊の団長と空賊を唆したナタブの商人であるバルチッタ、この二名に対して、ルルウが簡易裁判にて刑を決定することになった。流れるようにして串刺し刑が告げられると、バルチッタは大声で叫んだ。


「俺は闇の呪術を使えるのだ! 俺たちの船を見ろ! お前らがさっぱり扱えないでいる翼甲獣プテリオキロスは家畜同然だ。俺は牢獄の都(ラクリメンシス)経由で多くの呪いの薬を扱える。そいつを餌に仕込んでやってだな。どうだ! 俺ほど有能なる者をお前が裁くのか!? 俺を生かせ! そうすれば空の都(パラテラ)に莫大な利益をもたらしてやる!」


「野生の翼甲獣プテリオキロスは狩猟も捕獲も禁じられている。毒薬を飲ませるなんて以ての外。掟に従い、ナタブのバルチッタは串刺しにする」


 ルルウは顔色を悪くしながらも最後まで述べた。こうして迅速に終結しつつあった裁判の場にネビウスがひょっこりと現れた。バルチッタが期待に目を輝かせた一方、ネビウスは彼に一瞥もくれずにルルウの方だけを見ていた。


「船を拿捕だほして、港まで連れて行くのでしょう。賊の処置は神殿に任せたら良いんだわ」


「管理するには人員が足りない。荷物になるだけでしょ」


「縛って倉庫に放り込んでおけば良いのよ」


 ネビウスはルルウに顔を近づけて小声で囁いた。


「あんたにはこういうのは向いていないのよ。またお腹が痛くなっちゃうわ」


「バカにしないでよ。罪人に刑を言い渡すことくらいなんでもない」


 ネビウスが強く誘導したことで、ルルウは賊の処置について保留とした。ルルウは裁判が終わるとほっとしていた。都に着けば賊は串刺しになるだろうが、そうだとしてもルルウが手を下さずに済んだことは彼女の気持ちを楽にした。

お読みいただきありがとうございます。

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