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ネビウスクロニクル  作者: 石井
空の都編
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浮船の道(10)「守り子たち」

 早朝の槍稽古はタゴンの日課であった。カミットは約束をしていたわけでもないがタゴンの横にやってきて、槍を突き出したり振ったりして、槍の型を真似た。すると体の軸がぶれてふらついてしまい、タゴンのように美しい槍の軌道を描くどころか、基本である突きの所作もキレがいまいちだった。タゴンはカミットの様子を見ていて、重々しく怖ろしい声で講評した。


「稽古を疎かにしているな」


 カミットはぎくりと肩を跳ねさせた。図星であった。空の都(パラテラ)へ旅立って以来、一つのところに留まってゆっくり過ごす時間もなく、武芸の稽古をしない日々が続いていた。カミットは口を尖らせて言い返した。


「やることがいっぱいあるんだよ」


「お前の事情は知らぬ。戦士というのは常に最善を尽くすために準備をしておかねばならぬ」


「分かっているよ」


「技は磨かねばたちまち錆びるのだ」


「だから稽古をしているんだよ」


 こうしてカミットがタゴンに説教されながら稽古をしていた頃、朝が早いブート人のルルウが起きてきて中庭で槍を降るカミットとタゴンを見つけた。彼女はまだ痛む腕をさすり、近い将来剣を持つ日があるのだろうかと考えた。彼女の脳裏に思い返されたのは月追い(ルナシーカー)を圧倒するネビウスの剣術であった。ネビウスは師匠なのだからルルウに剣を教えてくれるかもしれないと期待した。ルルウはネビウスの舞うように美しい剣技を自分が使いこなす姿を想像した。そんな風に物思いに耽っていたルルウの背後から忍び寄る影はネビウス。ネビウスはルルウに急に抱きついて驚かせた。


「やることもないのに早起きしても損よ」


「やめてよ。心臓が止まっちゃう」


「あんたがびくびくしているから驚かせたくなっちゃうのよ」


 ルルウはネビウスの手に自分の手を重ね合わせた。


「カミットは偉いね。戦うためにがんばっている」


「あんただってがんばっているわ」


「私、剣を」


「あ。止して。私は剣を教えたりしないわ」


「なんでよ。剣師セイヴァを育てたんでしょ?」


「その子が勝手に稽古して、勝手に技を身に着けたの。あんた、剣の精霊の加護は?」


「無いけど」


「じゃあ無理よ。ルルウはその才能が無いってこと」


「やっぱりそうだよね」


「がっかりしないのよ。槍も剣も、あんなのは乱暴者の才能なんだから羨ましがることないわ。あんたにはあんたの出来ることがあるのよ」


「何も見つからないよ」


「よく探すのよ」


 ルルウとネビウスは茶を飲んだり、菓子を摘んだりして、ぼやぼやとこの朝を過ごした。シルクレイシアが眠たい目を擦りながら起きてくると、縁側で仲睦まじくしている二人を見つけ、ネビウスに「あなたって女の子が好きね。見境が無いのよ」と文句を言った。





 ルルウの船団が空の都(パラテラ)へ持ち帰りたいのは食料が主であったが、その他にも槍や剣、鎧などの装備品、そして海の守り石といった高価な品物も要望項目に含まれていた。しかしルルウはこれらの要求をタゴンに言い出すことができずにいた。元々の計画においてはルルウは肩書だけの船長であるはずだったが、今や彼女は名目ともに船団の代表者となっていた。


 このことはネビウスにとっては想定外だったが、彼女はルルウを見守っていた。ただし助言はほとんど無く、ルルウは悩み続けるのであった。見かねたシルクレイシアがネビウスに聞いた。


「ルルウを弟子にしたんですってね! あんな若い子を担ぎ上げてどうするつもり。責任持ちなさいよ。本当はどうせ恩義があるとかなんとかで押し切るつもりだったんでしょ?」


「まさか。そんな乱暴はしないわ」


 ネビウスの考えはもっと単純であった。詭弁を弄さずとも、タゴンは喜んで協力すると彼女は考えていた。実際、そのようになりつつある。


「ルルウに教えてやりなさいよ。父様は何でもしてあげるつもりでいるのよ。恥ずかしがって言わないけど」


「私はあの子の真面目なところを大事にしてあげたいの。あの子、十二歳なのよ」


「カミットの一歳上? 同い年? ほんとに?」


「賢そうでしょ?」


「そうねェ」


 シルクレイシアには思うところがあって、ルルウを誘い、ネビウスと三人で港に出かけた。ネビウスはシルクレイシアとルルウの間を歩くと機嫌が良くなって足取りは弾むようであった。ルルウはシルクレイシアの誘いに困惑していた。彼女はやることがないなら船の仕事を手伝わなければならないと考えていたので、守り子どうしとは言え、楽しく遊んでいる場合ではなかった。


「あの、何か用事が?」


「無いわ!」


「そうよ。私とシルクレイシアはだらだらと散歩しがてら、ついでに魔除けをするの」


 街のいたるところにある祭壇は魔除けの力を持っている。管理や修繕はこまめに行わねばならず、祭壇に隠れ住む精霊が少なくなっていれば補充する。ネビウスはある祭壇を見たときにはランプを取り出し、ぽうぽうと光る不思議な灯火をいくつか祭壇へと移した。


 ネビウスはルルウにも精霊の補充をするように促した。ところがルルウがランプを開くと、貴重な精霊の灯火が霧散してしまった。これを見たシルクレイシアはきっぱりと言った。


「聞いていたよりもずっとダメね」


 ルルウは肩を落とした。


「ごめんなさい」


「謝ることないわ。水の精霊だから、ブート人には扱えなくてもおかしくはないのよ」


 この言葉には裏の意味があって、ルルウには分かっていた。


「でも守り子は」


「そうね。私は精霊相手なら最低限のことは何でもできるわ」


「もっとがんばって修行しないと……」


「がんばらなくて良いわ」


「え?」


「精霊のことはリリイにやらしておきなさい。リリイは運が良いのよ。双子の妹ですって! 守り子の仕事が半分ってことでしょ。ねえ、ネビウス!」


 ネビウスはランプをあちこちに向けてルルウが無駄にした精霊をどうにかかき集めようとしていた。シルクレイシアに言われて彼女は振り向いた。


「何か言ったかしら?」


「聞いておきなさいよ! あなただってルルウを弟子にしたのは何か考えがあるんでしょう」


「無いわ。テキトーよ」


「もう! とにかく! ルルウ、あなたは精霊のことはダメだけど、それ以外は全然ダメじゃないの。ウジウジ、ジメジメな神官ドルイドたちを相手に立ち回るのに、二人がかりで戦えるなんて素晴らしいことだわ」


 ルルウはこれを聞いてぞっとした。彼女にとって神官ドルイドは敵ではなかったし、戦うなんて発想もしなかった。有力家系の出身ではないルルウにとって神殿と良好な関係を築くことは彼女のみならず一族のためでもあった。


 このあとタゴン邸に戻ったルルウは「こんなに面と向かってダメって言われたことあったかな」と思い返し、またも落ち込んだのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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