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ネビウスクロニクル  作者: 石井
空の都編
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浮船の道(7)「古の民の遺産」

 カミットは呪いの蔦に自分たちを引き上げさせようとして、何度かずり落ちそうになりつつ、どうにか崖から這い上がった。ネビウスは特にミーナを気遣っていて、カミットと一緒にミーナを引っ張り上げた。カミットは何事もなかったかのように「探検だ!」と叫んで走り出そうとした。すかさずネビウスが彼の腕を掴んで留まらせた。このあとのことを察した様子でミーナがカミットに抱きついて、ネビウスに訴えた。


「楽しかったよ!」


 ネビウスは苦笑いして言った。


「怒るわけじゃないのよ。助言をするの。坊や。私は言ったのよ。島の上の方に着地しなさいって」


「強い風が吹いたんだ。それでミーナの呪いの風じゃ全然逆らえなくて。でも大丈夫だったよ」


 カミットはすらすらと反論した。ネビウスは凄んだ。


「坊や」


「分かったよ。またミーナに怖い思いさせちゃった。今度はもっと上手くやるよ」


 その口ぶりにはさっぱり反省の色が見えず、この話を早く終わらせたい気持ちがそのまま出ていた。カミットにしてみれば風が吹いたのは彼のせいではないので、言い訳をしたつもりもなかった。そもそも今回の探検を言い出したのはネビウスだったし、それほど心配ならミーナのことはネビウスが見ておけば良いのだ。こうしてあからさまに反抗的な態度を取ったカミットに対して、ネビウスは困惑し腕組みをして黙り込んだ。ミーナは口を結んで俯いて、家族の危機が去るのを待っていた。気まずい親子に話しかけたのはルルウだった。


「あの……、あなたたち、大丈夫? これから調査でしょ」


 カミットはルルウに気づくと顔をパッと明るくさせた。


「ルルウも一緒なんだね!」


「あらァ。ルルウのことを忘れていたわ」


 ネビウスはどうしたら良いのか分からないで思考停止していたところにルルウが来てくれたので、説教は有耶無耶にして終わらせてしまった。





 かつていにしえの民が別荘として用いた空に浮かぶ巨大建築物、そこへ風に吹かれた植物の種が土を一緒に運んできて取り付き、やがて島へと変貌させた。これが浮島の起源である。


 終わりの島(エンドランド)の空には浮島が無数にあって、それらは翼甲獣プテリオキロスの巣になっている。かつて大人しかった翼甲獣プテリオキロスが縄張りに侵入した者を見境なく襲うようになり、浮船の道は一変して危険なものとなったのである。ところが今回は様子が違った。


 ルルウは訝しんでネビウスに尋ねた。


「襲ってこないし、姿も見せない。どうして?」


「守り子の威光が輝いているのね」


 ネビウスはへらへらとして言った。つい先日、翼甲獣プテリオキロスに食い殺されそうになったルルウには笑えない冗談であった。


 石柱や石畳は全て蔦や葉で覆われていた。カミットは駆け回り、時折しゃがみ込んだりして、翼甲獣プテリオキロスの足跡を観察した。ルルウがカミットの上から覗き込むと、カミットは得意になって言った。


翼甲獣プテリオキロスの足跡だ。かなり小さいね。子供かな」


「これが小さいの?」


 人間の手のひらの十倍近い大きさをした足跡。三つの指先と踵の後ろには鋭い爪の跡があり、その爪で翼甲獣プテリオキロスは岩肌や急な斜面にしっかりと体を固定させる。


 ネビウスがカミットに言った。


「巨獣の山の翼獣プテリオキロスは豊かな体毛をしていて、体はもっと大きいのよ。この足跡はここらの翼甲獣プテリオキロスとしては普通の大人が残したものよ」


「そっか!」


 カミットはネビウスと少し気まずくしていたのだが、話しかけてもらえると元気になった。すでに通り過ぎていた場所へ駆け戻って、繁茂する植物の葉が食いちぎられた跡についてネビウスに質問した。ネビウスはつらつらと説明した。


「この島の翼甲獣プテリオキロスは草食なのね。翼獣プテリオキロスにはたくさんの種類がいるけれど、その八割は草食よ」


 探検を続けると、無数の足跡を発見した。足跡を追っていくと、やがてトンネルに至った。その入り口を一頭の翼甲獣プテリオキロスが封鎖していた。背には小ぶりの翼を持ち、体を甲殻で覆われて頑丈な見た目をした四足歩行の種であった。ネビウスたちの来訪に気づいていた様子で、その翼甲獣プテリオキロスは今にも襲いかかってきそうなほど気を荒立てていた。


 よく観察をして、ネビウスは「そういうこと」と呟き、いかにも自然な様子で翼甲獣プテリオキロスの前へと進み出た。ルルウは息を飲んで叫びそうになったが、その口をカミットが抑えた。翼甲獣プテリオキロスはネビウスに向かって突進したが、衝突の直前で急停止した。ネビウスは目を瞑って、怒れる獣の頬に触れた。その手からは青い火が優しく燃えて、獣の怒りを暖かく包み込んで溶かしてしまった。


 トンネルの奥はガラスの天蓋に覆われた広場であった。数十頭もの翼甲獣プテリオキロスの群れはネビウスたちの来訪を受けてここに避難して集まっていた。トンネルを守っていたのは群れの長であり、彼が認めたことによりネビウスたちは縄張りの本拠地へと入ることを許された。


 ネビウスは群れのことは気にもかけず、広場の中央で蔦に覆われていた台座を調べた。ネビウスは大理石のように美しいその台座の表面を指でなぞり幾何学的な模様を描いた。すると台座が輝きだし、天井のガラスの天蓋に無数の星空のように光が映し出された。ネビウスはしばらくその台座上で指を動かし続けた。カミットとミーナはその幻想的な輝きに感動しきりであったが、浮島のことに詳しいルルウはネビウスが何をしているのかがほとんど分かってしまっていた。ネビウスが指を動かせば、光が動いていた。


 ルルウは呟いた。


「浮島の位置が」


「秘密にしなさい。誰にも言ってはならないわ」


 ネビウスは小声で言った。


「こんなことできるなら最初から言ってくれれば良かったのに」


「浮島の配置は当初の目的に合わせて合理化させたものだから、この旅から戻るときには元に戻す必要があるわ」


「当初の目的って?」


「隕石からの対空防衛」


「それって始まりの神話のお話でしょ。あれって本当なの? 私達はてっきり浮島は古の民が遊ぶための別荘って思っていたけど」


「私は古きから来たる者、見て知ったことを語るだけよ」


古来こらい人か。すごい技を持ってたんだね」


 ネビウスは一通り作業を終えると「大昔のことだし、この機械は訳わからなかったわ! とりあえず翼甲獣プテリオキロスは私達が乗っていると分かれば、船を襲うことはないと思うわ」と言った。翼甲獣プテリオキロスの赤ちゃんたちと遊んでいたカミットは「そっか!」と言った。


 ネビウスが呪いの火を打ち上げて、浮船に信号を送り、島まで迎えに来させた。このときは翼甲獣プテリオキロスたちは浮船を襲うことはなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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