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ネビウスクロニクル  作者: 石井
空の都編
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浮船の道(5)「眠れぬ夜」

 太陽の下、カミットは船上デッキから青い空へと舞い上がった。体に巻きつけた蔦と風を捉える綿羽の葉がしっかりと装着させて風に乗れば、翼が無くとも空を飛べる。この考えの第一段階は成功した。


 より研究を進めるために、飛行操作はどの程度制御できるのかを検証しなくてはならなかった。カミットは肩に固定した蔦を引いて、綿羽の葉の角度を変えてみた。大きく広がる綿羽の葉はぐわんと向きを変えて、その下でぶら下げているカミットを振り回した。風の力は凄まじく、勢いがついてしまうとカミットの腕力で逆らうのは困難だった。「わあ」などと間の抜けた叫び声をあげたりして、彼は浮き船の後方の上空で飛行動作の試行錯誤をした。


 これを見上げていたルルウは心配でたまらなかった。カミットを船に繋ぎ止める命綱が切れてしまったら、彼は空の向こうへ吹っ飛んでいってしまう。ブート人の乗組員が助けにいくとしても、大きな危険を伴うであろう。ルルウは休憩中の船乗りと酒盛りをしているネビウスに何度目かの警告をした。


「危ないからやめさせた方が良いと思う」


「んん? そうかしらァ?」


 ネビウスはへらへらと笑って、ルルウの意見を聞き流そうとしていた。


「おかしいよ。ブートじゃないのに空を飛ぼうなんて」


「アンタはまだあの子のことよく知らないから。こっちが何か言ったって無駄よ。無駄!」


 ネビウスと楽しくやっていた船乗りが愉快げに言った。


「森の民なんて陰気で気持ちの悪いやつと思っていたら、あの小僧はどうやら違う! 古の民に育てられただけのことはある!」


「私は何も教えていないけどね」


 ブート人とジュカ人はもともと敵対関係にあるわけではなかったことも、関係性の構築を円滑にした。港街でヨーグ人の漁師見習いをした経験も良く作用して、カミットは豪胆なブート人船乗りたちとすぐに馴染んだ。船の仕組みや空の航行について質問攻めにしたときには少し迷惑がられつつ、よく仕事を手伝うので可愛がられた。航行が安定軌道に乗ったときに、カミットが空を飛ぶと言い出すと、船乗りたちは興味本位で見物をして酒盛りをしたのだった。


 呑気に楽しんでいるだけと思われたネビウスであったが、彼女は視界の端で空の向こうにちらと一瞬光ったのを見逃さず、すぐに立ち上がり、自分の頬を叩いた。そうして火照っていた顔色を平素の素面に戻して、ネビウスは乗組員に声を張って告げた。


「三時の方角に足跡。面舵三十!」


 船乗りたちは大慌ててで酒宴を終いにして持ち場についたのであった。空を飛んでいたカミットは命綱を巻き取って船に戻された。





 直線距離ならば半日もかからない東の港街(シラトビ)への空の旅はすでに三日が経過していた。島の上空に浮かぶ小島、浮島うきしまは無数にあって、これらは翼甲獣プテリオキロスの住処となっている。かつては人をめったに襲わなかった翼甲獣プテリオキロスが今では浮船うきふねにとって最大の脅威となり、航路上に浮島うきしまがあったときには船は迂回するしかなかった。空路はかつてない不便で危険なものとなったのである。


 仙馬ボレマロゴの足跡を発見したとき、再びこの問題が持ち上がった。雲に隠れていた浮島が現れたのだ。このまま足跡まで直進すると翼獣に襲われる懸念があった。一方で、船の備蓄は必ずしも潤沢とは言えず、時間は惜しまれたし、船乗りたちの忍耐にも大きな負荷をかけていた。


 直進するか否かを決める会議においては、船長のルルウが誰よりも慎重だった。彼女は直近で翼甲獣プテリオキロスに襲われており、そのときの恐怖が鮮明に残っていた。しかし怖いから嫌だなどとは当然言えず、彼女は皆が言い合うのを黙って聞いているしかなかった。ルルウはネビウスの様子を伺った。ネビウスはニコニコと不気味な笑みを浮かべるばかりで発言していなかった。ルルウはネビウスに意見を求めた。


「そんな大事なことは自分たちで決めなさいよ」


 ネビウスは投げやりに言った。


 ルルウは少しむっとしたが、落ち着いて言った。


「そうじゃなくて意見を言ってよ。ネビウスはどっちが良いと思う?」


「私は案は出すけど、意見はしないわ」


「無責任過ぎでしょ」


「でもこれが私の意見よ」


 ネビウスは「うふふ」と笑った。


 会議はすぐには結論を出すことができず、結局迂回することになった。ルルウは一度は安心したが、仙馬ボレマロゴの足跡が消えつつあるとの報告を受けて頭を抱えた。浮島が遠ざかってくれるのを待つ妥協案は破綻したのである。


 やがて夜が来た。夜の空はいっそう冷え込むので、毛布にくるまって寝るのが一番だが、ルルウは不安に苛まれて船上デッキに上がった。


 暗闇の空に青白い光の筋がちらちらと光って、天に散りばめられた星々のようであった。ルルウはその美しさにため息をつき、手すりにもたれかかった。


「ルルウ! 何してるの?」


 話しかけたのはカミットである。カミットは毛皮の外套を着込んで、口を不気味に蠢く植物で覆っていた。カミットが生まれつき持っているとかいう森の呪いの力について、ルルウはもはや一々驚いたりもしないで言った。


「何もしていないの。眠れないだけ。カミットはこんな夜に何しているの?」


「夜は仙馬ボレマロゴの足跡がよく見えるから観察するんだ」


「観測担当なの?」


「ううん。違うよ。でも僕は仙馬ボレマロゴのことはよく知っておかないといけない気がして」


「よく勉強するね」


「考えられるときに全部考えておくんだ。大変なときにはそんな余裕はなくなっちゃうから」


「私はね。今、何も考えたくないの。眠ろうとして目を瞑ると、色んなことを考えちゃって眠れなくなっちゃうから」


「へえ! そうなんだ?」


「そういうことあるでしょ?」


「ないよ。寝るときは寝るだけだよ」


「あ、そう」


 カミットはルルウの話し相手をそこそこで切り上げて、足跡の観察に戻っていった。ルルウは寝室に戻りベッドで横になると、すとんと眠りに落ちた。

お読みいただきありがとうございます。

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