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ネビウスクロニクル  作者: 石井
空の都編
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浮船の道(4)「航路会議」

 船長室でのネビウスを中心とした会議は荒れていた。そもそも都から浮船うきふねを飛ばせないのは空の化身(アデケレ)の縄張りが縮小したことにより、安全な航行ができなくなったからであった。船乗りたちは出航前は危険を冒して空輸をするという一点のみを知らされていたのだが、空に出た後でネビウスが新たな提案をしたのである。


仙馬ボレマロゴの足跡を辿れば、翼獣プテリオキロスが襲ってくることもないのよ」


 一年前に突如襲来した仙馬ボレマロゴは雷雲を引き連れて島の空を駆け、空の化身(アデケレ)の縄張りを荒らした張本人と思われていた。彼にわざわざ近づく者はいないので、その足跡は安全な航路となりうるが、万が一にも足跡の主と出会ってしまえばどうなるかはあまりにも明らかだった。


 担ぎ上げられた飾りの船長であったルルウは黙って会議を聞いていた。通常航路での空輸はこれまでにも何度も挑戦してきて、多くの船と乗組員を失ってきた。危険な翼獣プテリオキロスの縄張りは拡大し続け、今では都のすぐ近くまで迫ってきている。ルルウはこれらのことを考えた上でぽつりと言った。


「足跡を進む」


 船乗りたちは聞いておらず、互いに大声で意見をぶつけ合っていた。ネビウスが手を叩いて、静かにさせた。ルルウは静かに語った。


「これまでの通常航路で往復できた船はたったの三割。そんな低い可能性には賭けられない。未開拓の航路が安全だと分かれば、新しい未来が開ける。私達が冒すべき危険は一度切りの冒険のためではなく、今後に繋がる試みであるべきと思う。もしも失敗に終わったとしても、意味のある失敗と思う」


 会議が終わると、ネビウスがルルウに近寄って囁いた。


「船長の雄弁に称賛を贈るわ」


「からかわないで」


 ネビウスはルルウの手を引いて、厨房へと招いた。ネビウスは食料庫を勝手に漁って、料理を始めた。ルルウは椅子にかけて、ネビウスが手際よく野菜を切るのを眺めた。ネビウスは前日から仕込んでいた燻製した猪肉を薄くスライスして野菜と取り合わせた軽食を作って差し出した。


「べつにお腹空いてないんだけど……、んっ!?」


 ルルウは油断して食べたネビウスの一皿に驚愕した。肉の凝縮した旨味と柑橘類の香りするソースの味、これらが緑の葉野菜の微かな渋みと合わさって、ルルウの舌に未体験の衝撃をもたらした。


「なにこれ!?」


「がんばったご褒美よ」


 ルルウは夢中で食べてしまってから、ネビウスをじっと睨んだ。


「こんなもので喜んだりしないから。子どもじゃないんだし」


「そうなのォ?」


 ネビウスは中身の白濁した瓶を開封し、スプーンで一掬いして、甘い匂いのするペースト状の菓子を皿にちょこんと乗せた。


「どうぞ」


「どうせ美味しいんでしょ。……あっ」


 ルルウはそれを口に入れた瞬間に言葉を失った。舌の上で糖と脂肪がじゅわりと溶けて、ミルクの濃厚な風味が口の中いっぱいに広がった。頭がぽわぽわとしかけたところで、ルルウは我に返った。


「騙されないから!」


「何を怖れているのよ」


 ネビウスはおかしそうに笑った。


 ルルウはネビウスが抱える瓶を恨めしく見つめた。


「あともう一口……」


 ネビウスは瓶に封をして、意地悪い笑みを浮かべた。


「だめよ」


「ケチ!」


 船内放送で揺れへの注意喚起がなされた。厨房の料理人は慌てて、食材や道具を片付けた。きゃっきゃとやっていたネビウスとルルウはどちらともなく黙った。二人は操舵室へ移動した。船長が決めた方針通り、仙馬ボレマロゴが残した足跡、青白く光る雷雲の痕跡がある方へと船は旋回したのだった。





 気持ちが元気になったルルウは船内の様子を見て回った。するとカミットの姿が見当たらない。ミーナはネビウスと一緒だったので、カミットはどこかに一人でいるはずだった。彼に用は無かったが、ルルウは気になって会いに行った。探すまでもなく、カミットはネビウスの部屋で一人でいた。扉は開け放たれていたので、ルルウは中を覗いた。そして呆気に取られた。


 壁の一面と机の上に隙間なく、獣皮紙が広げられていた。カミットは地図に向かい、腕組みをして何やら考え込んでいた。


「カミット、何してるの?」


「頭の中の全部を出しているところだよ」


 地図に記されているのは空の都(パラテラ)周辺の山岳地帯であった。印が付けられているのは、都の先の山頂にある神殿の膝と呼ばれる部分だった。ルルウは心が引き絞られるように思った。ルルウはその印に引き寄せられるようにして指を重ね合わせ、沈痛なため息を漏らした。カミットは淡々と言った。


「船のみんなが教えてくれた。本神殿に行くための紐船ひもふねの発着場だって」


「そう。そこにみねの魔人がいるの」


「んん? 大丈夫? 掟で喋っちゃいけないんでしょ?」


 ルルウは首を横に振った。


「だって、もう知ってるんでしょ?」


「そうだけどさ」


 記されていたメモ書きの一つに「みねの魔人の弱点は?」とあった。ルルウの視線の先に気づき、カミットは言った。


「僕の予想だと、たぶん耳か鼻だね」


「魔人に弱点があるの?」


「そうだよ。森の魔人は目、入り江の魔人は手、それからまだ倒せてないけど塔の魔人は舌が弱点だった」


 すらすらと語られる内容にルルウは困惑した。


「なんでそんなこと知っているの?」


「戦って倒したから」


「カミットが?」


「そうだよ。みんなで倒したんだけどね」


 カミットは部屋の中を歩き回った。そして何かを思いつく度にメモ書きを付け足した。


 ルルウは疑り深い目をして、おずおずと聞いた。


「魔人は倒せるの?」


「倒せるよ」


 カミットはルルウをまっすぐ見て言った。


「ベイサリオンとシルクレイシアはみんなを守った。ルルウも大丈夫。守り子は負けないよ」


「そんなに上手くいくのかな」


 ルルウが下を向いて呟くと、カミットは彼女の両肩を力強く掴んで言った。


「大事なのは気持ちだよ!」


 あまりに前向きな姿勢と活力に影響されて、ルルウはうっかりして「やれば出来る気がしてきた!」と元気に答えたのであった。部屋を出た彼女は顔を赤らめて「どうしよう。こんなの私らしくない」と呟き、自分の部屋へ駆け込んだ。

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