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ネビウスクロニクル  作者: 石井
空の都編
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浮船の道(3)「石の塔」

 急斜角の崖に築かれた都の空港は一年以上機能しておらず、空港に勤務する船大工などを除けば、ほとんど人影もなかった。発着場の一角は職人組合ギルドの私有施設であり、三艘の浮船が停泊していた。


 まだ夜が明けぬ頃、カミットとルルウがやってきた。ルルウは不安そうに言った。


「本気なの?」


 カミットは明快に答えた。


「ネビウスはやるって言うんだからやるんだよ」


 船乗りはカミットたちを船内へ案内した。船長室ではネビウスが船乗りたちと机の地図を囲んで航路について話し合っていた。ネビウスはルルウを見ると笑顔になって、「さあ、さあ。こちらがあなたの席よ」と言って、船長の椅子を示した。ルルウは訝しんで尋ねた。


「ネビウスが食料を調達しにいくって聞いた。それで私の助けが必要だって」


「それは行き違いがあったみたいね。あなたがやるのよ。だからあなたが船長なんだわ」


「……えっと」


 ルルウは戸惑って船乗りたちを見回した。彼らは覚悟を決めた精悍な面持ちで、ルルウを見つめていた。カミットはネビウスから与えられた干し肉を齧っていたが、気まずい沈黙を破って言った。


「ルルウがやらないなら僕が船長やりたい!」


 空の都(パラテラ)職人組合ギルドは神殿の統制下にあるわけではなかったが、表立ってネビウスに協力することには難色を示した。しかし食糧危機に対する警戒感は共有していた。具体的な案を示すことはなかった一方で、神殿の方針に不満を持っていそうな船乗りを集めておいて「使用する予定のない船であるが、反抗的な者どもに仕事をさせておくためにはうってつけであった。」などと思わせぶりなことをネビウスに伝達したのであった。


 ところがネビウスは自ら救世主になるつもりは全く無かった。担ぎ上げる相手として本命は空の守り子の実力が伴っている方のリリイが理想だったが、これがルルウに変わったとて問題視しなかった。ルルウの返事を待たず、ネビウスは号令を出した。


「守り子の名の下に、出航!」


 月が輝く夜の空に、三艘の浮き船が相次いで飛び立った。ルルウは船長室を飛び出した。港はみるみる遠ざかっていった。まだ怪我が完治していないので、自力で飛んで戻ることもできなかった。そうして呆然としていると、後ろからカミットが駆けてきた。彼は艦上の手すりから眼下を覗き込んだ。


「すごい! 高い!」


 ルルウは慌てて、カミットを掴んだ。


「落ちちゃうから!」


「大丈夫だよ。ちゃんと掴まってるよ」


 幼い頃から神殿内の政治を肌で感じて育ってきたルルウにはネビウスの狙いが理解できていた。ネビウスが都の危機を救ったということにならないようにするためには、彼女の代わりに相応しい立場の人間を代表としなくてはならなかった。都の安全に責任を負う守り子以上の適任者はいなかった。しかしルルウには自信がなかった。


 カミットは項垂れるルルウを気にする様子もなく、ひたすらはしゃいでいた。彼はさらに高い空を指差した。


「ルルウ! なにあれ!?」


 ルルウは彼の示した方を見た。島が空に浮かんでいた。それは本神殿がある空の化身(アデケレ)の住む場所であった。ルルウはカミットの質問に答えられず、また泣いてしまった。


「そっか!」とカミットは大声で言った。


 ルルウはびくりとして、カミットを見た。


「なに?」


「僕はね。魔人を二人倒したから、今度も上手に倒すよ!」


 カミットは腕組みをして、自慢げに言った。ルルウはこれを冗談として受け取り、苦笑した。ルルウは羽毛の豊かな腕で涙を拭った。


「そうだね。魔人をどうにかしないと」


「戦うためには小麦と肉が必要だよ! がんばろうね!」


 カミットは手を差し出した。ルルウはまだ包帯の取れていない翼の腕でおずおずと彼の手を握り返した。カミットはルルウと力強く握手して宣言した。


「困ったら言ってね。僕はルルウを助けるよ」


 このときカミットを探してミーナが船上に出てきた。カミットとルルウが一緒にいるのを見つけると、ミーナは走ってきてカミットに抱きついた。カミットはミーナを連れて、船内の探検に出かけた。





 浮船の底は翼獣の内臓である浮き袋を縫い合わせてできており、風の呪術により大きさを変えることで浮力を得る仕組みとなっている。これは優れた呪術師が数人いればどうにかなるが、推進力の方はそうはいかない。高空を吹く風は呪術の干渉を跳ね除けるので、船内の下層階にある動力室では船乗りたちが交代制で日夜働いて、船体の側面と後部についたひれを動かして船を前に進めるのであった。


 少しでも風が吹くと、船は容易に流され、大きく揺れた。いざとなれば自力で飛べるブート人だからこのような危険な乗り物を用いるが、他人種で実用した例はない。浮船が不慮の事故で墜落することは珍しくもなく、怪我を負っているルルウは不安に苛まれた。落ち込んで寝室に籠りがちだったルルウをしばしば訪ねてきたのはカミットであった。


「遊ぼう!」


「遊ばない」


「なんで?」


「子どもじゃないんだから」


「おもしろい物を持ってきたよ」


 ルルウは誘惑に抗えず、うっかり扉を開けてしまった。いつものことだがカミットの後ろにはミーナがくっついていた。


「ネビウスがときどき夜にやってるんだ」


 カミットが風呂敷を開くと、色とりどりの美しい石が輝きを放った。ルルウは興味なさげに振る舞っていたが、その魅力に引き寄せられて身を乗り出していた。


「なにこれ」


「石だよ」


「それは分かるけど。……大丈夫なの? 高価そう」


「これをね。積むんだよ」


 カミットは石の形を見て、合いそうな物を積み上げて石の塔を作り始めた。ミーナは黙々と十個以上も積んだ。カミットが隣ですぐに塔を崩して、ころころと転がった石がミーナの塔を崩してしまった。じっと見ていたルルウは「あっ!」と声をあげた。しかしミーナは何事も無かったかのようにまた石を積み始めた。ルルウはこの奇妙な時間と空間に首を傾げた。


「どういう決まりなの? 勝ち負けはないの?」


「ないよ!」


「……おもしろい?」


「ネビウスは天井まで積んでたことがあるよ。背丈より高くなっちゃったら、今度は机の上に立ってやるんだ」


「暇すぎでしょ」


 より難度が高まることには、ここは揺れる船の中だった。カミットとミーナは石の塔作りを延々と続けた。ルルウもしばらくすると魔が差した。彼女は石を摘み上げて、そのキラキラと輝く表面を撫でて、そして一つ一つ積み始めた。

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