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ネビウスクロニクル  作者: 石井
空の都編
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浮船の道(2)「神殿」

 いくつかの山と谷を経て、谷に面した大孔雀山の尾根に築かれた空の都(パラテラ)が見えてきた。都の周囲には浮船うきふねがふわふわと飛んでいた。歩いて往来するには厳しい土地にある空の都(パラテラ)では、物資の出入りはほとんどが浮船うきふねによって行われており、急斜面に建設された空港は都の名物であった。


 ネビウスはルルウを背負って山を登っていた。息を切らすこともなく数時間も歩いてきて、街が見えるとルルウに呼びかけた。


「ほら。着いたわ」


「嘘みたい。私、戻ってこられたの」


 都に向かう間、ネビウスはしばしば辺りを気にしていた。とうとう都が目視できるところまで来て、そうして初めて都の領域を示す看板が現れた。ネビウスは深刻な様子でルルウに言った。


空の化身(アデケレ)の縄張りはここまで後退したのね。仙馬ボレマロゴの影響?」


「聞かないで。神殿の掟があるから何も喋れないの」


「守り子なのに?」


「私はリリイの補助が仕事だから、守り子って言ったって名ばかりで」


「あんた、リリイの話になると落ち込むのね」


「人はそれぞれの役割があるってだけ」


「ふーん。私には関係ないから良いんだけど」


 ネビウスから少し遅れてミーナと一緒に登ってきたカミットは「すごい!」と叫んだ。彼はネビウスの隣まで駆け上がってきて、期待に満ちた笑顔でネビウスに言った。


「ネビウス! 空に船があるよ!」


「ええ! 乗る機会があると思うわ」


「いつ!?」


空の都(パラテラ)での用事を済ませたら、太陽の都(ソルガウディウム)に行くから、そのときね」


「わーい! やった!」


 カミットは大はしゃぎで喜んでいたのだが、ルルウが醒めた目で見ているのに気づくと、恥ずかしそうにもじもじとした。彼は後ろの方でふらふらとしているミーナのところへ駆け戻って、寄り添って支えた。ネビウスは「ふふふ」と笑って、ルルウに言った。


「私の若獅子は元気でいいでしょ?」


「元気っていうか、うーん。あの子、私と同い歳なんでしょ?」


「そうね。今年、十二歳になるわ」


「子供っぽいね」


「あんたが擦れてるだけよ」


「暗いってよく言われる」


「そうねえ。あんたちょっと暗いかも」


 ルルウはどんよりと沈んだ顔でため息をついた。


「……帰りたくない」


「あらまァ。もうちょっと早く言ってくれればよかったのに」


 都の衛兵は山を登ってきた来訪者に気づくと、武器を持って空から急襲した。そしてネビウスが連れてきたのが空の守り子の片割れと知ると慌てふためいて大騒ぎした。彼らはすぐに救急用の担架を持ち出してきて、ルルウを連れて行ったのであった。





 空の都(パラテラ)の指導者たちは安全上の大問題を抱えているはずであったが、都入りしたネビウスに対して連絡を取ってくることはなかった。


 さらに酷かったのは空の神殿の対応である。彼らはルルウを助けたことに対して感謝すらせず、それどころか面子が潰されたように感じた神官ドルイドは巷でネビウスの悪口を広めた。


 長期戦になりそうだと察したネビウスは半年を目処に賃貸を借りるつもりでいたが、都と言ってもさして広くもないので、悪評が広まれば家を借りることもままならず、到着して三日は裏路地で野宿をするはめになったのである。


 ネビウスは救世主になるつもりはなかったのでこんな都からはとっとと出て行きたかった。しかしそうするわけにいかなかったのは、これまでの都とは比べ物にならない物質的な窮状を見たからだった。


 一見すると空港は浮船うきふねが行き交って賑わっているように見えたが、これらは全て長期に渡り停泊し続けている船であり、新たな貨物の発着はなく、したがって空の都(パラテラ)の生命線である空輸が機能していなかったのだ。これにより起こるのは飢餓きがである。現在は有力者や神殿が貯蔵している食料を配給してどうにか持ち堪えている状態だった。人々はやせ細り、街角には元気なくへたり込んで動かない者がしばしば見受けられた。


 ほとんどの市民は刷り込まれた悪評を信じてネビウスと話すことを拒んだが、路地裏で遊んでいる子どもたちはネビウスに語った。市民に対しては現在の飢餓の原因は輸入元の不作が原因と説明されており、したがって当面の飢餓は回避できないので耐え忍ぶほかないというのだ。


 腹が減るのはネビウスやカミットも一緒だった。とにかく食の確保をしなくては生きていかれないのだ。ブート人ならば空を飛べるので、翼獣を狩ったり飼育したりという選択肢も残るが、他人種ではできることは限られていた。ネビウスは手持ちの食料を確認して、すぐに決断したのであった。





 カミットはマントをはおり、フードで顔を隠し、夜の街へ繰り出した。夜遊びはこれまでしたことがなかったが、今回は特別であり、ネビウスから具体的な任務が課されていたのである。


 街角には篝火が焚かれており、衛兵が力ない様子で立っていた。他所よそ者でなくとも、夜にうろついていれば取り調べを受ける可能性はあり、カミットは彼らに見つからないように慎重に進んだ。そして空の神殿にやってきた。


 神殿は石造りの巨大建造物であり、内部は多数の区画に分かれている。今回目指すのは守り子の部屋であった。この夜、彼は空の守り子であるリリイに会いにいくのである。事前にネビウスから神殿の構造や緊急用の隠し通路などについて教えられていたカミットは神殿が聳える丘の裏手にある排水溝を一部破壊して、そこから侵入した。


 夜遅くでも神殿内では神官ドルイドが活動しているらしかった。カミットが彼らの足元の水道を這って進むと、時折会話を盗み聞くことができた。


「出来損ないだけが戻ってきても意味がない」


「今年の祝祭も体裁だけは保てるから上は喜んでいる」


 カミットは神殿内の浴場から侵入し、見つからないように通路を進み、そうして守り子の部屋の前までやってきたのだが、部屋の前には衛兵が立っており、とても突破することはできなかった。ネビウスの話では守り子は神殿の最高権力者でありつつ、最強の神官ドルイドでもあるので、多くの場合は広い裁量権を与えられて自由な身であるとのこと。カミットはこれまでに二人の守り子に会って、いずれもそのとおりであったが、どうやら空の守り子は様子が違った。


 守り子の部屋に入るための案をカミットは自力で考えねばならなかった。通路を行ったり来たりして、無人の部屋を発見すると、窓から乗り出して神殿の外壁を見てみた。下を見ればぞっとする崖となっており、しくじれば丘の下まで落下してしまう。


「お願い」とカミットは手のひらを合わせて祈った。少し待ってから、手を離すと、手のひらに吸盤状の葉が湧き出るように発生した。カミットは粘着力をしっかり確かめてから、神殿の外壁に張り付いて移動した。こんな便利なら全部これで移動して登ってくれば良かったようにも思ったが、しばらくすると大変に疲れることに気づいた。カミットは息を切らしながら壁を這い、ついに守り子の部屋の窓に辿り着いた。


 幸いにして窓には格子もなく、カミットは守り子の部屋に飛び込んだ。生活に必要な家具類が簡素に置かれた部屋には、ベッドが二つあった。ベッドの片方は空で、片方にはルルウが眠っていた。カミットはルルウを揺すって起こした。ルルウは驚きすぎて大声をあげそうになり、カミットは思わず吸盤の葉で彼女の口を覆って黙らせてしまった。ルルウがカミットをぼかぼか殴って仕方ないので「静かにね。静かにしてよ」と注意してから、彼女と話した。


「どういうつもり。ネビウスは」


「ネビウスに頼まれたんだ。リリイに会いに来た」


 ルルウのそれまで怒りに満ちていた表情が困惑に摩り替わった。


「なんで?」


「船を出すから案内人が必要って」


「船なんて、何のために?」


「食べ物を運ぶんだよ」


 ルルウはネビウスの意図を察したようであった。そして耐え切れない様子で崩れ落ち、涙を零れさせ、告白した。


「リリイはここにはいないの」

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