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ネビウスクロニクル  作者: 石井
空の都編
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浮船の道(1)「落ちてきた女の子」

 振り向けば眼下には雲海が広がっていた。孔雀くじゃく山脈の高所は季節が夏であるのに冷え切っていて、毛皮の防寒服が必須だった。太陽の照りつけは厳しく焼き付けるようであり、体力はいっそう奪われた。空気は薄く、体が順応しないと頭痛や吐き気を引き起こした。


 ミーナが体調を崩すたびに、ネビウスは下山して山小屋で休養を与えた。一方でカミットは元気であった。同じ景色を往復しているばかりで暇だったが、カミットには無為にできる時間はなかった。彼は空の都(パラテラ)では魔人と戦うことになると分かっていたので、最近はサボりがちだった稽古を再開した。山で運動すると低地よりも疲れやすかったが、元々高山地帯の育ちなので、調子を戻すのにそれほど時間はかからなかった。


 あるとき上空で鳥たちが羽ばたいて激しく争っていた。カミットは小屋の中にいたネビウスを呼びつけた。ネビウスは目を細めて、遥か上空で黒い染みのように見える点がちょこまかと動き回るのを凝視した。


「ブート人ね。翼甲獣プテリオキロスと戦っているわ」


「ヒトなの!?」


 カミットは驚き、目を凝らした。やはり判別はできようはずもない。


空の都(パラテラ)はもうすぐよ」


 ネビウスがカミットに語りかけたときであった。


 空での争いに異変が起きていた。翼の腕を持つブート人と翼と硬い皮膚を持つ翼甲獣プテリオキロスの戦いは、後者が優勢であった。翼甲獣プテリオキロスは周囲の戦士に守られているある一人に狙いを定めており、猛進して突破し、ついに噛みついた。他の者たちはどうにかして助けようとした。しかし翼甲獣プテリオキロスの堅牢な体には刃も槍もほとんど通っていなかった。


 そのとき空は晴れていたというのに、翼甲獣プテリオキロスが雷に撃たれた。戦いは終わったが、翼甲獣プテリオキロスと一緒に捕まっていたブート人も空から落ちていくのであった。


 都の山の中腹に落下した翼甲獣プテリオキロスをネビウスは見に行った。翼甲獣プテリオキロスは雷に撃たれて感電していたが、とてつもない高所から落ちたにも関わらず、さしたる怪我の様子も見受けられなかった。


 翼甲獣プテリオキロスが苛立った様子で立ち上がったとき、その近くに少女が倒れていた。翼の腕と羽毛に覆われた体は空に適応したブート人の特徴である。風の精霊に愛されているはずのブート人だというのに、ほとんど保護されずに体を地面に打ち付けられたようであった。


 翼甲獣プテリオキロスは動かないブート人を苛立ち紛れに踏みつけて殺そうとした。ネビウスは飛び出していって、剣で脅かし、翼甲獣プテリオキロスを追い払った。ネビウスが少女に駆け寄ると、なんとまだ息があった。翼甲獣プテリオキロスが風の精霊に保護されたついでに助かったのかもしれなかった。ネビウスは少女を山小屋まで連れ帰った。


 留守番していたカミットは大怪我して運ばれてきたブート人の少女に驚くも、すぐに包帯などの応急手当の道具を持ち出して、ネビウスが彼女を助けるのを手伝った。少女は全身の切り傷に加えて、腕や羽は骨折までしており、内蔵の損傷も疑われた。カミットは指示を受けて助手として働き、森の呪いで様々な薬草を用意したり、多様な管を有する不思議な植物によって少女の血を増やしたり巡らしたりと活躍した。


 施術後も少女は数日に渡り昏睡していたが、ネビウスとカミット、そして調子が良いときはミーナも加わり、彼らの懸命な看病により少女は命を繋ぎ止めたのであった。





 少女が目を覚ますと、彼女に繋がっていたラッパのような花が、プワッ、プワッとやかましく鳴いた。同じ小屋の中で書物を読んでいたミーナが気づいて、外にいたネビウスを呼び戻した。カミットも駆け込んできて、ネビウスの横に立った。静かにしているのよ、とネビウスが注意したのでカミットは黙った。ネビウスが少女に尋ねた。


「調子はいかが?」


 少女は状況が分からず、何を言えば良いのか分からずにいた。


「あんたは翼甲獣プテリオキロスにやられて、雷に撃たれて落っこちてきたわ。それで私が助けてあげたの。お分かりかしら?」


「えっと……」


「ぐずぐずしているのね。これ以上寝ていると空の都(パラテラ)に入る時期を損なうわ」


 少女は都の名を聞いて飛び起きようとした。しかし体が痛むようで、呻いて倒れた。そして苦しげに言葉を絞り出すようにして聞いた。


空の都(パラテラ)は守られているの?」


空の化身(アデケレ)のベールはまだ破られていないわ」


「そう。……良かった」


 少女は横目でネビウスを観察した。彼女はぼそぼそと小声で言った。


「赤い髪、褐色の肌。炎の賢者ネビウスね」


「あらまァ。よく知っているのね」


「知っているわ。待っていたのよ」


「やっぱりそうじゃないかと思ったの。戦士の衣を着ていたから紛らわしいのよ。あんた、いくつ?」


「十二歳だけど」


「見習い神官ってことね」


「……見習いって、思うのでしょうね」


「んん?」


 ネビウスは首を傾げて、じっと少女を観察した。


 少女は名乗った。


「私はルルウ。空の守り子の片割れのルルウよ」


「ああ! 天才の双子! もうそんなっきくなったのね」


「天才は姉のリリイよ。私は見ての通り、翼甲獣プテリオキロス一匹にも勝てなくてやられちゃったわ。出来が悪くて、いつもリリイの羽を引っ張ってる」


 ネビウスは気まずそうに頭をぽりぽりとかいた。沈黙を破ったのはカミットだった。


「守り子なの!?」


 カミットは身を乗り出して、ルルウの顔を覗き込んだ。


「え!? ジュカ人!?」


 ルルウは動揺して、体を揺らしてしまい、また痛みに呻いた。「坊や」とネビウスが恐ろしげに言ったので、カミットは萎縮して「ごめん」と謝った。

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