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ネビウスクロニクル  作者: 石井
海の都編
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海底都市(6)「嵐を呼ぶ者」

 カミットの水中槍闘技デビューが挫折に終わったていたころ、ネビウスは都を訪れれば毎度のことだが、神殿で価値の天秤を点検するなど、古の民にまつわる社会インフラを見て回った。そうなれば当然、彼女は海の守り石の精錬所も訪れる。


 巨大なかまに鉱石が流し込まれていき、窯の出口からは精製された美しい青い石が排出される。これらはそのまま出荷されることもあるし、あるいは街の職人によって使いやすい形に加工されて売り出されることもある。


 守り石は経年劣化により青い輝きを失い、普通の石材と変わらぬ灰色になるが、魔除けの効能は数十年維持される。終わりの島(エンドランド)の各地にある魔除けの祠はおよそ二十年おきに修繕工事が行われることでその機能が十全の状態を保ってきた。これらの魔除けが近年著しく弱体化した疑いがあり、それにより魔人の出没に繋がったのではないかとネビウスは考えていた。


 しかし無作為に選んだ多数の守り石に対してネビウスが青い火の強度を様々に変えてその反応を確かめた結果、海の都(ドンド)で生産される海の守り石の質は落ちていなかった。

 検査に立ち会っていた海の都の職人組合ドンド・ギルドの会長や神殿の有力な神官など、この人々はネビウスの下した合格裁定に安堵したのであった。というのも、万が一守り石の質が落ちたことが終わりの島(エンドランド)を巡る一連の災難の原因となれば、他の都市から責任の追及を免れないからだった。


 ネビウスは魔人討伐なども含めた様々な活動の謝礼として、ほんのわずかにしか取れない最高純度の守り石を得て、これを職人に頼んで矢尻やじりに加工させ、カミットに与えた。


 シルクレイシアはその意図を察して、ネビウスに警告した。


空の都(パラテラ)に行ったら、またカミットに魔人と戦わせるつもりね。まさかとは思っていたけど、あの子を戦士に育てるつもりだったとしても、まともな親のやり方じゃないわ」


「あらまァ。破魔はまの矢を子に与えたい親の気持ちなんて、とてもありふれていると思うのよ」


 ネビウスはへらへらと笑って、やんわりとシルクレイシアの指摘を否定した。


 一か月の滞在を経て、ネビウスは全ての用事を済ませた。ネビウスが東の港町(シラトビ)に戻るのに合わせて、カミットも海の都(ドンド)を去ることになった。





 ネビウスは東の港町(シラトビ)近郊の魔除けの祠を点検しなくてはならず、まだ数か月の滞在が見込まれた。


 春以降にカミットが放り込まれたのは漁船であった。海の都(ドンド)とは違って、東の港町(シラトビ)のヨーグ人はカミットを受け入れており、彼が漁師見習いになるのは簡単だった。


 カミットは網を引いたり、魚を仕分けたりして、船での漁業を学んだ。ヨーグ人が漁船を用いるのは、もっぱら魚を貯めて置くためだった。そのために船の面積の大半は生け簀になっていた。船というのはヨーグ人にとっては自ら乗るものというよりも、何かを運ぶものだった。象徴的なのは、彼らは船を漕ぐのではなく、泳いで縄で引くのであった。


 幸いにしてカミットは船酔いもせず、ときどきは海に直接入って、もりで魚を突いたりと、しっかりとヨーグの漁を体験することができた。ヨーグ人相手に水中で戦うのは不毛に思えたカミットであったが、魚を獲るということならば、よく学ぶ価値があると彼は思った。何といっても、魚は食べられるからだ。


 数日がかりの漁もカミットには苦ではなかった。魔人との戦いではともに命を賭けた仲の男たちと働いて、人々の胃袋を満たす仕事をしているというのは誇らしかった。ヨーグの漁師が大魚を倒して引いてきたときには、カミットは周囲に合わせて漁師歌を歌って祝った。


 そうして充実した漁師見習いとしての日々が過ぎていたある日のことであった。


 遠方の空に雷雲が立ち込め、波が荒れつつあった


 漁師たちはにわかに警戒を強めた。天候を軽んじるはずもない。彼らは漁が可能な天気を選んで海に出ているのだ。


 カミットは揺れる船の上から、雷雲を凝視した。


 黒々として天へと上る積乱雲。


 時折、雲を割って青白い閃光が漏れ出ていた。


 カミットの眠っていた記憶が呼び覚まされた。彼はその光を見たことがあったのだ。


 風が雷雲を運ぶのではなかった。


 雷雲がすさまじい速さで駆けるから、それを風が追ってきていた。


 漁師たちは即座の判断で船を港まで戻すことに決めた。


 しかし雷雲の襲い来る速さは到底漁船を引いて泳ぐ者たちが逃れられるものではなかった。


 辺りの海はたちまち大嵐に見舞われた。


 荒れ狂う海の中、漁師たちは海で溺れないように船に乗ってしがみ付いた。水の精霊の加護を得た船は沈まないだろうとは思われたが、その嵐の異常性を前にして、漁師たちは恐れをなしていた。


 そんな中、カミットは船の上にしっかりと立ち、真上の嵐の空を見上げていた。


 雷雲の中に何かがいた。


 ほとばしる閃光はたしかに一つの軌道を描いていた。激しい風雨や雷によって視界が悪いせいで、それが何なのかは全く判別できなかったが、稲妻を引いて走る何かがいたのだ。


 カミットは何とかしてそれを視認しようと思って、無意識のうちに船の先端のふちまで寄っていった。


 カミットの思いに答えたわけではなかっただろうが、その雷の主は突如海に降り注いだ。その衝撃でいっそう大きな波が起こり、水蒸気が爆発的に発生して辺りを白い霧が埋め尽くした。


 嵐は急に止んだ。


 静まり返った海、立ち込める霧の中、雷光の弾ける音と、不思議なひづめの音が響く。


 ぱちり、パカラ、ぱちり、パカラ。


 それは黄金のたてがみを持つ黒馬であった。額には鋭い角を持ち、相貌は鬼のように恐ろしい。この手の怪物によくある巨体ではなく、大きさならば普通の馬であるのはむしろ異様さを強調していた。


 しかしたった一頭の、この異形の怪馬かいばが嵐を起こしていたのである。


 魔人と勇敢に戦った漁師たちは息を呑んで、この怪馬が去ってくれるのを祈るしかできなかった。


「空の化身だね!」


 ただ一人、素っ頓狂な声を上げて、その怪馬かいばに話しかけたのはカミットであった。彼は旅立つ直前に秘境の里でネビウスとともに見た、雷雲の主とついに出会えたのだと思い、興奮していた。


「僕はネビウス・カミット! よろしくね!」


 ゆっくりと近づいてくる怪馬をカミットは喜んで迎えるつもりでいたのだが、怪馬はカミットと触れ合うつもりはない様子であった。


 しかし交流はあった。


 カミットの脳裏に重く、低い、威厳のある声が響いた。


「それは希望か?」


「え? なんて?」


 カミットが問い返すも、二度目はなかった。


 嵐を呼ぶ怪馬は再び暴風を巻き起こし、空へと飛び立っていった。


 短い逢瀬おうせの後、近海は晴れ渡っていた。

お読みいただきありがとうございます。

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