海底都市(4)「槍の加護」
カミットは槍闘試合の勝敗予想で七割の的中率を叩き出した。一方でシルクレイシアは五分に留まっていた。
迎えた最終試合、十六人の戦士が入り乱れて戦う乱戦試合において、カミットは一位と二位の選手を的中させたので、シルクレイシアはいよいと訝しんだ。
「あなた、やるわね」
「なんだか分かるんだ。誰が強いかって。そしたらさ、僕が予想するからシルクレイシアが賭け札を買ってよ!」
「えーっと、だめよ」
「なんで!」
「あなたね、職人組合にいたなら札の怖さを知っているでしょ?」
「ん? なんだっけ?」
カミットは口をぽかんと開けて、首を傾げた。
「その顔は、何にも分かっていない顔ね。もう! あなた、誰かの指導を受けてたんじゃないの! そいつの責任ね!」
「エニネの悪口を言うな!」
シルクレイシアは言い淀んで、悩み顔になった。彼女はいつもよりも落ち着いた口調でカミットに注意した。
「師匠に向かって命令するのは厳禁よ」
「なんで? 僕はエニネを悪く言われたくないんだよ」
「モノを教えてくれる人にそういう口の利き方をするのは、無礼で、常識知らずの、恩知らずだからよ。そのエニネって人がどうだったかは、私は知らないけれど、もしもあなたが今みたいに礼儀知らずの振る舞いをしていたのだとしたら、その人はあなたに何も教えたくないと思ったのかもしれないわね。あなたが感じることはとても大切よ、でも誰かが感じていることだって同じくらい大切なのよ」
「……分かった」
カミットが渋々受け入れると、シルクレイシアは親切に札の説明を始めた。
「賭け札でも、依頼札でも、札と言ったら何でもそうなんだけど、札は人間の価値のやり取りを見張っているから、掟に反することや、ズルをすると元締めにバレるのよ。賭け事でもそうよ。あなたみたいに、見えちゃう人は賭け事に参加できないのよ」
「あれ? みんなは相談してるよ」
「もう! 一発で理解しなさいってば! あなたはたぶんだけど、槍の精霊の加護を持ってるせいで、戦士のその日の調子とかキレが分かり過ぎちゃうから、そういうやつは槍試合で賭けに参加するのは禁止よ!」
「ええ!? なんで! いやだよ!」
カミットは驚いて大声を上げた。
シルクレイシアがじっと睨むと、カミットはもじもじとして言い直した。
「僕だって賭け事がしたいなあ……」
「まだ決まったわけじゃないから、確かめに行きましょう」
「やった!」
試合が終わった後、カミットはエントランスホールの受付横にある診断所で精霊の加護についての検査を受けた。検査をするヨーグ人呪術師はカミットを見て嫌そうな顔をしたが、シルクレイシアに対しては遜る様子でやたらと丁寧な応対をした。
検査のためにカミットは両前腕に軟膏を塗られた。カミットは腕を水平にしてあげておき、呪術師が長杖をカミットに向けてゆらゆらと揺らした。するとカミットの腕から青い染みが湧き出てきて、これが徐々に大きくなると、甲羅と長くて鋭い尻尾を持つ虫、槍の精霊が現れたのであった。
検査をした呪術師は信じられない様子で目を見開き、口をぱくぱくとさせた。彼は奇妙な感想を何とか絞り出した。
「おかしいですね。まるで槍の精霊が加護を与えたかのようです」
「おかしかないわ。見ての通りでしょ」
シルクレイシアは呆れて言った。そしてカミットの方を見て改めて宣言した。
「あなたは賭博禁止!」
「……いやだ! ぼくだってやりたいよ!」
師弟がぎゃんぎゃん言い合っていると、都で一番のヨーグ人戦士であるアピスが診断所に顔を出した。
「シルクレイシア! まだ居たんだね」
シルクレイシアはカミットと騒いでいたのをぴたりと止めて、澄まし顔になった。
「アピス。今日はよく会うわね」
「そりゃあそうさ。俺が君に会いに来ているからね。……おや?」
アピスはカミットの頭の上でもぞもぞやっている槍の精霊を見た。彼は呪術師に尋ねた。
「先生。これは?」
「森の民の子の腕から出てきたのです。精霊が加護を与えたと、シルクレイシアは仰いました」
「そうか。……めでたいことじゃないか! 神殿に届を出したらどうだい?」
アピスは悩んでいた様子が一転して、明るい調子で提案した。
シルクレイシアはため息をついた。
「年寄様方が認めるとは思えないわ」
「君が認めれば良いんだろ? 守り子なんだからさ」
「それで話が進むなら私はこんなにムカつく思いはしていないのよ」
「良ければ協力するぜ? うちの稽古場にこの子を連れてこないか? 才能が示されれば、話は円滑にいくと思うぜ」
シルクレイシアはこの提案に即答しなかった。「えーっと」と言って、上手く断る方便を彼女が考えていたとき、
「いく!!」
カミットが大声で言った。目をキラキラとさせて、希望に満ち溢れた様子であった。カミットはすっかりその気になっていたし、アピスも理由はどうあれ親切で提案しているようだった。シルクレイシアは気乗りしていなかったが、カミットの稽古場見学を了承したのであった。
ただしシルクレイシアはアピスに前もって釘を刺しておいた。
「彼は森の子よ」
「見ればわかるよ」
「可愛がりは厳禁よ」
「やれやれ。君は俺を信用していないよな」
「するわけないでしょ。あなたたちはすぐに殴るんだから」
「東の港町の連中は行儀が良すぎたんだ」
アピスは不意に口を突いた言葉に対して、しまったという表情をして気まずそうにした。
「すまない。英雄たちには敬意を示したい。心からの敬意だ」
シルクレイシアは苦笑した。
「気にしていないわ。まあ、本当にそう思うなら、英雄碑に献花くらいしたらとは思うけど」
「ぜひ伺おう」
ここでカミットが急に割り込んだ。
「アピスはシルクレイシアが好きなの?」
アピスは返答に困って、苦笑いをした。
シルクレイシアは無表情のまま、ぱしんとカミットの頭を叩いた。
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