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ネビウスクロニクル  作者: 石井
海の都編
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海底都市(2)「守り子と弟子」

 海の都におけるシルクレイシアの人気は凄まじかった。その美貌や人柄が好感を持たれていたことに加えて、今や彼女は入り江の魔人討伐に重要な役割を果たした英雄の一人であった。通りを歩けばたちまち人だかりができて、人々はシルクレイシアに一言声をかけてもらうだけで感激するのであった。


 海の守り子であるシルクレイシア、この偉大な師匠に付いて回るのが葉っぱ頭の森の民の男の子、カミットであった。


 人々はカミットが魔人にトドメを刺した英雄であると知らされてはいたが、なおも半信半疑で、表立ってはカミットを褒めようとしなかった。これも仕方のないことではあった。カミットはまだ十一歳の男の子で、森の民であるため、ほとんどのヨーグ人の子どもよりかなり小柄で、ただの痩せた小さな男の子にしか見えなかったからだ。


 守り子の仕事は普段は儀式的な側面が強かった。東の港街(シラトビ)においてもそうであったが、冠婚葬祭のときなどには神官ドルイドが訪れて祈りを捧げ、言葉を与えるものだが、位の高い家系にはそれに相応しい神官が出向かねばならない。そこで守り子の出番というわけであった。


 問題は格式高い家系であるほどに森の民が嫌いであったことである。


「ぼくだって嫌いだけどね!」


 カミットは近頃めきめきとその気の強さを現し始めており、家から家へと移動する間に、文句を言った。


 シルクレイシアはため息をついた。


「余計ないさかいを起こさないのよ」


「ぼくのせいじゃないよ!」


 ちょうどたった今出向いた家で、カミットは敷地内に入ることを許されず、門の外で待ちぼうけを食らうハメになったのであった。この日最初の仕事であったし、このあとの予定がずれ込むことを心配したシルクレイシアは仕方なくその場を凌ぐ対応をとり、カミットを外で待たせておいた。しかし彼女も悩んでいた。


「あなたは私の弟子だから、あちらも許すと思ったのだけれど……」


「ぼくは怒ったよ!」


「分かったから、どうしようかしら」


 シルクレイシアは通りの出店で小瓶に入った果実の黄色いジャムを買って、これをカミットに与えた。カミットはおやつを食べだすとひとまずご機嫌になった。


「美味しい!」


「良かったわ」


「でも怒っているよ!」


「あんたって、本当、自由ね」


 シルクレイシアの発言にカミットは首を傾げた。


「自由?」


「子どもって普通、そんな感じじゃないのよ」


「分からないよ。僕は僕だよ」


「そういう風に思えるまでが長いのよ。普通はね」


「ふーん。そっか!」


 カミットはジャムを指ですくってはぺろりぺろりと舐めていたのだが、途中で急に気づいて言った。


「シルクレイシアも食べる?」


「あんたが汚い食べ方したやつなんていらないわよ。時間ないんだから、とっとと食べちゃって」


 カミットは瓶をほじったり舐めたりして、手や口のまわりをべちゃべちゃにしてしまったので、シルクレイシアが布巾を与えた。カミットはごしごしと拭いて汚れを綺麗にした。カミットがこの布巾をシルクレイシアに返すと、シルクレイシアは嫌そうな顔をして、お付きの別の下級神官(ドルイド)に押し付けた。


 シルクレイシアは一連の様子を黙って見ていた。カミットの英雄的な活躍はすばらしいものではあったが、平素の振る舞いとなると、シルクレイシアが仲良くしていた同年代の男たちと比べて幼く思えた。彼女はぼそりと呟いた。


「私が十一歳のときってこんなんだったかしら」


「なんで!? どういうこと!?」


 カミットは馬鹿にされているのは分かったので憤慨した。


 二人はこんな調子でやり取りしつつ、家々を回った。シルクレイシアは覚悟を決めており、弟子に市民相応の扱いをしないなら、守り子としての祝福を贈ることもしないと宣言した。人々はたいそう不満げにしていたが、それぞれの儀式にカミットが同席することを認めたのであった。


 ところが、あるとき出向いた上級神官(ドルイド)の家系では、それでもなおカミットを儀式に参列させないと言いはった。たとえ守り子の祝福を失ったとしても、である。


 シルクレイシアは彼らと激しく口論した。カミットはここまで来ると居たたまれない気持ちになった。シルクレイシアが散々尽力してようやく家の敷居をまたげたり、ただ座って黙っているだけだというのに儀式に参列するのにも難色を示されたり、これらの困難を経験するほどにジュカ人とヨーグ人は相容れないのだということをより深く実感することとなった。


「シルクレイシア! ぼく、ちょっと遊んでくるよ!」


 カミットはシルクレイシアに告げて、呼び止める声を振り切って街へと出た。


 ネビウスとも、シルクレイシアとも一緒ではない、正真正銘の一人での都歩きであった。ただ歩いて、景色を眺めるだけでも、海の都(ドンド)の美しい街並みは心に感動を染み渡らせて豊かな気持ちにさせてくれた。


「待ちなさいってば!」


 カミットは呼び止める声に振り返った。


 美しい通りに、美しい人。現れるやたちまち人だかりを作ってしまう特別な人。


 シルクレイシアは本当にこの街を代表するに相応しい人だとカミットは思った。


「どうしたの? あのお家の結婚式は?」


「ムカついたから、バックレてやったわ!」


 カミットは自分が厄介者である自覚があった。シルクレイシアに迷惑をかけるのは申し訳ないとも思っていた。彼女の公務を邪魔してはならないと思っていたというのに、けれどこうして彼女が自分のところへ来てくれたことが嬉しくてたまらなかった。


「シルクレイシア! 遊ぼう!」


「馬鹿ね。大人は遊んだりなんてしないのよ」


「そうなの?」


「私はあなたの師匠なんだから、あなたに必要なことを教えるわ」


「そっか!」


 シルクレイシアは通りの向こうに見える円形の巨大ドームを指差した。


「あそこ、行くわよ!」


「うん!」


 シルクレイシアはカミットの手を握った。


「あんた、すぐどっか飛んでっちゃうから、あれはダメよ。直しなさい」


「なんで?」


「探すのが手間だからよ」


「分かった」


 二人は人の多い通りで、はぐれないように手を繋いで歩いた。

お読みいただきありがとうございます。

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