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ネビウスクロニクル  作者: 石井
海の都編
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海底都市(1)「守り石」

 海底トンネルは東の港街(シラトビ)から大量の物資を持ち込むための重要施設であった。道幅は広く、天井も高く、商人の荷車が長い列をなして行き来できるように設計されている。魔人襲来以降は商人の来訪が減ってしまい、近頃は寂しくなっていたのが、今は入り江の魔人討伐によってかつての活気を取り戻しそうとしていた。


 古代の神々によって作られたとされる所以の一つとして、海底トンネルの壁や天井は透明なガラス張りになっていた。初めてこのトンネルを通る人は立体的に広がる海の景色に誰もが感動するものであった。カミットもそうであった。カミットは海中の景色ならば実際に体験して見てきたのであるが、トンネルの中から落ち着いて見る海の姿は新鮮でいっそう美しく感じられた。魚たちが縦横無尽に泳ぎ回っており、大きなヒレを持つエイや、とてつもない巨体の化けタコが現れたときは、カミットは夢中で指差して、隣のネビウスに教えた。海底トンネルは巨体のタコにのしかかられてもびくともしない頑丈さを誇っていた。


 カミットとネビウスは牛に引かせた荷車の後ろに荷物と一緒に乗っていた。ミーナはいつもの神殿通いがあるので、早朝早くに出かけて、先に海の都(ドンド)に行っていた。


 都に向かう荷車の列が右側を通行する一方、左側は都から戻る者たちの列となっていた。その多くは青い鉱物を満載していた。


「ネビウス。あの石はなに?」


「あれは海の守り石ね」


「都で取れるの?」


「海の底ならいろんなところで取れるわ。精錬して使えるようにできるのは海の都だけなのよ」


「何に使うの?」


「魔除けの祠とか、何にでもよく使うわ」


「そっか! ネビウスの青い剣は海の守り石だね!?」


「ふふふ。違うわ」


「何でできているの?」


「秘密よ」


「なんで?」


「秘密だからよ」


「ふーん」


 魔人討伐によって、日常が戻ってきていた。カミットとネビウスはこのところしっかりと話す機会が減っていたが、トンネルを通る二時間ほどの間、親子でじっくりといろいろなことを話したのであった。





 トンネルを抜けると、そこは大都会であった。球形のガラスの壁と天井が街を丸ごと囲んでいるのである。海水の侵入は防がれ、空気は維持されており、海底だというのに地上と何ら変わらぬ生活がそこにはあった。


 海の守り石という固有資源によって莫大な富を得ている海の都(ドンド)は、その繁栄ぶりは著しく建造物は庶民の家に至るまで鮮やかで美しかった。経済的な豊かさならば、荒れ地の都(ペキ)など比較にならないほどだ。建物を作る資材には、その表面に魚の鱗や貝殻などを散りばめるのが都のやり方で、この街はどこもかしこもキラキラと輝いているのであった。


 街の通りを歩けば、純白の長衣ちょういを着た神官ドルイドがしばしば見かけられた。それもそのはずで、海の都(ドンド)では市民権を持つ五万人の内、一割に当たる五千人強が神官ドルイド職であった。


 カミットは先ず都の中央にある大神殿に行かねばならなかった。大神官「守り子」であるシルクレイシアから特別の許しを得るためである。東の港街(シラトビ)ではすっかり馴染んできていたが、森の民はやはりヨーグ人の多くにとっては忌むべき存在であった。カミットが街に入るためには大神殿のお墨付きが必要となるのだ。


 許可を与えるかどうかは、実質の権力を握る上位の神官ドルイドが事前に相談して取り決めており、儀式自体は形式的なものであった。


 静寂が支配する大礼拝堂にて、数百人の神官ドルイドが見守る中、シルクレイシアが守り石のペンダントをカミットの首にかけた。シルクレイシアは厳かに述べた。


なんじ、森の民の子、呪われし者ではあるけれど、英雄の行いに免じ、我らの友と認める」


 カミットは笑顔になって大声で言った。


「シルクレイシア、ありがとう!」


「雰囲気があるでしょ。大きな声を出さないのよ!」


 シルクレイシアは慌てて、声をひそめて注意した。


 観衆の中からたった一人から、ぱちぱちと拍手が響いた。カミットが見ると、手を打ち鳴らしているのはやはりネビウスであった。神官ドルイドは総じて不満そうにしていたが、彼らは渋々拍手をした。


 こうしてカミットは海の都(ドンド)に入れるようになったのであった。


 神殿にはミーナもいた。彼女は儀式が終わってすぐにカミットのところに走ってきて抱きついた。


「カミット、良かったね!」


「まあね!」


 ミーナがやってきた方には長衣ちょうい姿のヨーグ人の子どもたちが恐る恐る様子を伺っていた。ミーナは彼らを手招きして、カミットを紹介した。


「彼がカミットよ。入り江の魔人と戦った英雄よ」


 ヨーグの子どもたちはぎょっとしていた。


「やっぱり森の民は怖ろしい」などと言い出す者もいた。


 カミットは彼らと仲良くしたいとは思わなかったし、怖がっているならもっと怖がらせてやろうかと意地悪い考えが頭をぎった。しかし視線の端でシルクレイシアと話しているネビウスが目に入ったので踏みとどまった。


 ネビウスとシルクレイシアは神殿相手の仕事が溜まっていた。ネビウスはカミットのところにやってくると、「私は今日は忙しいから、ミーナと一緒に他の子たちと遊んできなさい」と言った。カミットははっきり言って、ミーナと一緒に地元の子どもたちと遊ぶのには乗り気ではなかったので、できれば避けたかった。むしろ一人で散歩して、探検でもしていた方がまだ楽しめるというもの。


 するとシルクレイシアが話しに混ざってきた。


「カミット。あなたは私と来るの」


「うん!」


 カミットは元気よく答えたが、ネビウスは良い顔をしなかった。


「それは、どうなのかしらねェ」


「どうもこうもないわ。私の弟子よ。連れて行くわ」


「あらまァ」


「今更後悔?」


 シルクレイシアはネビウスをからかうように言った。


「勝手にしたらいいわ。私は知らないからね!」


 ネビウスは負けじと言い返したのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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