第5話 廃墟の村(2)「呪いの掟」
草木の茂る林の中、二人は藪に潜んで待った。二時間が経って、カミットが眠りそうになっていたとき、ネビウスは弓の弦を引き、狙いすました矢で通りがかりの兎を射た。カミットは血の臭いではっとして、ネビウスより先に飛び出した。彼は兎が倒れているのを見て、感動してため息をもらした。
「ネビウスは狩人だったんだ!」
ネビウスはゆったりとした足取りでやってきて、ふふんと鼻を鳴らした。
「旅をしてたら、食べるためには仕方ないのよ。実際ね、私の腕前は大したものよ。年季が違うんだから」
ネビウスは兎を拾い上げて、革袋の中に詰め込んだ。「あとは山菜を集めて……えーと、木の実は」とぶつぶつ呟いて考えていたかと思うと、彼女は納得した様子で小刻みに頷き、次の獲物を求めて行ってしまおうとする。
カミットはネビウスを呼び止めて聞いた。
「僕にも弓を教えてよ」
ネビウスは首を傾げた。
「森の民だったら、真似をできるはずよ」
「そうなの?」
「森の民は誰もが弓の名手よ。手取り足取り教わらなくても、たとえ女子どもだろうと、恐るべき射手になるものよ」
ネビウスはいつも技術の伝授には消極的だった。
カミットは首を竦めた。
「練習するには弓と矢が必要だよ。僕にもちょうだい」
「坊やはそのたいそうな呪いを何のためにぶらさげてきたの?」
不親切な教官だったが、このときは珍しく手ほどきをした。
ネビウスはカミットの背後に立って、カミットの手に自分の手を重ね合わせた。森の呪いがカミットの左手から湾曲した硬い木を生み出し、その両極の先端に蔓をぴんと張らせて、弓を作った。さらに鋭く尖った矢まで生み出して、あっという間に一式が揃ってしまった。
カミットはネビウスの誘導に従い、弦を引き、矢を放った。記念すべき最初の一矢は、ばいん、という情けない弦の弾ける音をさせてすぐそこに落っこちてしまった。
「あれ? 難しいな」
カミットは首を傾げた。ネビウスが助けたのはここまでだった。彼女はカミットの指導を放り出して、すたすたと歩いて行く。
カミットはネビウスの背中に向かって叫んだ。
「もっと練習をしないと!」
「勝手におやり。でも林の中を一人でうろちょろしないのよ」
これ以降、カミットは廃墟の村に滞在している間、暇さえあれば射的の練習をした。常に新品の弓と矢を調達できるので、練習環境はばっちり整っていた。練習のための的を自作したとき、カミットは森の呪いの力が様々な創作に役立つことに気づいた。
次第に動かない的に向かって矢を放っているのが虚しくなった。カミットは勝手に林へと出かけて、ネビウスの真似をして、茂みの中で潜んで待った。長らく待っていると、狐が通りかかった。カミットは弓矢を作り、矢を構えて、弦を引き絞った。狐が止まって、あたりを見回したとき「ここだ!」と確信して、カミットは矢を射た。
ところが狙いは外れて、驚いた狐は逃げていこうとする。カミットは慌てて飛び出していき、走りながら矢で射ようとするが、これは狙いを定めるどころではない。
そうしている間にも狐を見失いそうになる。カミットは癇癪を起こして大声で吠えた。これに呼応して、森の呪いが蔦と根を爆発的に生み出して、狐を捕らえようとした。
そのとき林の上空で燃える矢がごうごうと音を鳴らして空を焦がして飛んでいった。廃墟の村の方から、きっとネビウスが放ったものであった。ネビウスの火に怯えた森の呪いは萎縮してしまい、狐の追跡をやめてしまった。こうしてカミットの初めての狩りは失敗に終わった。
廃墟の村に戻ると、ネビウスが焚き火を囲んで、何食わぬ顔で芋を煮ていた。カミットは腹が立って、文句を言った。
「僕の狩りの邪魔をしたね!」
「道具を作るまではいいけど、それ以外のことまで任せたら、それはインチキよ。そうやって何でもかんでもお任せしていると人間が廃るのよ」
「ネビウスが呪いを使えって言ったんだ」
「ただ芋を煮るために、私は焼き尽くす業火を起こしたりしない」
カミットは腕組みをして、ネビウスを睨んだ。
「なんだかネビウスがうるさくなった」
「坊やには森の呪いを飼いならしてもらわないといけないのだもの。こればっかりは里の外で生きていくためにどうしても必要なことよ」
カミットは納得しなかったし、ネビウスに嫌がらせをされたとしか思わなかったが、だらだらと言い争うことはしなかった。一発目の矢で狐を射れば良かったのだとカミットは考え直した。自作の射的場に籠もって、今度は歩いたり走ったりしながら、的を射る練習をするようになった。