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ネビウスクロニクル  作者: 石井
海の都編
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呪いの入り江(7)「結晶植物」

 少し前に戦線を離脱したレッサとジンは合流して、やぶの陰で休憩していた。携行食のパンや水を口にしつつ、二人は戦場の男たちの声を遠くに聞きつつ話した。


 レッサは淡々と言った。


「ネビウスがいない。塔の魔人が出た。良くない状況ね」


「そうですね。もっと良くないのは、おそらく私達は塔の魔人を倒し切ることはできないと思います」


 ジンも冷静な口ぶりであった。彼は入り江の魔人の攻撃によって腕を負傷しており、レッサが当て木や包帯代わりの平たい蔓で応急処置をしたのであった。


 レッサはこめかみに手をやり、うんざりした顔になって言った。


「問題は、私はタゴンに今夜の作戦決行を提言してしまったのよ。最悪よ、トチったわ」


「なにが問題なのです?」


「一門の剣師セイヴァが信用を失う」


「たしかにそうですね。ですが所詮我々は他所よそ者です。今後彼らと関わることもありませんよ」


「ネビウスを連れ戻さないと」


「ネビウスを動かすのは無理だと仰ったではないですか」


 レッサはため息をついた。


「なに考えているのか分からないのよ、あの人」


「見殺しにするのでしょうか?」


「するときと、しないときがある」


「まるで師匠が昔話してくれた遠い地の神々のようです。そういうのを気まぐれというのでしょう」


 二人がぶつぶつ話し合っていると、そこに近づいてくる人影があった。


 ジンは即座に反応して、剣を抜いた。


 やってきたのはシルクレイシアであった。彼女は剣を突きつけられても眉一つ動かさず、レッサに強い口調で言った。


継承一門カイラってのはとてつもなく強いんじゃなかったの?」


「あなたたちの戦士よりは遥かにね。この通り、私達は生きてる」


 レッサは挑発には挑発で応じた。


 シルクレイシアはくたびれているレッサとジンを見てため息をついた。


「あなた達はもう無理そうね?」


「いいえ。私は戦うわ。ジンは帰らせるけど」


 これに対してジンは即座に言った。


「私は戦えます!」


「ダメよ。怪我人に付いてこられても迷惑なのよ」


 レッサはぴしゃりと言った。彼女は弟子の抗議は一切受け付けず、シルクレイシアの方をまじまじと見つめた。


「守り子がこんなところまで出て来たのね。無謀だわ」


「こうあるべきなんてのは知ったこっちゃないわ。私は私のやり方をするの」


 レッサはゆっくりと立ち上がった。そして自信に満ちた様子で言った。


「あなたが一緒なら、少し出来ることが増えるわ」





 ドミニが自信を持って投入した不死の戦士たちの攻撃は入り江の魔人の腕を一本破壊した。呪いの槍はその呪いによる毒性によって魔人の腕に致命的な傷を負わせることができたのだ。


 しかし調子が良かったのは最初だけだった。入り江の魔人はドミニの不死の戦士たちの危険性に気づくと、集中して攻撃した。それによって十二体もいた不死の戦士は七体が一瞬で破壊されてしまった。


 呪いには返りが存在する。砕かれた呪いの痛みは術者が負うこととなり、ドミニは血を吐いて倒れた。そればかりか、彼が支配する海賊予備軍への拘束力が弱まったことで、海で海獣を食い止めていた戦士が逃げ出すようになった。


 これにより月が煌々と照らして輝く海の方から、海獣たちが上陸してきたのであった。


 事態は一刻を争う中、事態を好転させ得る要素もあった。


 レッサとシルクレイシアが戦場に現れたのである。


 レッサは剣を抜き、ナタブ傭兵が抑え込んでいる塔の魔人に真っ向勝負を挑んだ。塔の魔人はその裂けた口で邪悪に笑い、二刀流でレッサを迎え撃った。


 一瞬のことであった。


 シルクレイシアが水の呪いによってレッサの体を水流に乗せて操った。


 すると剣と剣が打ち合うとき、レッサの体がふわりと浮き上がり、そして急加速して宙を飛び、一撃にて塔の魔人の頭部を水平に切り裂いたのであった。


 レッサは着地して振り返るなり舌打ちした。彼女の剣は塔の魔人の赤黒い舌の先端を斬ってはいたが、核となる中心部を砕いてはいなかったのだ。


 それでも塔の魔人は絶叫して、もがき苦しんだ。このとき翼を持つ大蛇が舞い降りてきて、塔の魔人を夜の空へと逃したのであった。


 ナタブ傭兵たちは喝采の声を挙げて、レッサの周りに集まった。


 シルクレイシアは彼らをかき分けてレッサに駆け寄った。


「こんな上手くいくなんて思わなかった!」


「喜ぶのはまだ先よ」


 戦場はようやく当初想定していた状況となったのだが、海賊補助軍による敵の増援阻止が崩れたのは、想定外のことであった。


 入り江の魔人はなおも健在で暴れまわり、感化した海獣たちの増援を得て勢いづこうとしていた。


「あれをどうしようかしら」とレッサが呟いたときであった。


 光の矢が入り江の魔人に打ち込まれた。矢は直撃と同時に、火花のような光を飛び散らせた。


 誰もがぞっとした。塔の魔人が戻ってきたのかと思ったからだ


 しかし矢を射たのは、葉っぱ頭と緑の肌をしたジュカ人の男の子、カミットであった。彼はナタブ傭兵たちに囲まれ、身の丈に会わない長弓で光の矢をさらに射ようとしていた。


「嘘でしょ」とシルクレイシアが驚きの声を零した。


 レッサも信じられなかった。


「塔の魔人の矢を再利用しているの!? そんなことできるわけ……」


 光の矢は入り江の魔人に大きな痛手を与えていた。その矢が当たるたびに入り江の魔人は大きく仰け反り、飛び散る光が当たった場所は黒く変色した。


 こうなると入り江の魔人の次なる標的はカミットとなり、ヒトデの大きな手を振り、カミットを薙ぎ払おうとした。これに対して、カミットを囲んでいたナタブ傭兵たちが盾を構えて壁を作った。彼らの鉄壁の防御は入り江の魔人の攻撃に耐えていた。


 レッサとシルクレイシアは視線が合うと、お互いに頷き合い、入り江の魔人へと向かった。


 シルクレイシアは入り江の魔人を囲むようにして輪っか状の水流をいくつも現し、レッサは森の呪いによって生み出した硬く大きな一枚葉に乗って、シルクレイシアの水流に乗った。シルクレイシアとレッサは二人で連携して入り江の魔人を撹乱し、カミットへ攻撃が及ばないようにした。


 一方、カミットは光の矢を遠くへ飛ばすために、無理をして普段使いしない長大な弓を引き続けたので、腕の筋力が限界を迎えつつ合った。


「カミット! 大丈夫か」と傭兵が声をかけると、「大丈夫だよ!」と叫んだ。しかしついには弓を引けなくなってしまった。


 カミットは砂浜に膝をつき、悔しさに涙を零し、言うことを聞かない肩を叩いた。


「なんで! なんで!」


 彼は叫んだ。入り江の魔人は着実に弱っていた。後少しで止めを刺せる。力尽きている場合ではないのだ。


 怒りに任せて彼が吠えたとき、地面から不気味な結晶状の蔦が生えてきて、カミットの体にまとわりつこうとした。


 これに気づいたレッサがシルクレイシアの水流に乗って急降下してきて、剣で結晶植物を打ち払った。


 カミットは叫んだ。


「邪魔しないでよ!」


「自分をダメにして、勝って殺して、終わりじゃないの。私達の人生は続くのよ」


 レッサは冷静に言った。彼女は数秒だけ黙ってカミットを見つめていた。カミットの弓を引く手には結晶植物がまとわりついていた。地下深くに生息する結晶植物は呪いの力を潤沢に蓄える。カミットは結晶植物によって呪いの力を再活性させることにより、光の矢を再利用しているのだった。魔人が放った矢を拾ってそのまま使えるという、そんな簡単な話ではなく、レッサには同じことができない。彼女は結晶植物の種を持っていないし、それらを生育したこともなかった。


「カミット。立ちなさい」


 これを言ったのはシルクレイシアだった。


「私の弟子。東の港街(シラトビ)の戦士。森の民の男の子。あなたは魔人を倒さねばならないわ」


 シルクレイシアはレッサを見て言った。


「カミットを介助して。入り江の魔人の弱点は手よ。これだけやってまだ倒れないんだから、そうとしか思えないわ」


 入り江の魔人は下半身が巨体のヒトデであり、真っ赤な上半身は下半身に比べて非常に小さなヒトの骨格をしていた。その上半身の顔には目も鼻も耳も口もなかった。そのどこも色は赤を基調として、黄色や青のすじが走っている以外では、色によって特別であると判別できる部位はなかった。しかし肉体は傷ついても再生する一方、唯一再生していない部位があった。それは槍が刺さったままの上半身の右手であった。その槍は東の港街シラトビの最高の戦士が最期に放ったものであった。

お読みいただきありがとうございます。

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