呪いの入り江(6)「戦争」
呪いの入り江の各地で戦闘が始まっていた。東の港街のヨーグ人戦士からなる討伐軍本隊は魔人に感化された海獣の群れにぶつかったが、海中で海賊補助軍が敵の増援を食い止めたため、討伐軍は海獣を駆除しつつ円滑に進軍できた。
討伐軍が全体として入り江の深部を目指しているのに対して、そうでない者もいた。
カミットはネビウスに抱えられて、討伐軍と逆行して街への帰路を運ばれようとしていた。カミットがネビウスの腕の中で暴れたので、ネビウスは彼を降ろした。
カミットは言った。
「僕は戦うよ」
「そうなのね。でも私はミーナを連れて行かないといけないわ」
「うん。僕は一人で大丈夫」
ネビウスのカミットを見る目はいつもと変わりなく優しさに満ちていた。彼女はカミットを抱擁すると、時間を無為にせず、カミットを置いて行ってしまった。
しかしカミットは一人ではなかった。彼は進軍していくヨーグ人の軍勢に混ざり、弓兵として戦場に戻ったのであった。
シルクレイシアは駐屯基地の救護天幕に直行したネビウスのところにやってきて、カミットの不在を知るや、ネビウスを非難した。
「どうしてカミットを行かせたの!?」
ネビウスはミーナを診断しつつ、淡々と言った。
「行きたいって言ったからよ」
「本当に死んでしまうわ」
「そんなに言うなら、アンタが彼を助けてやったらいいわ。そうしたらベイサリオンよりもよっぽど親切だわ」
「私は守り子よ!」
「だから何だって言うのよ」
ネビウスはミーナの胸に手を当て、人の体を燃やすわけではない不思議な青い火を起こしながら言った。
「美しくて、気高い、自由なシルクレイシアとみんなは言っているけれど、最後のやつだけは納得いかないのよ。私が見てきたあなたは自由って感じがしないわ」
「説教? 姉になったつもり?」
「私はカミットが自由に生きることを望んでいるの。だから彼がそうしたいと言うのなら、止めたりはしないわ。シルクレイシアはどうしたいの?」
シルクレイシアが安易に前線へ出られないのは、彼女はいつでも海の都に駆けつけられる必要がある上に、うっかり死んでしまったでは済まされない立場にあるからだ。海の守り子は終わりの島全域の海上安全を司る立場にあった。
ネビウスはシルクレイシアがこの数ヶ月で固めてきた決意を皮肉るように言った。
「アンタみたいな女の子がどうしてみんなの安心安全を一手に引き受けないといけないのかしら。そりゃあ、ベイサリオンみたいにそのために生まれてきたような男だっているのだけれども」
ネビウスがぶつぶつ言っていると、シルクレイシアはキレてしまった。
「舐めんじゃないわ!」
「あらまァ」
「私はやってやるわ!」
シルクレイシアが駐屯地を飛び出していった後、タゴンが血相を変えてネビウスのところにやってきた。
「あの馬鹿娘を連れ戻せ!」
「無理よ。私はミーナを診ていないといけないのだもの」
タゴンは鎧を着込んでいるが、総大将なので前線で直接敵と戦うわけではなかった。彼は戦況に応じて大局的な判断を下す立場にあった。ヨーグ人戦士は掟そのものよりも、その掟を誰が定めたかを重視する。ヨーグの英雄であるタゴンだからヨーグ人をまとめることができるのであって、彼が死ぬということは東海岸のヨーグ人にとって致命的な社会的損失となるのだ。
しかし、このあとネビウスが何かを言うまでもなく、タゴンは槍を持ち、戦場へ向かった。
ネビウスはミーナの処置を済ませると、徐に参謀天幕に入っていき、総大将の椅子に腰をかけた。
タゴンに準ずる街の有力者たちはネビウスの行動に首を傾げていた。
ネビウスは彼らに向かって宣言した。
「何かあったら私に言いなさい。タゴンに連絡くらいはしてあげるわ」
※
討伐軍本隊が入り江の最深部に到着するよりも少し前に、入り江の魔人を抑え込んでいたネビウスの火がついに消えてしまった。
このときまでは継承一門の戦士であるレッサとジンが二人がかりで塔の魔人と戦っていたのだが、そこに入り江の魔人がヒトデの腕を振り回して襲いかかった。
塔の魔人は剣を納め、逃げ回るレッサとジンに対して弓で攻撃した。塔の魔人が放つ光の矢は夜の砂浜に突き刺さると、火花のような輝きを弾けさせて、光があちこちを跳ね回った。
レッサとジンは跳ね回る光をも避けねばならなかった。
ジンは無理な体勢で光を避けたので、よろけてしまい、その一瞬でヒトデの太い腕で吹き飛ばされそうになった。
その直前、レッサは彼の前に種を放って蒔いた。その種からは一瞬で綿の花が吹き出して、ジンを保護した。しかしジンは剛腕の一撃によって空高く吹き飛び、彼は幸いにして海の方へ飛んでいって、水中へどぼんと落ちた。
レッサは冷静に考えていた。二人がかりで倒しきれない塔の魔人を一人で倒すのは不可能だし、ましてや入り江の魔人まで加わってはどうしようもない。しかし彼女は逃げ足には自信があった。むしろ鈍足なジンが水中に逃れてくれたのは都合が良かった。
「ここまでね」と呟き、レッサは周囲に人食い植物の種を蒔いてこれらを発生させ、魔人を足止めさせつつ、自らは安全に戦線を離脱した。
こうして不幸なすれ違いが発生した。ネビウスの報告により、塔の魔人はレッサたちが抑え込むので、ヨーグの戦士たちは入り江の魔人にだけ集中すれば良いと思い込んでいた。しかし実際には、入り江の奥で待ち構えていたのは万全の状態の魔人二体となったのである。
盾を構え、横並びで進んだ戦士団に対して、塔の魔人は光の矢を空高く放ち、軍団の内部にて光の爆発を起こした。たったの一撃で十数人の戦士が戦闘不能となった。この光の矢に対処することができなかった戦士団はなし崩し的に乱戦へと突入した。
戦士たちは一斉に槍を投げて魔人を攻撃したが、入り江の魔人はヒトデの腕を振り回して槍を払い、塔の魔人は達人の足取りで槍の振ってこない場所を見抜くことで一撃も当たらなかった。
大規模な戦闘となってから、小一時間も経たないうちに魔人の優勢が明らかとなり、戦士たちの士気も下がりつつあった。戦士は逃げも諦めもしないが、絶望の雰囲気が支配的となったのである。
そこへ荒れ地の都のナタブ傭兵団百三十名が到着した。連携の質はもともと悪かった上に、夜間の攻撃命令に対して彼らの応答が遅れたのである。東の港街はこの泳げもしなければ特別の腕力も呪術も持たない傭兵たちにほとんど期待していなかったのであるが、この持たざる者たちは誰かしらの指示があった様子で塔の魔人に対して一斉に突撃したのである。
塔の魔人は武芸の技と光の矢が脅威であったが、大型の魔人と違って腕力では人間的な域を出ていなかった。したがって乱戦に持ち込んでしまえば、その強みを封じることができたのだ。こうして乱されていたヨーグの討伐軍が戦列を立て直し、本来の作戦に復帰できた。
しかしここまでの戦いでヨーグの討伐軍は消耗しており、入り江の魔人を封殺するほどの攻撃力が不足していた。
そこにやってきたのがドミニ率いる海賊軍団であった。彼らはヨーグの戦力を補填し、入り江の魔人に対して斧や槍で猛攻を仕掛けた。
戦いは順調に思われたが、入り江の魔人がいくら攻撃してもその体を再生させたし、塔の魔人にいたっては今だに一度も攻撃を直接受けていなかった。少しずつではあったが、討伐軍側の消耗が進んでおり、先行きは怪しかった。
「ふむ。やはり、俺がやらねばな!」
ドミニは邪悪に笑って言った。彼は運んできた荷を解いた。そこには十二体のヨーグ戦士の遺体が鎧や槍を身に着けて積み上げられていた。ドミニは先端に宝石の付いた長杖を振って、呪詛を唱えた。
「冥府の戦士よ。生者を生かせ。魂よ、肉体に帰れ!」
彼の呼びかけに答えてか、戦士たちの亡骸がむくりと起き上がり、徐に歩き出した。死せし戦士たちは再び戦場に戻ってきたのである。その先頭に立つ戦士は海竜の鱗を編み込んだ鎧を身に着け、その首には美しい青のペンダントを身に着けていた。
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