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ネビウスクロニクル  作者: 石井
海の都編
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呪いの入り江(3)「志願」

 海の都(ドンド)東の港町(シラトビ)は、次の攻撃でもって必ず魔人を倒すという決意を固めていた。余力のある荒れ地の都(ペキ)に戦士の貸与を要請したので、平時ならば数の少ないナタブの傭兵が続々と野外市の宿場に集まってきていた。


 正規の戦士が八百人、海賊勢力が三百人、そしてナタブ傭兵が百三十人、他に継承一門カイラの戦士が二名、これが魔人討伐軍の内訳となった。


 郊外の平原では合同の戦闘訓練が行われるなど、着々と準備は進んでいた。カミットもこれを見学に行って、砂塵の舞う中で戦士たちの鬨の声に合わせて雄たけびを上げたりして上機嫌だったのだが、そんな彼にシルクレイシアが思いつめた様子で話しかけた。


「カミット。あなたを戦いには連れて行かない」


「なんで!?」


「子どもだから」


「僕が行かないとネビウスは来ないよ!」


 シルクレイシアは深いため息をついた。


「分かってはいたのね。様子は見ていたのだけれど、あの人、本当に来なさそうだわ。だとしたらあなたを危険に晒すだけになる」


「ネビウスは来るってば!」


「だめよ。子どもは街で留守番よ。祭壇で戦士たちの勝利を祈るの。これも大事なことよ」


「そんなので勝てるなら誰も死んでないよ!」


 カミットがこれを言った瞬間、シルクレイシアはカミットの頬を叩いた。カミットはネビウスにただ一度()たれて以来、生まれてから二度目の痛みにまたも驚き、心臓がどきどきとして、言葉を発することができなくなった。彼は赤くなった頬を手で押さえて黙り込んだ。


 シルクレイシアは堪えきれない様子で涙を流して言った。


「呪いは助けてくれないのよ。あんたみたいな小さいのは役に立たないの! 出て行ってやられて、それで、死んでしまうだけよ!」


 カミットは森の魔人との戦闘経験から、魔人相手では呪いが使えないことを知っていた。シルクレイシアの指摘はカミットには今更のことであったが、しかしここで言い返すこともしなかった。


 実際には、カミットは怒りで冷静さを欠いた人との向き合い方が分からなかった。彼はシルクレイシアの前から逃げ出し、街まで走って帰った。





 カミットは港に停泊している海賊船を訪ね、艦上で玉座に座るドミニに向かって宣言した。


「僕は魔人と戦うよ!」


「ほゥ、立派なことだな」


 ドミニは首を傾げた。


「それで、何の用だ?」


「僕を軍団に混ぜてよ!」


「ん? ダメだ。お前はネビウスのせがれだからな」


「なんで!」


「理由は今言ったがなァ」


 カミットは近くにあった酒瓶を手に取ると、これをぐびぐびと飲んだ。


 ドミニは椅子から身を乗り出して、眼を見開いた。


「僕は子どもじゃないよ!」


 カミットは瓶を放り捨てて叫んだ。


 ドミニは邪悪な笑みを浮かべ、何やら思案して、玉座から立った。


「ネビウスが文句を言わぬなら、お前の呪いをいくらか見てみよう」


「呪いはだめだよ。魔人が相手じゃ役に立たないんだ」


「侮るなよ。闇には闇を。その道は愉快ぞ!」


 ドミニはにんまりと笑って、カミットの肩を抱いた。


「お前は闇の道を行く素質があるぞ。俺の子猫ちゃんに槍を刺したときは殺してやりたいと思ったが、継承一門カイラの攻撃を警告したのはとても良かった。だから俺はお前を買っている」


「何でもいいけど、悪いことはしないよ」


 カミットはドミニの手を払った。


「生意気なやつ!」


「僕は魔人を倒したいんだよ」


「ふん! だったら頭を使わねばな。力押しが駄目なことは東の港街(シラトビ)の戦士たちが証明した。俺たちは勝つために考えねばならぬ」


「タゴンは考えていると思うよ」


「足りておらぬ」


 ドミニはカミットを手招きして、船内の一室に通した。部屋の壁一面に隈なく木板が打ち付けられ、それらには細かにメモ書きがされていた。さらに部屋の中央の大きなテーブルには呪いの入り江の地図が置かれていた。


 カミットは目を輝かせた。


「何だこれ!?」


「戦争だからな。勝つために俺たちの頭が生み出すものを全部出しきらねばならぬ」


「こんなに考えているなら、タゴンとネビウスにも教えてあげたらいいよ」


 ドミニはカミットの反応に満足しつつも、これには頷かなかった。


「政治のことはいずれ分かる」


 ドミニは地図の上の駒を浜の方から入り江に動かした。


「最初の戦いでは、戦士たちは陸から攻めた。海獣どもが海から来るのだからそうなるな。しかしこれは愚策だった」


 ドミニは部屋の小窓から海を示した。


「見てみろ。青い海は美しいな。しかしその青が敵の姿を隠したのだ。海獣は予想よりも遥かに多く押し寄せた。その結果、魔人を討伐するに必要な戦力が不足して、戦士たちは敗北した」


 カミットは腕組みをして聞いて、「そっか、そっか」と言って、ドミニの言うことに頷いた。


 次にドミニは入り江の海に面する方を示した。


「敵は尽きることがないだろう。これを防ぐ手立ては魔人を倒し、新たな魔除けを入り江に施すしかない」


「そんなにいっぱいで来られたら、どうしたって勝てないよ。どうするの?」


「達成すべき手順は二つ。先ず、海の敵を足止めする。次に、陸で魔人を倒す。こういうことだ。第一の目標がしくじれば第二の目標どころではなくなる」


「ふん、ふん」とカミットは頷いていたが、首を傾げた。


「どうやって海の敵を食い止めるの?」


「それを俺たちがやるのだ」


「それをやる人たちはいっぱい死ぬよね?」


「そうだ。だから安い命がたくさん必要になる」


 カミットは釈然としなかった。


「もっと良い方法はないのかな?」


「あるが、連中は頷かなかった」


「どうするの?」


海の化身(ヴェイテ)を使うのだ。あの化け物を近海で暴れさせれば海獣どもは近づけない」


「でも、それだと」


「勘が良いな。そうだ。とてつもない大波が起こる。近くの港は全部平らげられることになるだろう。しかし魔人は水中戦を苦手とするなら、そのときこそ我らの勝機となるのだがなァ」


 カミットは荒れ地の都(ペキ)で目の当たりにした大地の化身(アウクシャ)の大地震を思い出した。海の化身(ヴェイテ)の力は大地の化身(アウクシャ)に匹敵するだろうから、その力を借りるなら、本当に街が滅んでしまうのだとカミットは想像した。


 カミットは言った。


海の化身(ヴェイテ)は駄目だ」


「ふん。生意気な小僧め。やっぱりお前は闇の道の才能がないな」


「そうなの?」


「帰れ、帰れ! お前には失望した」


 カミットは追い出されて、とぼとぼとタゴン邸まで帰ったのであった。

お読みいただきありがとうございます。

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