槍岩の海(6)「餌やり」
宴の途中でドミニが合図をすると、海賊たちが広間の中央から人や物を捌けさせた。木板の床は開閉式になっており、この床が開くと、直下には巨大な水槽があった。ちょっとしたイルカなどの海獣を飼うにも十分な規模の水槽であった。
ドミニはネビウスたちのいる席に戻ってきていた。彼は水槽に向かって両手を広げ、何やら念じた。
すると水槽の水が膨らんで持ち上がり、広間の中央にガラスに封じ込められたような巨大な水の球形を作った。
酒宴では男も女も熱狂して叫び始めた。
様子が変わったことに驚いたカミットはネビウスの元へ戻ってきた。
「ネビウス! 何か始まるよ!」
「槍試合ね」
「そんなチンケなものではない」
ドミニはにんまりと笑って言った。
酒宴の席に鞭の跡が痛々しい男が他の海賊たちに連れてこられた。
「あらァ」
ネビウスは間抜けな声を出した。その男はネビウスたちに攻撃を仕掛けた海賊で、唯一の陸言葉を喋れる男であった。
「あれはどうしたのよ」
ネビウスは隣のドミニに聞いた。
「あいつは元々反抗的だったからな。今回は罰を重くするが、ひょっとすると試合の結果しだいでは重用するやもしれぬ。俺は寛大だから挽回の機会を与えた」
丸腰の男は槍一本を持たされて、球形水槽に押し込まれた。男は内側から水槽の内壁を叩いたが、中からは出られない様子であった。
彼は最初から怯えており、槍を構えるも、その様子は弱々しかった。
水槽の下で蠢く者がいた。
シルクレイシアは絶句していた。
「なによ、あれ」
「驚けよ。俺の可愛い子猫ちゃんだ」
現れたのは獅子の上半身と魚の下半身を持つ怪物であった。
ネビウスはドミニに聞いた。
「あんなのどこで手に入れたの?」
「ある商人から買った。見たことのない珍獣だったから、思わず買ってしまった」
「商人の名前は?」
「後にしろ。今は餌やりに集中しろ。見ものだぞォ?」
「見てられないわ。私、もう寝るわ」
「おい、おい。俺の顔を立てろ。みんなを見てみろ。大盛りあがり、大喜びだ。そう簡単にはできない、最高の催しなんだぞ」
銅羅が打ち鳴らされた。
怪物は男に襲いかかった。
男は逃げ回り、時折槍で突いたが、怪物の外皮は槍の突きでは傷一つ付かないようだった。
カミットは戦いの一挙一動に興奮して歓声を上げた。
しかし数分が経ち、男が疲れ始めた。そして怪物はまるで男をいたぶるかのように、致命傷にならないように引っ掻いたり殴ったりを繰り返すようになった。
男の血が煙のようになって、水中に漂い始めた。
カミットは振り上げていた拳を自然と下ろしていた。彼はネビウスを見た。ネビウスは眉間にしわを作って、不機嫌そうにしていた。次にカミットはシルクレイシアを見た。シルクレイシアは我慢ならない様子で怒りを露わにしており、今にも水の呪いを解き放つかに思われた。
信頼する二人の態度は熱狂する海賊たちとは対称的であった。そうであるからこそ、カミットは湧き上がる憤りが正しいのだと確信した。
カミットは走り出した。彼は床を蹴って飛び、水槽の中に飛び込んだ。
水中には血の臭いが広がっていた。
怪物は男をいたぶることに夢中であった。
カミットはあの怪物を殺してやりたいと願った。これに森の呪いが応えたのだが、いつもとは様子が違った。森の呪いはカミットの手のひらに細長い緑の槍を生み出しただけであった。カミットは森の呪いがこれで戦えと命じているのだと理解した。
足を漕ぐと、ぐんと進んだので、カミットは驚いた。彼の足には大きな流線型の葉がヨーグの鰭のようにして結びついていたのだ。
カミットは怪物の背後から槍を突き刺した。戦士の槍が通らぬ怪物の外皮をその緑の槍はいとも簡単に貫いた。
怪物は悶えて暴れた。巨体ゆえにただ一撃を受けただけでも死に至るかもしれなかったが、カミットはその一撃に対してイメージが湧いておらず、恐れを知らぬがゆえに、力を抜いて、すいすいと泳いで逃げた。
息は苦しくなかった。森の呪いは水息の苔玉をカミットの肺にめぐらしていたからである。
しかし疲れることには変わりなかった。カミットは餌として放り込まれた男と同様に、逃げ回る内に動きが鈍ってきた。
カミットが危機感を覚えたとき、球形の大水槽が突然弾けて崩壊した。
宴会場は水浸しになり、人食いの怪物が柵もなく解放された。
海賊たちは大騒ぎになって逃げ惑った。
疲れ果てて水の流れに飲まれていたカミットをネビウスが掴んで泳ぎ、水槽の岸まで連れて行った。
ネビウスは怪物を睨んで大人しくさせた。
ここにドミニが走ってきて、彼は腹を立ててネビウスに罵った。
「俺の呪いを斬るな! 俺の面子が潰れたぞ!」
「ごめんなさいね。でも、坊やを守るためには仕方なかったわ」
重みに逆らって広間に維持されていた球形の水槽はドミニが呪いの力で作ったものだったのだが、これをネビウスが剣で斬ってしまったのだ。海賊の間では、ドミニの牢獄の水槽は畏怖の対象であり、閉じ込められたら最期、ドミニに許されない限りは出られないものとして知られていた。
ドミニは不機嫌に唸り、怪物に手を向けた。これにより周囲の水が集まっていき、怪物を閉じ込めて広間の下の水槽へ押し戻した。すかさず海賊たちは広間の開閉式の床板を閉じた。
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