表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネビウスクロニクル  作者: 石井
荒れ地の都編
4/257

第4話 廃墟の村(1)「人の世の果て」

 カミットは黙々とネビウスの後ろを着いて歩き、山を一つ二つと超えて、あるとき力尽きてパタリと倒れてしまった。カミットは十分に野山で遊んで育ってきたが、それでも体力と筋力はまだ十歳の子どもであり、朝から晩まで歩いて、崖を上り下りしても平気なネビウスには着いてこられなかったのだ。

 巨獣の縄張なわばりを抜けた辺りから、ネビウスはすっかり自分の前しか見なくなっており、うっかりしてカミットが倒れているのにも気づかず行ってしまいそうになった。このとき森の呪いが根を伸ばして、ネビウスの足を掴んで引き止めた。


「うぎゃっ!」と悲鳴を上げて、ネビウスはうつせに倒れた。


 ネビウスは足にからまる根をにらみつけて、怒りの火を起こして燃やしてしまった。燃えつつある根を辿たどっていくと、カミットが雪にもれて倒れているのを見つけた。ネビウスは大きなため息をついて、カミットをおぶった。


「ちょっと持ちづらいでしょ。あんたも少しは手伝いなさい」


 ネビウスは見えざる森の呪いに注文をつけた。するとカミットの体からつたが生えてきて、親子の体をしっかりと密着させて、カミットが落ちないように固定させた。

 カミットが気絶しているのが好都合だったので、ネビウスは夜通し早足で歩いて、一気に吹雪ふぶき山岳さんがく地帯を抜けた。高度が下がると背の高い木々が増えた。ときどきは森を闊歩かっぽするけもの遭遇そうぐうしたが、ネビウスは彼らを手で払う仕草をして追い払った。下等な獣はネビウスに挑戦してきたが、この場合は火を見せておどかすことで対処した。

 森を抜けると、低木やちょっとしたしげみが点在する荒れ地となった。記憶を頼りに進むと、瓦礫がれきに埋もれた廃墟はいきょぐんを見つけた。

 ネビウスは怪訝けげんに思い、目を細めた。


「たった十年で……」


 最果さいはての村とも呼ばれたその村落は、山越え前の滞在にちょうどよい場所に立地しており、ネビウスも里帰りの際の前夜には滞在したものであった。打ち捨てられた建物の状態はいずれも良くなかったが、ぞくや獣に襲われたような跡はなく、何らかの理由で村民がこの場所を離れたのだろうと推察できた。

 ネビウスの背のカミットがもぞもぞと動いた。


「ネビウス。ここは?」

「ナタブの村よ」


 ネビウスはカミットを下ろして、彼にパンと水を与えて昼食がてら、村外れのやぐらに登った。

 櫓からは周囲の荒れ地とその向こうの広大な森、そして遥かに遠のいた巨獣の山々が見えた。


「ここは山から巨獣が下りてこないかを見張るのにちょうどよかったのよ。それでナタブの中でも精鋭せいえいの戦士たちが滞在していた」

「ナタブ?」

「里の外の連中で、やたらと数が多いやつらのことよ」

「僕はナタブ?」

「坊やは森の民。葉髪ようはつで緑色の肌をしているでしょ」


 ネビウスはあちこちを見回して、ため息をついた。


「どうしようかしら」


 ネビウスには留意すべきことがいくつかあった。

 先ず、カミットの森の呪いは成長につれて落ち着いてきているとはいえ、それでも突発的に暴れまわることがあるのだ。このような状態でカミットを都市生活に放り込むことは危険であり、当面の間は郊外の広々とした人の少ない土地で養育する必要があった。

 もう一つ考えねばならないのは、食料の確保である。森の呪いはカミットを守護するが、パンや果実を与えてはくれないのだ。

 ネビウスはここに来るまでの間で見かけた果実や野草を集めておいたので、向こう三日くらいならば食料にも困らないが、今後の生活で生きるために足を動かすとなると、これは彼女にとってナンセンスであった。ピクニックは楽しむものであり、義務ではないのだ。

 最後の懸念として、この村のことである。観測地として最適なこの村が打ち捨てられている現状は憂慮すべきことであり、ネビウスはこの土地を捨て置くことに不安を感じていた。獣が凶暴化しているならばなおさらである。

 ネビウスが村のあちこちでほこりを被っていた魔除まよけのほこらを点検しだした。カミットはその意図を察した。


「ここに住むの?」

「住みはしないけど、少し様子を見るわ。魔除けの呪いを土地にかけておきたいから」

「他の里の人たちはどうしたんだろ。みんなも手伝ってくれれば良かったのに」

「連中は一直線に太陽のソルガウディウムを目指したのよ」


 ネビウスは自らの言葉に失笑を漏らした。


「あの人達は里の外に興味がなくて、すぐそこに目で見える物だけが全てなの」

「僕もみんなやネビウスだけが全てだ」

「悪いけど、坊やに広い世の中を見せるのはまだ先になりそう。我慢がまんしてね」

「僕は我慢がまんなんてしていないよ!」


 ネビウスは奇妙きみょうゆがんだ顔で、へらへらと笑った。次には真顔になって、カミットの胸元を見やってぼそりと言った。


「あんたが暴れん坊なせいよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ