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ネビウスクロニクル  作者: 石井
海の都編
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槍岩の海(4)「海上の砦」

 沖合の海上に海賊の砦(ジワン)が浮かんでいた。元は小さな水上バラックであったものが、増築に増築を重ね続けたことで要塞化が進み、今や砦の総人口は三千人に達し、ちょっとした街に匹敵する規模となったのだ。


 三人の人質は大きな蓮の葉の小舟に乗って、海賊たちに引かれていた。


 カミットは砦が見えたとき、興奮して叫んだ。


「海の上に街がある!」


「荒くれ者たちがよくもまあコツコツと」


 ネビウスは感心して、巨大な砦を見上げた。


 シルクレイシアは良い顔をしなかった。


「ぞっとするわ。ここへ来るときは賊を滅ぼすときと思っていたのよ」


「怖い顔しないのよ。堂々としていればいいの」


「堂々としているわ」


「あちらが何を言ってもね」


「いやな感じよ。姉にでもなったつもり?」


「いいえ。私達、友達でしょ?」


 砦の外壁には敵の侵入を防ぐための鋭い木杭が無数に打ち立てられていた。ネビウスたちは水門を通って招き入れられた。


 内港には木造大型船が四台、小型中型の船なら十数台も停泊していた。


 桟橋から港に渡ったとき、カミットが叫んだ。


「森の民だ!」


 彼の視線の先では葉髪と緑の肌をした森の民がヨーグ人たちと話をしていたのだ。彼らは海を渡る商人らしく、身軽な麻布の服装をしており、草葉を編んだ伝統的な装いでは無かったが、カミットが初めて見る彼以外の森の民であった。


 シルクレイシアはうんざりした様子で唸った。


「そりゃあいるでしょうよ。これだけの木材、どこから仕入れているのかってことよね」


 ネビウスはシルクレイシアの背後から抱きついて言った。


「まあまあ。世は全て巡るものよ」


「本気で言っているの?」


「笑顔を見せてちょうだいな」


 ネビウスはシルクレイシアの脇をくすぐった。


「ちょっと! ふざけてないで!」


 二人が子ども染みたやりとりをしていると、海賊の男が苦々しい顔で言った。


「少しは人質らしく振る舞ってもらわねば、俺たちの首が飛ぶ」


 ネビウスとシルクレイシアは苦言を無視して、きゃっきゃと騒ぎ続けた。静かにしていたのはカミットだけであった。





 海賊の砦(ジワン)の実態は城下町であった。頂点には海賊の頭領とその家族の屋敷があり、上層に住むものは海賊の中で幅を効かせる者たちで、下層に住むのは下っ端とその家族たちとなる。全体の雰囲気ならば東の港街(シラトビ)にも似ていたが、身分と貧富の差が大きい点では明らかに違っていた。


 海賊の砦(ジワン)のヨーグ人はカミットを睨まなかった。ここに住むヨーグ人は木材を供給する森の民に対して好意的だったからだ。


 極めつけは海賊の頭領の様子であった。彼は痩せた小柄なヨーグ人の男で、島の最も高い場所に屋敷を構え、ネビウスたちを出迎えた際には、謁見殿のような広間で玉座に座っていた。海賊の王とも言うべき彼はネビウスたちに向かって親しみやすい笑顔で言った。


「優れた呪術師が二人、呪いの子が一人、だな。良い客だ。俺は嬉しいぞ」


 一方で、ネビウスたちを連れてきた下っ端の海賊たちには冷酷に言った。


「お前たちごときがこんな強者つわもの共を人質にしただと? 俺を騙せると思ったか? お前達には罰を与える」


 ネビウスは即座に言った。


「そうした方が円滑だと思ったのよ」


 海賊の王は顎を撫でて頷いた。


「敗者には罰を与える」


「なんでよ」


「俺は全てを決めるのだ」


「そんなことじゃあ、こっちがせっかく手心加えて、彼らを無傷で無力化したのが意味なくなっちゃうわ。殺さず、傷つけもせず。私達は平和な隣人なのよ」


「俺はもう決めたのだ。決めたことは覆らぬ。敗者には鞭打ちだ!」


 男たちは連行されていった。


 ネビウスは呆れてため息をついた。


 海賊の王はすっきりした笑顔でネビウスに話しかけた。


「俺たちは強い呪術師を欲している。月の海を行く船を守れる呪術師をな」


他所よそを当たってちょうだい。……月の海で商売をしているの?」


「一年ほど前から始めた」


「それで東の海を荒らさなくてよくなったのね」


「そうだ」


「東の海に魔人が出たでしょう?」


「ん? そうみたいだな」


海の都(ドンド)東の港街(シラトビ)も魔人で手いっぱいなのよ。月の海に船を渡すより、あっちを攻めた方がよっぽど儲かるんじゃない?」


 シルクレイシアは驚愕の表情でネビウスを睨んだ。


「ネビウス! 何を言っているの!?」


「まあ、まあ。落ち着きなさい。話は途中なのよ」


「黙って聞いていられないわ」


 海賊の王はネビウスとシルクレイシアを交互に見て、にんまりと笑った。


「俺は馬鹿じゃない。月の海以外の、その他の全ての海は、ぜーんぶ、海の化身(ヴェイテ)の物だ。あの化け物に大波を起こされたら、俺の城とて海に飲み込まれてしまう」


 ネビウスとシルクレイシアは互いに視線で合図をした。ネビウスは一歩下がり、シルクレイシアが交渉の口火を切った。


海の都(ドンド)は春に呪いの入り江を攻めるために準備を進めているのよ」


 海賊の王は黙ったまま首を傾げた。


 シルクレイシアは続けて話した。


「戦力はあるだけ良いわ」


「ほう」


「名誉のための戦いに興味は?」


「思ってもみなかった話だが、俺は今考えた。戦いに興味はな、ある! しかしな、お前たちの言う名誉は要らぬ。俺の名誉とは奪うこと、競争を勝ち抜くときの命の輝きよ!」


 シルクレイシアは海賊の王の発言に対して眉をひくつかせた。彼女は普段よりも落ち着いた口調で言った。


「何が欲しいの?」


「陸の土地」


「それは無理」


「それくらいのことでなければ、戦士は出せぬ」


「私達が負ければ、あなた達も滅びるのよ」


「俺が生きている間さえつなら、後のことはどうなろうと知ったことか」


 シルクレイシアが表情に苛つきを覗かせる一方、海賊の王は機嫌よく煙草を呑んで煙を吹かした。その後もシルクレイシアはいくつか言ったが、いずれも手応えはなく、ほとんど話し合いにならぬまま無為なやりとりが続いた。

お読みいただきありがとうございます。

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