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ネビウスクロニクル  作者: 石井
海の都編
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槍岩の海(1)「失われた槍」

 東の港町(シラトビ)の頭領であるタゴンは名家の出身ではない。彼は南海岸の小さな港町の漁師の家の五男として生まれ、一代にてその地位を築き上げた。その経歴の始まりは、槍の精霊に見初められたことから始まった。


 神官による見定めはヨーグの男ならば誰もが通る道であったが、タゴンの場合は普通とは違った。十歳の男の子であったタゴンが海岸の祭壇に向かって一心に祈ったところ、普通なら祭壇の中から出てくる槍の精霊が現れなかった。


 タゴンは同年代の中では際立った屈強さをしていたし、槍の稽古も順調だったので、そんなはずはない、と親族が騒ぎ立てたところ、ずざざ、ずざざ、と大きな体を引きずる音が浜の方から聞こえてきた。


 音の主は丸みを帯びた背甲を持ち、鋭く尖った細長い尻尾を持つ槍の精霊であったが、その大きさはおとぎ話に語られるような極端な巨体であり、人里の通りを進めば家々を壊しかねないほどであった。並々ならぬ大きさの槍の精霊は尻尾を切り離し、これをタゴンに授けると、何事も無かったかのように海に帰っていった。


 その槍で突けば、タゴンに貫けないものは無かった。必殺の槍の使い手となったタゴンは海を支配する怪物たちを駆逐して東の海に平和をもたらした。このことが認められ、彼はヨーグ人にとって海の都(ドンド)と並び重要な東の港町(シラトビ)の頭領となったのである。


 そんなヨーグの英雄も歳を取った。タゴンは門下に多くの戦士を育て、その中で最も優れた戦士に自分の槍を贈った。戦士としての引退と継承を彼は完璧に遂行したのであった。


 入り江の魔人との決戦において、タゴンの弟子たちは大多数が戦死した。


 タゴンの槍は今なお見つかっていない。





 タゴンは引退した戦士であるが、今も日ごろの訓練は欠かしていない。槍の型は体が覚えている。体幹をしっかりとさせて、長い槍を振ると、切っ先の軌道は美しい半円を描いた。


 邸宅の中庭にて、早朝の静けさの中で、一人密かにやるのが彼の日課だったのだが、その日はカミットがやってきて練習に混ざった。


 カミットは突き出す動きは稽古に通っているだけあってなかなか様になっているが、タゴンの真似をして槍を大きく振ろうとすると、槍に体を振り回されてふらついている。


 タゴンはカミットに言った


「しっかりと持て。しっかりと立て。それから振れ」


「まだ始めたばっかりだから仕方ないんだ」


「子どもは口答えをするな」


 タゴンは並みの子どもであればこのような生意気ぶりには問答無用でゲンコツを食らわしているところだが、カミットは何やら様子が違うと思って、手が出せなかった。


 タゴンは手本を見せるつもりで槍を豪快に振った。


 カミットは真似をしようとがんばるが、あまり上手くいっていなかった。


 タゴンとカミットは稽古を終えた後、縁側に並んで座り、瞑想していた。タゴンの膝とカミットの頭の上にはそれぞれどこからやってきたのか、槍の精霊がちょこんと鎮座していた。


 やがて家内の者たちも起き始め、シルクレイシアとネビウスが通りかかった。


「父様はカミットを弟子にするのかしら」


「おもしろそうね」


「大変なことよ。ヨーグの頭領が森の民を弟子にするなんて」


「海の守り子があの子を弟子にしたことの方が大問題でしょ」


「私は良いのよ。元々そういう感じでやってきたし、しかも女だし。水の呪いを伝授しない限り、神殿は本気だとは思わないわ」


「なるほどねェ。……ん?」


 ネビウスは首を傾げた。


「本気ってのは何なのかしら?」


 シルクレイシアは表情を硬くして早口で言った。


「今度の魔人討伐にあの子を連れていくわ。弟子なのだもの。当然でしょ?」


「あらまァ」


「傭兵たちもあの子を気に入っているみたいだしね。お守りみたいなものね」


 ネビウスはシルクレイシアを見てにやりと笑った。


「そんなべらべら喋らなくても、私は止めやしないわ。そんなことより、私、思いついたのよ」


「なによ。嫌な予感がするわ」


「槍岩の海に行くわ。一緒に行きましょう」


 笑顔のネビウスに対して、シルクレイシアは心底嫌そうに顔を歪めたのであった。





 東の港町(シラトビ)から北上した先に槍岩の海がある。この海では鋭く突き出た岩が無数に立ち並び、海中も大小様々な岩によって見通しが悪くなっている。大規模な船団が侵攻できないこと、また隠れ場所に富むことから、この海は大昔からヨーグ人海賊の住処となってきた。


 ネビウス、シルクレイシア、カミットの三名は陸路で槍岩の海の海岸線までやってきた。島の北部に近い地域は、巨獣の山脈に近いということであり、槍岩の海の海岸線には人を丸呑みしてしまう陸魚や鉄の鎧を叩き切る巨大カニなどがうろついている。


 三人もこのような怪物たちとしばしば遭遇した。ネビウスはシルクレイシアが攻撃しそうになるのを制止し、怪物たちには手で払うような仕草をするだけで追い払った。カミットも秘境の里で巨獣に慣れて育ったので、彼は楽しいピクニック気分で怪物たちを観察した。


 ネビウスは魚介類と野菜を中心とした弁当を作ってきており、お昼休憩ではカミットは大喜びであった。カミットがおかずをパンに挟んであっという間に食べてしまうと、ネビウスは自分の分を彼に分け与えた。


 シルクレイシアも弁当を食べて笑顔をほころばせていたが、一方でネビウスに対して呆れてもいた。


「古の民の魔除けの呪いって、ほんと、便利よね」


「下手くそがときどき食べられるのよね。しくじったら私もぱっくりいかれるかも」


「……冗談?」


「ふふふ」


「笑ってんじゃないわよ。腹立つわね」


 このような調子で談笑しつつ歩いていると、やがて鋭い槍岩が無数に突き出る海が見えてきた。数十年来にわたり、堅気のヨーグ人が踏み入っていない魔境がそこに佇んでいた。

お読みいただきありがとうございます。

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