東の港街(12)「呪いの商人」
バルチッタは歳は中年の男であったが、その冒険的気性は若者に引けを取らなかった。彼は荒れ地の都で掟に反する商売をしたことで逮捕されそうになると、逃亡して今度は海に向かった。そこで手を出したのは、戦場跡から戦士の遺品を盗んで売るという、闇の商売であった。
彼は戦闘については素人同然であったが、彼が有する唯一の特殊技能として姿隠しの呪いがあった。何かに付けては逃亡する機会の多かった彼は、いつでも姿隠しを発動できるように専用の呪いの杖を衣類に忍ばせているのだ。この杖を駆使することで、彼は魔人と海獣の支配する危険な入り江に侵入できたのであった。
近頃、東の港街がバルチッタの活動を嗅ぎ回っていることを知ると、彼は店を畳む支度を始めていた。在庫でごった返す天幕の中でバルチッタが儲けた銀貨を数えていると、彼の肩にすっと手が置かれ、急に声がかけられた。
「良い商売を見つけたみたいね」
バルチッタは悲鳴をあげて飛び上がりそうになったが、その手はぐっと力を込めて彼をそのまま椅子に留めた。
バルチッタはゆっくりと振り返った。
「ネビウス。いつのまに入ってきた!? この天幕は隠してあったはずだ」
「随分隠れるのが上手くなったのね。ちょっと探すのに手間取ったわ」
「ああ。荒れ地の都では調子に乗って、デカイ家を買って後悔したからな」
バルチッタはじとりとした目でネビウスを睨んだ。
「また職人組合の連中と組んで俺をハメる気か」
「あらまァ。誰が月追いから助けてやったと思ってるのかしら?」
バルチッタは一瞬沈黙すると、「いやぁ。あのときは本当に助かった。これは俺の感謝の気持ちだ」と言って、ネビウスに、小袋に詰まった銀貨を差し出した。
「戦士たちから盗んだ金なんて受け取れないわ」
「おい。俺を侮辱するな! やっぱりネビウスのせいなんだな。おかしいと思ったぜ。魚人間どもが魔人の入り江に近づけるはずがないんだ。俺はあのまま錆びつくだけだった資源を有効活用しているだけだ。誰が俺を裁けるってんだ? ネビウスは天秤か?」
「在庫を手放して、売り先を教えなさい」
バルチッタはネビウスに背を向けて、広げていた銀貨をかき集めて袋に詰め出した。
「俺に命令するな。危険を冒して俺が集めてきたお宝だぞ。タダで手放せるものか」
「アンタは本当に馬鹿ね。呪いの道具の流布は職人組合が特に嫌う掟破りの一つよ。事によっては太陽の都の職人組合が動くわ」
バルチッタはごくりと唾を飲んだ。
「マジか? 呪いの道具なんてそこら中にあるじゃねえか?」
「それは牢獄の都だけの話よ」
「おい、おい。そうすっと、俺はどうなる?」
ネビウスはこれに答えず、天幕内の在庫を漁り始めた。
「勝手に触るな! 俺のお宝だぞ」
バルチッタが掴みかかるも、ネビウスは彼を跳ね除けて、山積みの兜や鎧、槍や剣を物色した。ネビウスは首を傾げた。
「海竜の鎧と守り石のペンダントを知らない? 友達の恋人の遺品なのよ」
「ああん? ああ! 一番のお宝か。ありゃあ、もう売っちまった」
「誰に?」
「言えるわけないだろ。契約がある」
ネビウスはバルチッタの作業机に近づいた。バルチッタは慌てて間に入ろうとするが、彼はネビウスの小柄な見た目に見合わぬ怪力で跳ね飛ばされた。
ネビウスは机の上にある羊皮紙の帳簿を手に取った。帳簿は紐で縛られており、ネビウスが解こうとすると紐が蛇に変身してネビウスに襲いかかった。ネビウスは一瞬でこの蛇の頭部を手で掴んで潰してしまった。動かなくなった蛇は紐の姿に戻った。
バルチッタは「痛ぇ」と唸りながら、ネビウスの背後に立った。
「呪いの封じ紐を手で潰すやつがあるか。化け物かよ」
「普通でしょ」
ネビウスは帳簿にさっと目を通すと、淡白に言った。
「今回も逃げ切れたらいいわね。幸運を」
ネビウスが天幕を出ていってから、数分後に今度はシルクレイアと武装した職人組合職員たちが天幕に押し入った。
そのとき既にバルチッタは逃げ去っていた。
バルチッタはバックパックに詰められるだけの銀貨と僅かな食料だけを持って、天幕を飛び出していた。
彼は人混みの中を走った。
そうして息を切らして立ち止まったとき、
「久しぶりだね、おじさん」と子どもの声がかけられた。
バルチッタは息を飲んだ。
彼の行く先には、葉っぱの髪の毛と緑色の肌を持つ森の民の男の子が立っていた。カミットである。
「おい、おい。ネビウスのところのガキじゃねえか。俺は、ネビウスの手助けがあって、こうしてギリギリで逃げているんだぜ? あいつがさっき俺のところに来やがってよ、危ないから逃げろって言ったのさ」
「ネビウスがどこかにいるの? いないじゃん」
カミットは恐ろしく淡々とした様子でバルチッタに言った。
「化け物の子は化け物か」
バルチッタは呟き、得意の姿隠しをするために杖を取り出そうとした。
その瞬間、地面から伸びた蔦が杖を取り上げた。
「あ! 返せ!」
バルチッタが叫ぶも、それどころではなかった。次々伸びた蔦や根がバルチッタを拘束し、縛り上げたのである。
野外市の外れの方であっても、周囲に人は多かった。その場は騒然として、騒ぎを聞きつけたシルクレイシアと職人組合職員たちによってバルチッタはついに逮捕された。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、ポイント☆など入れていただければ幸いでございます。




