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ネビウスクロニクル  作者: 石井
海の都編
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東の港街(9)「祝い事、死地」

 その日、ネビウスは連日朝から晩まで取り組んでいる調査を午前で切り上げて、午後は料理に精を出していた。


 カミットも弟子業を早上がりしてきて、夕方からずっとそわそわして待っていた。


 ミーナは不思議そうにして、カミットが台所の様子を数分おきに見に行くのにくっついていた。


「何があるの?」とミーナが聞くと、「秘密のお楽しみだよ」と言ってカミットはにやにやと笑いながら誤魔化した。ミーナは「楽しいことがあるのね」と言って目を輝かせた。


 居候である三人は普段はタゴンの一族とともに食事をしてきたが、この日の夕食は客間にて、家族だけで行われた。


 ネビウスが手作りした料理は豪華絢爛。サラダや貝類などの前菜から、白身魚のソテー、こんがりと焼いた海老、匂い立つ茹でた蟹など、いずれも絶妙な加減で仕上げられた一皿に特別のソースや香辛料で味付けがされていた。普段のネビウスは料理を簡単にささっと済ませるが、祝の席では優れた料理人として腕を振るうのである。


 ミーナは目をまん丸くして、口をきゅっと結んで、この不思議で贅沢な光景に圧倒されていた。


 カミットは今にも勝手に飛びつきそうな勢いでうずうずしていたが、彼はネビウスが口上を述べるのを待った。


 三人は藁敷の床に座り、料理を囲んだ。


 ネビウスが口を開いた。


「カミットは今月十一歳になったわ。そしてミーナ。あなたの誕生日がいつなのか、あなたは知らないと言ったわね。二人を分けてお祝いするのは面倒なので、あなたの誕生日も冬の終わりの月とするわ。二人共、よく今日まで生きてきたわ。おめでとう」


「わーい! 十一歳だ!」と言って、カミットは体を揺らして喜んだ。


 ミーナは戸惑っていたが、カミットの様子を見てから、ネビウスに対してにこりと笑った。


 ネビウスは言った。


「お食べなさい」


 カミットはものすごい速さでがつがつと食べた。彼にとって誕生日に振る舞われるネビウスの料理はこの世の最高のご馳走だった。


 ミーナは一口一口噛みしめるようにして、ゆっくりと食事をした。彼女はネビウスに言った。


「こんなに幸せになって良いの?」


「もちろんよ。あなたは私の娘なのだもの」


 ネビウスはミーナに暖かい眼差しを向けて言ったのであった。





 祝い事の翌日、ネビウスが向かったのは港街から徒歩で半日ほどで着く呪いの入り江であった。呪いの入り江は柵で包囲されており、この近くには駐屯基地が設営され、戦士が常駐していた。人が近づけるのはこの柵までである。


 ネビウスはタゴンと二人でやってきて、やぐらに登り、入り江の様子を観察した。


「随分やられたものね」


 彼女の視線の先には破られた第一と第二の柵の跡があり、その周囲を巨体の海獣が我が者顔で闊歩していた。現在の柵は第三防衛線であった。東の港街(シラトビ)では一見すると平和な日常が続いていたが、戦いの最前線は状況が違っていたのだ。獣たちの行き交う浜や草原には戦士たちの遺体と遺品が回収されないまま残されていた。


 タゴンは苦々しさを滲ませて言った。


「入り江が海獣の上陸路になっている。魔除けが機能していればこんなことにはならなかった」


「敵が海の動物だったのが救いね。聞いた感じだと、最初の勢いが続いていたら、とっくに全域を制圧されてそうなもんだけど、意外と魔人の方も困っているのかも」


 入り江の魔人によって引き込まれる海獣たちは人間と戦争をしにきたわけではなかった。彼らは海岸を縄張りにすればそれで満足するのである。狩りや餌探しの場が海である以上、不必要に内陸まで入り込んでくることは無いのだ。


 それでもやはり、東の港街(シラトビ)海の都(ドンド)にとって、目と鼻の先に危険な海獣の繁殖地が出来たのではたまったものではないし、近隣の港街は漁場や水運業を維持できくなるため存亡の危機となる。


 当事者と他所よそ者では危機意識が異なっていた。タゴンはネビウスの発言に対し不快感を隠さず言った。


「悪い冗談だな。戦士たちの犠牲があったからこそ今日があることを軽視するな」


「それもそうね。無駄死にではなかったと言ってやりたいものね」


 ネビウスはタゴンの不機嫌を気にすることなく、観察を続けた。彼女は神妙な面持ちをしていたが、急に思いついた顔で言った。


「ちょっと行ってくるわ」


「なんだと? おい、待て」


 ネビウスは制止を無視してやぐらから飛び降りて、入り江に走っていった。


 単独行動のときであれば、ネビウスは魔除けの呪術を効果的に使える。彼女はかつて終わりの島(エンドランド)の最も自由な旅人と呼ばれたものであった。常ならば人を襲う凶暴な海獣たちを尻目に、彼女は入り江の浜を平和に散歩した。


 潮風に晒され、血の錆ができた兜や鎧が転がっていた。ネビウスはこれらを一つ一つ拾っては布袋に詰め出した。


 遺品と遺体の回収を、ネビウスは一週間近くかけて念入りに行った。ネビウスは遺品回収の最中、砂浜に比較的新しい靴の跡があること、また遺体から防具が引き剥がされた形跡がいくつもあるのを発見していた。さらに戦場で見つかる武器はいずれも破損したものだけであった。


 タゴンはこの報告を受けて、愕然としていた。


「入り江の戦場跡に盗賊が?」


「そうみたい。私もうっかりしていたわ。この調査は最優先にすべきだった」


「呪われた武具が世に出回っているのか。……よく気づいたな」


「よくあることよ」


「森の民との戦争ではこんなことはなかった」


「太陽の神殿の奴らは全部焼いたからよ」


 その後の調査で、長大な包囲柵の数カ所に破損が見つかり、盗賊の侵入経路になったであろうことが明らかになった。タゴンは警備のさらなる強化を指示し、東の港街(シラトビ)に注意喚起及び盗品武具の売買禁止を公示した。

お読みいただきありがとうございます。

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