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ネビウスクロニクル  作者: 石井
海の都編
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東の港街(8)「師弟」

 ヨーグの漁師は自ら海に入って銛で獲物を突く。海には大きくて凶暴な魚や動物が多く、漁師業は命がけとなる。


 このとき活躍するのが海笛である。水中で特別な音を発し、仲間に危険を知らせたり、救護を求めたりするために使う。水言葉と違うのは、用法が限られる代わりに、より遠くの相手にまで届くという点である。


 カミットは笛作りを学ぶために、シルクレイシアと彼女の友人らと一緒に港の作業場を訪れた。


 古来より海笛を作るのは女の職人であった。シルクレイシアが頼むと、職人の女たちは快くカミットを迎え入れた。藁を敷いた上に円を作って座る中に、シルクレイシアと並ぶ形でカミットも座ったのである。


 見本として手渡された笛を見て、カミットは首を傾げた。秘境の里の古の民の中には楽器を趣味とする者もおり、カミットにとって笛とは木か金属で出来た洗練された美しい造形物であった。ところが海笛というのは、吹口のある細長い筒の周りに、ぐにゃぐにゃとした海綿質の物質が接着されたものであった。これはおよそ彼が想像していたものではなかった。


「試しに吹いてごらんなさい」


 シルクレイシアの指示どおり、カミットは筒に向かって息を吹き込んだ。垂れ下がっていた膜が広がって、びろびろと不格好に鳴った。


「んん?」


 カミットはさらに首を傾げた。


 シルクレイシアはおかしげに笑った。


「海の中だと鳴るのよ」


「このヌラヌラはなに?」


「化けタコの薄皮よ」


「タコってなに?」


「昨日ご飯に出てたでしょ」


「細かく切ったやつじゃ分からない」


「あとで小さい普通のを見せてあげるわ」


「約束だよ」


「はい、はい」


 このあとカミットは職人たちから笛つくりを教わった。そしていざ取り組んでみると、カミットはあまり手先が器用ではなく、木材から筒を削るときには指を切りそうになったし、彼が薄く伸ばした膜は筒に取り付けている最中で破けてしまった。「あんた、ガサツねェ」とシルクレイシアが呆れて言うのに対して、カミットは反論できなかった。


 昼の食事時になると女達は作業場に併設されている台所で料理を始めた。カミットも手伝いに加わり、このとき彼は生簀いけすの中の生きているタコを見た。


 驚いているカミットにシルクレイシアは和やかに笑って言った。


「海にはいろんな生き物がいるのよ」


「見てみたい!」


「早く春が来たら良いわね」


 シルクレイシアは生簀のタコを手づかみで取り出し、まな板の上に乗せて、なお暴れていたタコの頭部に迷いなく包丁で切り込みを入れ、内蔵わたを取り出した。


「筋のここらへんを切ると完全に動かなくなるわ」


 シルクレイシアはカミットに親切に教えながら、タコの足の付け根を軽く切って、動かなくなったタコを鍋に放り込んだ。





 シルクレイシアは行く先々にカミットを同行させた。


 カミットはシルクレイシアの気まぐれに合わせて彼女の友人たちと家事や工芸に取り組んだり、時にはシルクレイシアの海の守り子としての公務にも付いていった。


 神官はいずれもカミットに対して不快感を示していたが、シルクレイシアは彼らに向かって「私の弟子よ」と堂々と言って、カミットのことを紹介した。


 ある家の婚礼の儀式に向かう際、シルクレイシアは冬の寒さに晒されて草木の枯れた通りを見やって言った。


「カミット。あなた、花が出せるのだったかしら?」


「できるよ」


「私の指示どおりにやってごらんなさい」


 花嫁がやってきたとき、通りは満開の花で彩られていた。


 人々は季節外れの珍しい光景を喜んで眺めた。


 シルクレイシアは結婚式で祝意を述べた後、ついでに宣伝した。


「森の子を弟子にしてみたのよ。森の呪いもこうやって使ってみたらおもしろいでしょ?」


 このことが話題になって、冠婚葬祭などで花が入用の現場にカミットを呼ぶ声がかかるようになったのだが、これを知ったタゴンはシルクレイシアを呼び出して文句をつけた。


「お前は都に帰らず、何をやっているのか」


「ネビウスを働かせるにはカミットを街で自由にさせる必要があるわ。そのためにコツコツと根回しをやっているの。何がいけないの?」


「勝手なことをするな。神殿と揉めるつもりか」


「父様も早く覚悟を決めてくださいな。私、もう決めたのよ」


 シルクレイシアはタゴンの立場を理解できていた。タゴンは東の港街(シラトビ)の漁師を取りまとめる頭領であり、街の実質の支配者でもあるので、常に神殿との関係性を気にかけていた。精霊の関わる問題は神官たちの専門分野であり、漁師だけでは解決できないことが多い。漁師と神官が良好な関係を築くことは街の運営にとって重要なのだ。


 それでもなお、シルクレイシアはタゴンとは異なる立場から状況を判断しなくてはならなかった。彼女はタゴンの娘としてではなく、海の都(ドンド)が治める全域の霊的安全に責任を持つ守り子として、確たる意思を持ってタゴンに提言した。


「ネビウスを戦いに巻き込むためなら何でもやるわ。森の呪いを封じ込めたあの炎を使わなければ、代わりに千人の戦士が死ぬのよ? 神殿との関係が悪くなることなんて、安い代償だわ」


 シルクレイシアの迫力にタゴンは気圧されていた。


 タゴンは額に汗を垂らして言った。


「お前、いつの間に怪物になったか」


「私は海の化身(ヴェイテ)と泳いでいるのよ? 悪いけど、父様が怖かったのは五歳までだわ。……でも、私にもまだ恐れることがあるわ」


「何だ?」


 シルクレイシアは顔をらし、憂いて言った。


「故郷が滅び、家族が死に絶えることよ」

お読みいただきありがとうございます。

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