第259話 鮫鰭丘(14)
ヨーグ人は墓を作らない。彼らの遺体は小舟に乗り、海へと還るからだ。
ただし偉大な人物においては、名を刻んだ石碑が建てられる。
ケダ・シセラルの石碑は海に面した丘に建てられた。潮の匂いが風に香り、海の開けた景色が心地よい。そういう場所であった。
カミットがその石碑のある丘を訪れると、先客がいた。
秘書や護衛を連れずに、ただ一人でディナミス王が石碑の前に佇んでいた。
異国の地を支配するヨーグ人の王は、すでに40歳にはなっているだろう、壮年の男であった。その歳の割には、端正な顔立ちだからか、若く幼くすら見えた。実際にはその内面では老獪な占い師すら敵わぬ巨大な闇が見え隠れするのだが。
カミットは今更ディナミスに槍を向けるつもりはなかった。しかし確認せねばならないことがあった。
「ねえ! なんでケダ・シセラルを殺したの!」
ディナミスは目を瞑って黙ったままでおり、数秒してカミットの方を向き、ようやく口を開いた。
「私は殺していない」
「じゃあモノがやったんじゃないの!」
「私はそれを見ていない。お前もそれを見ていない」
カミットは持ってきた花束や食べ物を石碑に供えた。なおもディナミスの言い分を信用したわけではなかったが、こうして話す機会ができたのだから、聞いておかねばならない。
「ディナミスはネビウスのことを知っているの?」
「お前の方がよく知っているはずだ。私は彼に会ったことはないからな」
「ネビウスは女だよ」
「どちらでもいい」
「僕、終わりの島に帰りたいんだけど! 良い方法ないかな! 船とか、地図とか!」
「航海には資金が必要だ。お前を援助する者が現れるとすれば、お前がそれに見合った代価を提供したときだろう」
カミットは腕組みをし、ディナミスをきっと睨みつけて言った。
「僕、ディナミスのところで働いてあげてもいいけど?」
こういう感じで食って掛かると、たいていの大人の男は笑ったりして興味をもったものだが、ディナミスは違った。彼は腰に手をやり、小首を傾げ、いたって真面目な風に質問しだしたのだ。
「お前は何をできる?」
「魔人を倒した! 五人も! 火の猪のヤージェは僕の言う事聞くよ!」
「他には?」
「え……。んん、んー? 終わりの島の掟のこととか、土地のこととか、動物のこととか詳しいよ! 職人の組合で働いたこともあるし!」
カミットは一生懸命にアピールしたが、ディナミスは深々とため息をついた。
「法の心得は?」
「掟と一緒でしょ」
「その違いは?」
「言葉でごねごねしないでよ!」
「経済の心得は?」
「んん? 商売ってこと? ハルベニィと一緒にしたことあるよ」
最後の質問。
「戦争はどうだ? お前は兵たちに将たり得るか?」
これにカミットは自身満々に答えた。
「人間どうしで争うなんて馬鹿らしいよ! 海賊の都には呪いの化身もいないのにさ! こんな良い土地なのに、なんでこんなことしているのかな!」
「こんな小さな島国においてさえ、お前は平穏に暮らせたか? 人間の営みは常に揺れ動き、変化していくものだ。全ての確率を均す万能の器など存在しない」
これでディナミスの問答は終いとなった。
カミットはディナミスが石碑に供えた宝石花を見つめ、孤高の王の見えざる心の内をどうにか想像しようとした。
※
闘争の日々は終わり、平穏な日常が戻ってきた。
夏は終わりつつあり、海賊の都に来てからは随分と経っていた。
カミットはふと気になって、ハルベニィに聞いた。
「ハルベニィの誕生月っていつ?」
「ああん? んなもんねえよ。俺は生まれてから十六年目の歳だから、十六歳だ」
「ええ!? お祝いは!?」
「てめえ、俺の親父がそういうことすると思うか?」
「うーん。バルチッタじゃあなァ」
そこでカミットは漁の帰りにウグスプ家に忍び込み、王のために用意した高級な果実や海老などを都合してもらった。ハルベニィが帰ってくるまでにどうにかこうにか料理をしようと試みたが、どうも上手くいかずに、台所を散らかすばかりであった。というのも、彼は料理には調味料が必要であることを知らなかったのだ。
「なんかちがうなァ。ネビウスみたいにできないぞ……?」などとボヤきながら悪戦苦闘していると、ついにハルベニィが帰ってきてしまった。
ハルベニィの第一声は、
「コラ! てめえ、食べ物で遊んでじゃねえ!」であった。
こうなってしまっては仕方なく、カミットはとりあえずそのままで美味しい果実をでこぼこに切りわけたのを食卓に置いた。
「ハルベニィ、十六歳、おめでとお!」
ハルベニィはぽかんとして口を開け、
「えーっと、なんだって?」と言った。
「お祝いだよ! これ、美味しいよ!」
ハルベニィはじっと果実を見つめ、それをばくりと口に含んだ。
「ああ、うめえな。よくこんなの手に入ったな」
「ウグスプ家から取ってきた!」
ハルベニィはぶほっと吹き出しかけ、ごほごほとむせた。そしてカミットをじとりと睨んだ。カミットはまた怒られるかと思って身構えたのだが、
ハルベニィは、
「やるじゃねえか」と言って、残りの果実もばくばく食べた。
さらに軽口を叩いて。
「あんな顰め面の王様に食わせとくにゃもったいねえや」などと嘯いた。
それから台所に立ち、カミットがばらばらにしていた海老やら魚やらを眺めた。
そうして「仕方ねえな」と文句を言いつつ、料理を始める。
カミットは隣でわくわくしながら見ていたのだが、「見てねえで手伝え! おれはお前の母ちゃんじゃねえぞ!」と結局叱られてしまったのであった。
その晩は二人でごちそうを食べて、月と海を眺めながら、酒を飲んだ。
「お前、王様に雇ってもらえそうか?」
「昨日たまたま会って話せたんだけど、色々できること聞かれたんだけどさ……」
「そうか。仕方ねえな。まあ今年来年くらいはどうにか海賊の都で商売をやっていこう」
「うん」
この晩のハルベニィは海賊の都に来て以来、最も上機嫌だった。それで「俺とお前の得意なところを組み合わせていけば、きっと大丈夫さ」などと言うほどであった。それは酒のせいもあったかもしれないし、カミットが祝いの晩餐を手配したからかもしれなかった。
明くる日の朝は二人して深酒で泥酔して寝込んでいたのだが。
ウグスプ家のドランが早朝にカミットたちの借宿を訪れたのだ。
「お前たち、まだいたのか。何をしてる? 荷物はまとめたのか?」
カミットとハルベニィはドランが何を言っているのか理解できなかった。
「モノから連絡されていないのか? 俺とお前たちは王都に行く。王の決定だ」
ええ!? とカミットとハルベニィは合わせて声をあげた。
「くそ! モノのクソ野郎がわざと連絡しなかったんだ!」
「ハルベニィ、やったね! わーい、わーい!」
「阿呆! 喜んでる場合か。今すぐ荷物をまとめろ!」
カミットとハルベニィは大急ぎで準備し、港まで走った。今にも出港しそうな船に飛び乗るようにして乗り込んだ。
事の張本人であるモノは涼やかな顔で現れ、
「遅かったな。てっきり来ないのかと思った」とのたまった。
ハルベニィは疲れ果てて座り込んでおり、「おかげさまで王都に行けることになったぜ。ありがとな!」と言った。
一方、カミットは、甲板に上がっており、ドランと共に海賊の都を眺めていた。
船が出港すると、たちまち島が遠ざかっていく。
ドランが独り言のように呟く。
「この故郷に再び帰る日が来るだろうか」
「大丈夫だよ!」
カミットは、彼にとっては故郷でもなんでもない、海賊の都という異邦の地を見つめながら、この短くも波乱に満ちた半年間を思い返し、不思議な寂しさを覚えていた。
「僕は終わりの島に帰るし、ドランは海賊の都に帰る。ふるさとだもの! いつかは帰るんだよ」
百人以上もの漕ぎ手たちが歌いながら櫂を漕ぐ。船は荒立つ波を掻き分け、海を行く。
その先にはまた新たな冒険が待つ。カミットはまだ見ぬ地で何を見て、何を知るのか、期待に心を弾ませた。
「鮫鰭丘」おしまい
海賊の都編 おしまい
2026年2月頃予定
次話より、王の都編 はじまり




