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ネビウスクロニクル  作者: 石井
海賊の都編
253/259

第253話 鮫鰭丘(8)

「痛ァい!」

 人食いたこの巨木のように太い腕で薙ぎ払われ、カミットは吹っ飛んでゴロゴロと転がった。ヤージェなのか、あるいは太陽の化身(スタァテラ)の加護なのか、どちらかは分からなかったが、火の霊力がカミットに力を与えた。そのおかげで彼は「痛い」とさわぐくらいの負傷で済んでいた。

 すぐにも立ち上がり、ヤージェが倒れているところに駆け寄る。

「ヤージェ、大丈夫!?」

 ぶひ、と鳴いて、ヤージェは立ち上がった。

「雷の槍も効かないし、どうしよう」

 呪い喰らいの花の種は昨晩使い果たしてしまっていたので今は使えない。ただしそれも無駄ではなかったのは、祭壇の街に咲いた花は恐ろしきケダ・シセラルの呪いを祭壇地域に封じ込めていたかもしれなかった。

 カミットが策を考えている間にも、そこへたこがにゅるにゅると近づいてきていた。カミットはヤージェに飛び乗り、襲撃をかわして逃げた。そうして走っていると、街のあちこちで多発している火の手の方から、不思議な輝きを放つ火の粉が吹き上がり、それがちょうの姿を象り、ひらひらと飛んでカミットとヤージェに集まってきた。

 カミットは精霊たちに歓喜した。

火の精霊(エグニ)! 助けてくれるの!?」

 精霊は言葉を発しないが、実際にヤージェに変化が現れた。火の精霊(エグニ)の集合と密着により、ヤージェは走りながらその姿をどんどんたくましくさせた。終わりの島(エンドランド)の巨獣の名に恥じない体躯となり、やがて自信まで漲らせると、彼は逃げることをやめた。

 カミットはもはや巨獣の背にちょこんと座るだけで、伸縮自在の不思議な手綱を握っていること以外では、ヤージェのことを何一つ支配していなかった。それでも心は一つに思えた。

「いけェ! ヤージェ!」

 カミットは呪いの化身たる化け蛸を指さして叫んだ。

 ヤージェはそのひづめで地面をえぐりながら、ずしんずしんと足音を響かせながら走り、その牙から猛火を放ち、最大の突進でたこに激突した。



 一日に二度も吹っ飛んだことはなかったように思われた。ヤージェと化け蛸の激突はあまりに激しく、ヤージェの上に乗っていたカミットは激突の衝撃で手綱から手を離してしまって、ぽーんと飛んでいってしまったのだ。今までなら森の呪いが緩衝材代わりの草花を出してくれていたが、今回は地面に激突して、カミットはぐぐうとうめくばかりであった。

 ここが太陽の都(ソルガウディウム)の石材の路面であったら、この程度ではすまなかっただろう。未開発の海賊の都(ネオポセイディア)の土の地面はこのときのカミットに幸運を与えた。

 ひどい目にはあったが、ともかくもヤージェの突進がケダ・シセラルの呪いを粉砕してくれていさえすれば良いのだ。

 ところが、なんとその戦いはさらに激しくなって続いていた。

 火の猪が牙を振り回して暴れ、それに蛸の怪物がまとわりついて封じ込めようとしている。体格ならばヤージェが勝っていたが、化け蛸の方はぬるぬると掴みどころのない様子で立ち回るので、ヤージェが噛みついたり踏みつけようとしても上手くいかないでいる。それどころか化け蛸はヤージェの背に絡みついて、その長い手足をヤージェの首にかけようとまでしている。

「うーん……、まずいな」

 カミットは痛む体に鞭打って立ち上がり、投げ捨ててしまった雷の短槍を探し始めた。

 するとそこへ人影が近づいた。

 ヨーグ人呪術師のエイモンである。

「火の猪はお前の守護者か?」

 今、カミットは武器を持っておらず、森の呪いも頼りにならないという状況であった。彼はエイモンとの会話に応じることにした。

「ヤージェは僕の家族だよ」

「火は人間が管理しなくてはならない。炎の賢者はそれができたのだろうが、お前はどうかな」

「そんなこと言ったって、ヤージェは動物だし、何もかも言う事聞かせられないよ」

 落ち着いて話す二人の向こうでは、火の猪と化け蛸が激しく戦い、その余波により家々を簡単に破壊していく。

 これを見て、エイモンは、

「たしかに所詮は獣だ」

 エイモンは大いなる者たちの一方である、化け蛸の方に占い師の杖を向けた。

「今だ、毒霧を吐け」

 化け蛸はヤージェが突進するのに合わせ、エイモンの言葉に応じるかのように毒の煙を吐いた。それによりヤージェが怯むと、素早く回り込んで、ヤージェにまとわりつく。

 カミットは驚嘆した。

「なんで!? どういうこと!」

 このときまでカミットは化けたこの正体がケダ・シセラルの呪いだと思っており、それは制御不能の人食いの怪物であると認識していた。

 ところが占い師のエイモンはたこを杖と言葉で意のままに操るのである。エイモンは苦々しく吐き捨てた。

「お前が街に火を放ったりしなければ、こんなことにはならなかったのだ。私とドランは事を収める用意があった」

「僕じゃないよ! 火事はモノのせい!」

「古来人の狙いはファラオによる海賊の都(ネオポセイディア)の属領化だろう。そのために彼女はお前を使っているのだ。そしてお前は彼女に使われている」

「違うってば」

「馬鹿者め。事実はそうなのだ。周りを見てみろ」

 蛸の怪物が降らせた雨によって、一時は勢いの収まっていた火事が、今また激しさを取り戻そうとしていた。街を襲う火の手には奇妙な勢いの押し引きがあり、それは生命の脈動を思わせた。

火の蝶(プシュケー)が見たこともないほど集まってきている。なぜか。大いなる火の猪が呼び寄せるのだ。街に撒かれた火の猪の牙か、爪か、それらの粉塵が火を起こしたのだ。それをやったのはお前だ」

「……ええっ!? 違うよ!」

 たこがヤージェを抑え込むと、街の火事は少し弱まり、ヤージェが怒ってたこを押し返すと、街の火事は再び燃え上がる。

 エイモンの見立てはどうやら正しいらしい。カミットは言葉では否定していたが、もしかしたら呪い喰らいの花の種にそういう発火性の粉を練り込まれていたのかもしれないと思い始めた。実際、カミットは普段持ち物を扉も鍵もない家に放り投げていたので、モノがこっそりとそういう細工をすることは容易であった。

「そしたらさ! ヤージェに戦うのをやめさせれば良いのかな?」

 このカミットの提案はエイモンを笑わせた。

「ははっ。火の猪は一度走り出したら止まらないのだ。お前がそれをけしかけた時点で、もはや人間である私の努めは決まっていた。

 すなわち、殺すしかないのだ」

 彼は占い師の杖を振り、そして空中に手を伸ばし、何も無い場所をまるで本当に触っているかのように握るような仕草をした。

 そのとき化けたこがついにヤージェに覆いかぶさり、長い手足を次々にヤージェの首に回して締め上げようとする。ヤージェはぴぎいと苦しそうな叫び声をあげて抵抗した。

「やめてよ!」

 カミットはエイモンに体当たりしてやめさせようとした。

 そこへドランが現れ、カミットの前に立ちふさがった。ドランはカミットの突撃を受け止め、簡単にいなして投げ飛ばした。

「ドラン! ヤージェが殺される!」

「カミット。こうなってはどうしようもない。ヤージェのことは諦めろ。街の保全と人々の安全の方が重要だ」

 カミットは怒って、ドランにも突撃したが、両者の体格差は歴然であった。カミットはドランに組み敷かれ、身動きが取れなくなってしまった。

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