第250話 鮫鰭丘(5)
ネビウス・カミットが育て親の庇護を離れ、自ら行動し出したのは十四歳のときであり、具体的なイベントとしては五家族抗争事件から始まる。海賊の都に流れ着いてから、当初こそ多少のつまずきがあったが、海王とも称されたディナミスの半ば公認を得たことで、彼の意思による行動は自由になった。
海賊五家族も島の漁民も一括りに海賊と呼ばれていたが、カミットは一応これらの両者を区別した。貢納する人無くば、神殿も職人組合も成立しないことは重々承知していた。
前提として、彼は海賊たちの一員になるつもりはなかった。彼は海賊を下位の存在とみなしており、彼らを従えることすら無意味と考えた。
ウグスプ家はドランに世話になっているので良い海賊と見なすとして、それ以外の海賊一家はその内実を知る気にもならなかった。ウグスプ家がまともなのであれば、全部ウグスプ家が取り仕切れば良いのだ、と考えた。
海賊の都の抗争騒ぎで島を逃げ回る羽目になったことを、彼は忘れていなかった。逃げた先々で汚らしい海賊たちがわらわら湧いてきて、惨めに敗走させられたことを、彼はずっと恨みに思っていた。
そこへハルベニィの倉庫の火災である。誰が火の呪術を使ったかなどわかるはずもなかったが、よく知られた事実としてリノロ家は占い師を多く排出しており、占卜郷にも影響力があるらしい。彼らの中に火の呪術を使えるものくらいいてもおかしくはない。
「あっ、そういうことか」とカミットはひらめいた。ケダ・シセラルが殺され、リノロ家はさらに占卜郷での勢力を伸ばしたに違いない。彼らは神秘的な世界から海賊の都を支配しようというのだ。リノロ一家が企みごとの多い連中であることは周知のことであり、彼らがハルベニィの倉庫を燃やし、ウグスプ家にも損害を与えたのだとカミットは思った。
雷の短槍を手にする。
水晶鋼の刃は今は静寂を保っているが、そのうちには電撃の力が秘められている。
この槍が鋼鉄の怪物をも倒したのだ。
この槍が終わりの島の魔人たちを貫いたのだ。
終わりの島の英雄は友の窮地を放っておかないし、悪党を野放しにもしない。
そうして訪ねたのはリノロ家が取り仕切る祭壇広場である。島で一番の祭壇は政治の中枢である鮫鰭丘にも近い。地域の支配はウグスプ家だが、占い師たちの街はリノロ家の管轄である。
そこへ黄色の花髪で緑の肌をしたカミットが現れると、ただちに緊張感が高まり、老占い師などもそわそわしだした。
カミットはリノロ家の長子であるエイモンに会いに来たのである。
エイモンは背は高くなく、屈強な漁師ばかりのヨーグ人の中では小柄な男だった。だが鱗縫いの長衣を着て、人々の相談事に明瞭な導きを与えるので、家族や勢力を問わず広く尊敬されている。
それもカミットにとっては知ったことではなかったが。
ずいぶんと昔のことのようだが、かつて荒れ地の都に滞在した際、大地の守り子が人々から相談を受けているところに割って入ったときのように。
開口一番、詰問する。
「ねえ! ハルベニィの倉庫が火の呪いで焼かれた! リノロ家がやったんじゃないのかな!?」
人々がざわめきだって、カミットとエイモンを囲むようにして距離を取った。エイモンはゆらりと不穏な視線をカミットに向ける。
「火事は不幸だったな。しかし我々はウグスプ家、ましてや王と事を構えるような愚かなことはしない」
「僕はリノロ家に騙されてひどい目にあった!」
「お前の選択と運命の導きだ。我々の咎ではない」
カミットが色々言うが、エイモンは動じなかった。
一応は昼下がりの街中で、しかも神聖な場所であり、ただちに戦闘ということにはならなかった。特にエイモンの方には事を起こす気が無かったのだ。
そして次がカミットの最後の質問になった。
「リノロ家に火の呪いを使える人はいないの?」
エイモンは多少の間を置いて、
「いない」と答えた。
カミットはこの答えを信じた。
「そっか」と言って、立ち去ろうとしたとき。
ぶひぶひと子猪の鳴き声が聞こえだした。
火の魔獣であるヤージェがリノロ系の占い師たちに近づいていってはしきりに臭いを嗅ぎ、なにやら普通でない様子である。
カミットは「ヤージェ、帰るよ」と声をかけたが、ヤージェがしつこく粘るので、腕組みをして眺め、そうしているとその相棒の行動の理由を察した。
「あれェ、もしかして火の臭いがするのかな!」
謎掛けの答えが分かったとでもいうように、カミットはすとんと嵌まる解釈を得て、笑顔で大きな声を出した。
このとき広場にいた別の占い師が火の妖術で火炎を起こして、カミットに浴びせた。カミットは驚いたが、ヤージェが近くにいた加護のおかげか、なんともなかった。これをきっかけとして、ぼん、ぼんと火球が四方八方から飛んできて、カミットは身動きが取れなくなった。
はあと大きなため息をついたのはエイモンであった。
「殺しの妖術も効かぬか。王の刺客はとぼけた子どもと思ったが、なかなか周到だな……」
彼は立ち上がり、その手には宝石貝の杖が握られていた。
杖の先の宝玉がきらきらと光った。
すると占い師の足元から水が湧き上がり、それが濁流となって周囲を巻き込んでめちゃくちゃに押し流した。
カミットは反撃する隙もなく、こういうときに頼みにしている森の呪いも反応なく、そのまま祭壇がある高台から水の流れによって排除されてしまったのであった。
※
カミットはエイモンの第一の攻撃から生還すると、事の次第をウグスプ家のドランの部屋へと突撃して報告した。ドランは困り果てていた。
「エイモンめ、早まったな……」
「ヤージェがリノロ家の占い師たちに火の臭いを見つけたんだよ! あいつらがハルベニィの倉庫を燃やした!!」
「状況的にはそういうことになるな」
ドランの部屋にはもう一人の来訪者があり、それが古来人のモノであった。彼女は干した海藻のおやつをねちゃねちゃと噛みかみして、それはもう楽しそうにしていた。
「どうしたんだい、長男。証拠は揃ったじゃないか」
「リノロ家の占い師たちは約束を反故にして、火の妖術を習得した。彼らは王に背き、外勢力と繋がっているのだ。そんなことは言われなくても分かっている」
「王の感謝を得られる絶好の機会だぞ。海賊どもが殺しの妖術を会得するなど、許されざることだと王は考えている」
「これが大占い師が暗殺された理由か?」
「さァねえ……」
ドランはううんと唸り、
「いずれにせよ、頭目会議にかける案件だ。父に報告する」
と結論づけた。
これに納得しなかったのはカミットである。彼はすぐにもリノロ家を攻撃すべきだと考えた。準備の時間を与えるべきではないのだ。
それに、
既に攻撃は向こうから仕掛けられているのだ。
しかも二回もである。
話し合いが長引いて、カミットとハルベニィの被害がうやむやに処理されるのは見過ごせないのだ。
しかしドランが直接は動かないだろうことは、これまでの経緯から明らかだった。
カミットはウグスプ邸を後にすると、もう暗くなりつつある街で、ヤージェを連れて、リノロ家の方へと向かっていった。




