第247話 鮫鰭丘(2)
ハルベニィの遺産商売はいよいよ商品を卸すところまで差し掛かっていたのだが、カミットが全ての土台をひっくり返してしまったので、外国商人を相手に大々的に買付を行う予定が急遽取りやめとなった。港の倉庫には行き場をなくした商品が留め置かれ、その維持費だけでもそれなりの費用が日々積み重なった。ハルベニィの商売は既に暗礁に乗り上げていた。
ネビウス家の家庭内不和は過去最高潮に達しており、仮初の夫婦関係だというのにそれすら空中分解しつつあった。カミットとハルベニィが互いに一言も口をきかないでおり、たかだか獣である子猪のヤージェだけが群れの中での争いを嘆くように悲しげにぶひぃ……と鳴きながら、二人の間を行ったり来たりするのであった。
この危機に意外にも手助けを申し出たのが古来人のモノであった。いつものことだが人を見下した態度ではあったが、彼女はカミットに提案したのだ。
「ケダ・シセラルを暗殺した賊を始末するにはお前の獣ぶりが役に立つかもしれない」
「殺したやつが見つかったの!?」
このときまでカミットは不貞腐れて昼間から家の居間で何もしないで寝転がっていたのだが、刺激的な話題で飛び起きた。彼はすぐさま槍を持ってきて戦いの準備をした。
「そいつを殺しに行こう!」
「その前にいくつかの障害を取り除く必要がある」
「んん? 仲間を先に倒すってこと?」
「簡単に言えばそうだ」
カミットは急に面倒な気がしだして、冷静に考えを述べた。
「悪いことしたやつらが見つかってるなら、逮捕すればいいじゃん。ちゃんと調べて、処刑すればいいよ。ドランと協力してさ。そいつらはどこの誰なの?」
「そう簡単にはいかないんだよ。はっきりとした正体は明らかになっていない。だが敵は同じ海賊五家族の中に隠れ潜んでいる」
「ええ!? そうだったの!」
「ウグスプ家が派手に動けばたちまち抗争に発展する。それでは二ヶ月前に逆戻りというわけだ」
「そっか、そうだね」
カミットが何を言うでもなくぽりぽりと頭をかくと、モノが彼の肩に手をおいて、耳元で囁いた。
「海賊どもは利益の分配で常に揉めている。一つの家が潰れれば、成り代わった一家がそれを占有する。散々繰り返されてきた愚かな慣習だ」
「なんだか嫌だね」
「争いの連鎖を止める時が来たんだよ。この不毛な街を裏から操っている連中を見つけ出して始末するんだ」
「それを僕がやるの?」
モノはカミットから離れて、呆れ顔でふっと笑った。
「ここにはお前と私しかいないだろ? 私は誰に話しかけている?」
「僕、人探しとか苦手なんだよね」
「私が情報を集める。お前は私の指示に従えばいい」
「そっか!」
「抗争の激化は避けるべきだから、標的を一人ずつ密かに暗殺するんだ。まず一人目は……」
「えっ、そういうやり方は嫌だな」
「なんだって?」
「だって僕は終わりの島の魔人殺しの英雄だし。正々堂々戦うのが英雄だからね」
カミットはさらに続けた。
「ケダ・シセラルを殺したやつだったら、僕がやっつけるよ。それ以外の人は、よく考えたら、殺すほどじゃないかもって思ってきた! 命令している人と命令されているだけの人はなんだか違う気がするし。きっと天秤は違う罪の量を量ると思う。一番悪いやつが誰か分かったら教えてよ!」
結局、カミットはモノの提案に乗らなかった。モノはあれこれ言ったが、カミットはすっかり面倒になっており、その後はうんうんといい加減な相槌をうつばかりであった。しまいには茣蓙で横になって、モノに背を向けて寝始めた。モノはカミットを睨みつけ、ちっと舌打ちして去ったのであった。
※
敵を探し回って暗殺するなど、とてもではないが興味を持てなかったが、カミットはなんとなくモノが言ったことを気にしていた。海賊で信頼できるのはドランくらいだったので、カミットは昼下がりにぶらりと出かけ、この兄貴分の男に話をしにいった。ドランは港で漁獲物の管理をして忙しそうにしていたが、その横でカミットは干し魚をかじりながらつらつらと話した。
「だからモノは海賊五家族の中に悪いやつらがいるから、そいつらを探して殺そうって言うんだ」
「あいつめ。また勝手なことを……」
「ドランはどう思う?」
ドランは漁師たちへの指示出しを一旦止めて、カミットの方を見た。
「海賊の都の現状は悪くない。少なくとも最悪の時よりは遥かに良い」
「でもさあ、僕は早く終わりの島に帰りたいんだよね」
「中ツ海へはお前が勝手に来たんだぞ。お前はお前個人として頑張るべきで、海賊の稼ぎを横取りしようというのは感心しないな」
「モノは僕に海賊五家族の重要人物を殺させて、その利益を使えって言っている感じなんだよ」
「話の流れではそうなるな」
「王様がモノにそうしろって言ってるのかな?」
「こちらとしてはその可能性を前提としなければな」
海賊の獲った獲られたは日常茶飯事であるが、その外側にも獲物を狙う存在がいるというのが海賊の都の悩みの種であった。海賊にて最大勢力であるウグスプの長男に求められるのは、頭目の後継者としてその優勢を維持する能力を示すことであった。ぼんやりと日々を過ごしていたのでは、いつ寝首をかかれるとも分からないのだ。
ドランははてと思い至った様子でカミットを見た。
「お前はモノの勧誘をなぜ断った?」
「なんか嫌だったから!」
カミットはドランの言い方に引っかかりを覚えた。
「勧誘?」
「あいつは王の代理人だ。その言う通りにしておけば、王の覚えはめでたいぞ」
「うーん。でも僕、ディナミスはあんまり好きじゃないし」
カミットが平然と言い放つと、ドランは表情を強張らせた。
「王は恐ろしい人だ。気軽に名を呼んではならない」
この注意が表面的なものであることをカミットは察していた。
「ドランだってディナミスなんか好きじゃないでしょ?」
「とんでもないことを言うな。王は海賊の都の第一の守護者なのだ。たしかに全く油断のならない人ではあるが……」
ドランが困りだしてしまったので、カミットは話題を変えることにした。
「そんなことよりさ、ケダ・シセラルは誰に殺されたんだろう?」




