第246話 鮫鰭丘(1)
海賊の都編「鮫鰭丘」はじまり
ぼんやりとしていたカミットの考えが急に形を得つつあった。中ツ海とかいう知らない土地でその日暮らしを続けていると、ふとしたときに穏やかでない虚無に苛まれた。一刻も早く終わりの島に帰還し、魔人殺しの英雄として正しく称賛され、その功績に相応しい社会的立場を得ることが彼の大人の男としての第一歩になるべきだったのだ。
そうだというのに忌まわしい現実は、縁もゆかりもない土地で、野蛮な海賊といっしょに漁やら遺産荒らしやらに精を出す日々。
なんと不毛!
なんと地味!
こんなはずではなかったのだ。
終わりの島はよかった。家族と旅をし、生活は愛で満ちていた。高貴な人々との出会いの中に学びがあった。世を不安にする魔人を殺し、人々から感謝と尊敬を得た。
こちらの海賊の都はひどい街である。もしかしたら牢獄の都よりも下かもしれなかった。まず、きちんとした掟がないことが問題である。海賊五家族が独断と気まぐれにより全てのことを決定しているが、その海賊どもは所詮海賊であって、街を統べる正当性がただ数と暴力、それだけである。おそらくこの悲劇は、海賊の都が大化身を持たないことに原因があった。
終わりの島の大都市では、市民生活は神殿と精霊信仰を基本的な土台としており、それらを具現化する実在の存在として大化身が君臨していた。信じるものがあればこそ、正しい掟が成り立っていたのだ。
そういうことだから、こちらの中ツ海では人間ごときが大化身の如く偉ぶってしまっており、王とかいう、ただの役職者が絶対的な価値ある存在であるフリをして、その言いなりの子分に過ぎない海賊たちが我が物顔で街を支配する。
まったくおかしな話である。
本当に価値ある存在とはカミットその人であり、彼の母親であるネビウスにほかならないというのに。
度し難い現実は。
中ツ海の連中はそのことをちっとも理解しないし、その重大な真実をまるで知らないのだから、これは嘆かわしい事態である。
気づけば間違った状況が数ヶ月も続いてしまっており、そろそろ真実を知らしめねばならないように思われたのは、カミットにしてみればあまりにも自然なことであった。
※
海賊の都の海賊五家族などとたいそうな呼ばれ方をして、彼らは立派な歴史を持っていそうなふりをしているが、その歴史こそがヨーグ人の最大の弱点であった。何と言っても、最も長く存続している一家ですら半世紀に満たないのだ。今最も勢いのあるウグスプ家は現当主であるウグスプ・デピナによって始まった家であった。
海賊五家族は互いに敵対しつつ、海賊の都を拠点として、中ツ海の海賊としては同胞意識を持っていた。
そのため彼らはときどきは一家の頭目たちによる話し合いの席を設けていた。利益の分配や縄張りをめぐるトラブルの調整をするためである。
その重大な会議に招かれざる者が現れた。
「やあ! 僕はネビウス・カミット! よろしくね!」
カミットはお偉い面々に元気よく挨拶をして、その会議に参加しようとした。
もちろん誰もカミットのことを歓迎しなかった。ウグスプ・デピナはカミットの会議への乱入を不快に思い、息子のドランに命じて、カミットをつまみ出させようとした。
このときカミットは獣のようにがおうと吠えてドランを近づかせず、それどころか勝手に海賊五家族の頭目達が座っているところに割り込んで入って、そして宣言したのだ。
「ネビウス家もみんなの仲間に入れてよ!」
この発言の意図は、現行の五家族体制を六家族体制にせよ、ということであった。その名目により、利権の分配をウグスプ家を介するのではなく、カミットに直接渡せというのである。
カミットはウグスプ家の雇われ人として過ごしているのでは、いつまで経っても終わりの島へ帰還できないと察していた。海賊の都に終わりの島の情報がないのであれば、それがある場所、より知識が集約されている文明都市へ行かねばならない。それはおそらく王が支配する王都であるらしかった。そのためには先ずウグスプ家を脱し、王に自分で交渉できる立場になろうと考えたのだ。
そうではあるが、カミットの要求はあまりにも既存の枠組みを無視し過ぎていた。海賊の頭目たちは激しく怒ったし、カミットを世話してきたウグスプ家は面子を潰された。
ただし今回もまた、ドランだけはカミットを擁護した。彼は父の許可を得て、他の一家の頭目たちに向かって発言したのだ。
「ネビウス・カミットは王の命令によって古代遺産の発掘に関わっている。彼が遺産による利益を要求するのであれば、その是非は王に仰いでみるのが無難だろう」
こうして事の次第が王の代理人であるモノに伝えられた。
間はたったの二日、返事は早かった。
モノは海賊たちに対し、書簡を広げて読み上げた。その文意は次のようであった。
「遺産の利益の分配は海賊五家族とネビウス家でよく話し合って決めること。」
事態はより厄介になった。王はカミットの扱いを決めはしなかったが、その文面ではネビウス家(とは名ばかりのカミットという一個人)を有力な一家として認めるかのような雰囲気を漂わせたからである。
※
「バカヤローッ! てめえ、何を勝手なことをしてんだ!」
「ええ!? だって、僕達は早く終わりの島に帰らないといけないんだよ! いつまでもここにいられないよ!」
ネビウス家の屋根の下では紛争が勃発していた。カミットが何の相談もなく五家族の頭目たちに要求を叩きつけたことは、名目上の妻であるハルベニィには寝耳に水のことであった。彼はこれらからの商売のために日頃からこつこつと人間関係を構築してきたというのに、カミットの独断専行で全てが水の泡である。
「遺産の商売だってなァ、人が集まらなきゃ何にもできねえんだよ。海賊どもが人手を引き上げちまったらどうするつもりだ!?」
「それはディナミスの命令だって言えば、言う事聞くでしょ」
カミットはあくまでも彼自身の考えを正しいと思っていたし、ハルベニィが何を言っててきても聞く耳を持たなかった。ハルベニィがどうにかカミットを納得させようとしたときのやりとりが次のよう。
「いいかよ。お前は海賊どもが無理やり言う事聞かせようとしてきたら、素直に従うのか?」
「そんなわけないよ。僕は間違っていることは間違っているって言うし、きちんと考えて、ちゃんと正しいことをする」
「たとえば、海賊どもが百人のお前だとする」
「んん?」
「そいつらが王様の命令だからって言って、言う事聞くか?」
カミットはふふと笑って言った。
「ハルベニィ。海賊は僕じゃないし、僕は海賊じゃないよ」
そして彼の銅の腕輪を見せ、終わりの島の大化身たちの彫刻を輝かせ、「僕は終わりの島の魔人殺しの英雄だからね!」と言った。ハルベニィは脱力して、それ以上の説教を諦めた。




