第245話 遺産諸島(6)
また昔の夢を見た。
古来人といえば、白髪と褐色の肌が特徴であるが、炎が燃えるような赤髪はネビウスだけの変わった見た目だった。ネビウスは何やら稀有な気配をしていた。ただでさえ長生きする古来人たちの中でも、格別の長寿者であるらしく、彼女はしばしば仲間内で特別扱いを受けていた。
その影響力というか人格力というべきか、あるいは長年の貢献があったからか、ネビウスは仲間たちからの協力を無償で受けられる立場にあった。彼女は幼いカミットを育てていたとき、実際には養育らしい養育はほとんどしなかった。秘境の里の友人たちから大いに援助を得て、カミットの世話の負担を彼らに分割して担ってもらっていたのだ。
そのかわりにネビウスはコミュニティの要請を承諾していた。それで用事ができると、幼いカミットにこう言った。
「さあて、この夏も別荘に遊びに行きましょうねェ」
ネビウスが悠久の丘で指笛を鳴らすと、空を飛ぶ船が翼獣に引かれてやってきた。ネビウスとカミットはそれに乗って、浮島の別荘に行く。
終わりの島の上空に無数に浮かぶ島には古来人たちの別荘施設があって、ある季節になるとあちこちの古来人が集まってくる。彼らがすることと言えば、球技や水泳をして遊ぶとか、ゆったりとお茶をするとか、まさしく余暇の遊興といった感じであった。
その一方では、要請を受けた者たちによる会議も開かれていた。円形議場には百人もの古来人が集まり、ああでもないこうでもないと話し込んでいた。
それはちょうどカミットが七歳のときの年であり、これくらいの歳になると彼は一人で出歩くことを許されるようになっていた。そこで彼は早速言いつけを破って、会議に忍び込んだのであった。ネビウスを驚かせようと思って、息を潜めていたのだ。ところが見知らぬ古来人に背後から近づかれ、すっと肩に手を置かれた。カミットがただ一度だけ見たことのある、その古来人は底しれない迫力があった。余暇を楽しみに来た古来人たちのゆったりとした服装ではなく、異国の旅人のような出で立ちをしていた。そのときのカミットは珍しい変な格好だとしか思わなかったが、後にはどうやら砂漠の民の装いに似ていたと思い返す。
その古来人の女は冷淡に言った。
「親のところで大人しくしていなさい」
会議は一時中断し、全ての視線がカミットに集まっていた。ネビウスは立ち上がり「うちの子よ。ごめんなさいね」と言って、人々に詫びていた。カミットは恥ずかしくなって、ネビウスのところへ走っていった。その後はネビウスの膝に座って、ネビウスにちょっかいを出して遊んだ。
カミットは退屈になると、さっきカミットを注意してきた古来人が気になりだした。議場の人々を見回した。議場の向かいの席のあたりにその古来人を服装で判断して見つけ出し、彼女を指差し、ネビウスに聞いた。
「あのひと、なんて名前?」
「さあねェ。知らないわ」
「そっか」
カミットがもう一度あちらを見ると、なんと小さな女の子が座席に座っていた。
「あれ!? 小さくなった!」
わあわあ言っていると、あちらの座席に例の古来人の女が戻ってきて、座っていた女の子と話している。
「あっちも親子なのね」
「子供!」
その女の子はカミットが初めて出会った、自分以外の子供だった。
白髪をしていて、褐色の肌をしている。きっとその女の子は世にも珍しい子供の古来人だった。
カミットは仲良くなりたいと思って笑顔で手を振った。
ところが、その女の子は親に似た冷淡な眼差しでカミットを睨みつけて、カミットを見たくもないとでも言った風に目を逸らしたのであった。
※
高慢ちきで、偉そうで、自分は特別な存在であり、自分の特別な一族以外は全て下等な種とでも言いたげな、その様子。
間違いなかった。
遠い中ツ海の離島で酔いつぶれていたカミットの古い記憶の中の少女と、現在の鼻持ちならない傲慢な古来人の女とが結びつく。
しかしべつにモノという古来人に対して、「僕達は実は昔会ったことがあるよ」などと告げて、それでどうなるだろうとも思われた。きっとモノは「それがどうした?」とでも言って、また意味もなく見下す態度を取るだけだろう。
いつまでも浜で寝ているわけにもいかないので、いくらか体調が回復してきたら、船がある埠頭の方へ戻った。
収集した遺産が船へと運び込まれているところだった。カミットがふらふら歩いていくと、ハルベニィに見つかり、「お前、どこほっつき歩いてた! 働け!」とどやされた。カミットはモノを探しており、また単純労働に参加するつもりは最初からなかった。カミットはぽりぽりと頭をかき、「うん、うん」などといい加減に対応して、ハルベニィの目から逃れたすきに、そのまままたふらふらとその場を離れた。
海に突き出た岩場にモノが立っており、彼女は中ツ海の海を眺めていた。
カミットは岩をよじのぼり、「やあ!」と声をかけた。
モノはちらりとカミットを見て、ふんと鼻で笑った。
カミットはモノの隣に立ち、彼女の視線の先になにかがあるのかと探った。しかしそこはただ広く、ただ青いだけの海としか思われなかった。
「みんなを見張らなくていいの? 遺産をどんどん持っていってるよ」
「勘違いするな。私は遺産の守護者ではない」
「じゃあ何しにきたの?」
これを聞いても、モノは答えなかった。
そこでカミットは気になっていた別のことを聞いた。
「古来人はときどきみんなで集まって話し合いをするけど、何を話しているのかな?」
このときモノの表情がぴくりと引きつった。
「なぜそんなことに興味を持つ?」
「ネビウスはよく会議に呼ばれていたからさ。モノはネビウスと会ったことはないんだっけ?」
カミットはこの質問をあえて仕掛けた。モノがどのように答えるか、そのときの表情や雰囲気をしっかりと観察する。
モノは少し苛立った感じに答えた。
「会議には百人以上もの同胞が参加する。その中にネビウスがいたとて、気付かないことはあるだろう」
「……そっか! たしかにそうだね」
モノはお気に入りの海を眺める岩場を離れ、埠頭へと戻っていった。
カミットはその後ろ姿を見つめた。
あんなにも目立つ赤髪、一言発すれば議場の全員が彼女の言葉に静かに耳を傾けていた、それを見間違えたり、忘れたりするものか。
カミットはモノに対する得体の知れない疑念をさらに深めたのであった。
「遺産諸島」おわり
・お知らせ
次回の更新は11月24日以降となります。
・11/24まで休むと言っておりましたが、来年1月中旬まで都合につき更新を休みます。




