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ネビウスクロニクル  作者: 石井
海賊の都編
242/259

第242話 遺産諸島(3)

 遺産諸島は長い時を経て草木などの自然物に覆われており、一見すると古代文明の面影はない。古代文明は古の民あるいは古来人と呼ばれる人々が築いたとされ、その高度な技術力にもかかわらず、繁栄の規模は限定的であり、しかも現在では完全に滅び去ってしまった。記録はなく、語り継ぐ者もなく、有形の遺跡を除けば、文化的な継承は本当に消え去ってしまったのだ。

 現在では遺産諸島の実態はすっかり謎に包まれ、その地に入ったとされる記録は真偽不明な神話の物語に留まる。だからハルベニィによる発掘調査は歴史的にも大変に意義深かった。古代技術の復興は国家に利益をもたらし、人々の生活を豊かにするという、実用的な側面を大いに持っていた。だからラケメト王のディナミスは出資するのであると解釈することは十分に可能であった。

 人間の視点は多様である。ハルベニィや海賊などは当地での経済的基盤を整えるために古代遺産を発掘する。カミットはもしかしたら純粋なる興味や友人への義理から古き地を訪れたかもしれない。

 そしてファラオはもっと広い視野によってそうしたかもしれない。その一つの視点には政治があるに違いなく、だから古来人の家臣を送ってよこしたのだ、とある者は察する。

 海賊一家ウグスプの長男はドランである。精悍な面立ちと屈強な肉体をした戦士であり、また同時に若い頃にラケメトの首都にて学問を学んだ学士でもあった。普通の海賊と異なるのは、彼が王朝風のエリート教育を受けているという単純な違いに留まらず、彼が過ごした十代の日々というのは現在に至るまで続く交友関係や政治的視点にも及ぶ。

 ドランはときどきハルベニィに講義をしていたが、それは遺産諸島に到着する直前の船上でも行われた。

中ツ海(オケアノス)の外、東の陸にキュレシアという太平の世をもたらした偉大な国家があった。その源流はさらに古き時代の世界帝国にまで繋がっていた。

 それらの歴史がなぜ繋がっていると言えるのか。そこには一本の筋があり、それが古来人の同志連絡会議なのだ。我々が知る古来人というのは率直に政治的振る舞いをする者たちなのだ。特にキュレシアの古来人は露骨であり、彼らはキュレシアの宮殿内に不可侵の園(ゴレスターン)という特権的館まで持っていた。古来人は世界帝国を作るという東の民の夢と共にあり、数百年か、あるいは千年にもわたり、大いに力を尽くしてきた」

 ドランの語りは高尚である。

 ハルベニィはカミットよりは黙って人の話を聞けるが、それでも彼は学問には慣れていなかった。

「……その昔話、なんか意味あるのか?」

「まあ、聞け。キュレシアが世界帝国を目指すということは、中ツ海(オケアノス)の民を併合することは当然の課題となった。中ツ海(オケアノス)はたびたびキュレシアの侵攻に脅かされ、キュレシアによる侵略は年々進んだ。はっきり言って、彼我の戦力差はあまりにかけ離れていて、中ツ海(オケアノス)がキュレシアの西領土となるのは時間の問題だったとすら言える。

 そのとき転機が訪れた。

 今から約二十年前のことだ。偉大な大王は中ツ海(オケアノス)の東半分を統一し、キュレシア帝国にまで攻め入って滅ぼした。数百年続いた帝国はたったの十数年で跡形もなく崩壊したのだ」

「んん? 話がずいぶん飛んだな」

「お前が眠そうにあくびをするからな。細かい経緯は省略した」

「そりゃありがてえ」

「大王は長年敵対してきたキュレシアの古来人を駆逐すると決定した。その討伐任務を担当したのが、当時大王の配下であったディナミスというヨーグ人将校であった。現在のラケメト王、その人だ」

「いろんなやつが出てきて、わけが分からん。ディナミスはラケメトの王様だろ?」

「大王死後、後継者たちによる争いが続いている、ディナミスはラケメトを獲り、その地のファラオとなったのだ」

 ハルベニィはドランが長々と歴史講義をしたことの意味を理解しつつあった。ディナミスはかつて「古来人狩り」をしており、そして現在はハルベニィたちを古来人の遺跡に派遣している。彼らの船には古来人であるモノも同乗しているが、モノの考えはさっぱり不明である。

 ドランはこの講義の意義を明らかとした。

ファラオは無差別に古来人を抹殺するつもりでないことはモノを重用していることからも明らかだ。しかし一度敵対した者たちを許すようなことはない。きっと今も水面下ではキュレシアの残党を追跡しているはずだ。

 古来人はしばしば有事の避難場所として古代遺跡を用いるものだ。これからの発掘調査でキュレシア王朝の残党勢力と遭遇する可能性は低くない」

「そうなるよなァ。ファラオが遺跡調査するのは遺産掻っ払うのと敵の生き残り連中を探すのを兼ねてるのか。モノはどういう立場なんだ? あいつは同じ一族の仲間をどうするつもりだ?」

「私はてっきり彼女が古来人の組織から交渉役としてラケメト王朝に派遣されたものだと思っていたのだが、そこも不透明だ」

「たしかになあ。あいつはディナミスの言うことをまるっと聞いているだけみたいだし」

 ハルベニィは商売のことだけを考えていたかったが、政治的に正しい振る舞いについてもよく考慮しておかねばならないと思い始めていた。周囲のわずらわしい環境に左右されることは我慢ならなかったが、それを跳ね除ける力が彼にはなかった。力がないのであれば、せめて賢く立ち回り、流れに乗っていくのが順当である。

 自然と視線が甲板の先に立つカミットへと向いた。カミットは腕組みをして何やら考えているらしかった。たったの二人と一頭で中ツ海(オケアノス)へと流れ着き、彼らはこれから身を立てていかねばならなかった。双方の得意を活かしていかねば成り立たない。彼らの身分を保証する父も母もここにはいないのだから。



 遺産諸島には他の島や陸地にはない、独特な生態系が息づいていた。陸上で浮遊するクラゲや巻き貝がそこかしこに群体となっていたり、鋼鉄の肉体を持つ獣ががちゃりがちゃりと音を立てて歩いていたり。奇異な様子から作り物の存在かと思いきや、動物どうしは捕食関係にあるという完全なる生物の有り様である。たとえば鋼鉄の狼は鋼鉄の水牛を襲って食うのである。鉄の肉体を作るのはやはり鉄の肉と血なのだ。

 最初の島に到着し、船を岸に停泊させ、乗組員たちが必要な道具や運搬用資材を積み降ろした。

 そうしている間、カミットは岸の近場をハルベニィとドランと一緒に偵察していた。

 ドランが語る。

「鉄の獣は希少だ。あれらを家畜化できれば、人類は飛躍的に豊かになるだろう。だが飼いならすのは無理だ。我々にはあれらの餌を供給することができないからな」

 カミットはなんとなく思い出して、ハルベニィに言った。

「そういえば、終わりの島(エンドランド)の浮島でバルチッタは翼甲獣プテリオキロスを捕まえようとしてたね」

 ハルベニィはあははと笑った。

「たしかにあいつらはここの鉄の獣と似てたな。あいつらの皮は鉄の槍や剣でも傷一つつかない頑丈さだ」

 翼甲獣プテリオキロス終わりの島(エンドランド)上空の浮島や高山地帯に生息する分厚い皮膚を持つ大型動物である。体の大きさや体重に比して遥かに小さな翼で浮くようにゆったりと飛行する不思議な生態を持つ。

 ハルベニィは興味を持ったドランに言った。

終わりの島(エンドランド)のブート人は頑固でな。連中は翼甲獣プテリオキロスを神聖な生き物って言い張って、他の人種が手をだそうとするとブチギレやがるんだ」

 ドランは顎を撫でて、考える様子を見せた。

「それは信仰の知恵なのかもしれぬ。鉄の獣に手を出すべきでない理由に執拗な復讐癖がある。翼甲獣プテリオキロスが鉄の獣と同じ種類だとしたら、もし仲間を殺されたときには大群で仕返しにくる可能性があるぞ。どういう能力なのか、彼らは仲間を殺した相手の情報を匂いか何かで共有するらしい」

「まじか!」

「そういうこともあって、手出しは禁物なのだ」

「いや、いや。そういうことは一番最初に教えてくれよ」

 ハルベニィが昔のことで冷や汗をかいていると、カミットはハハハと笑った。

翼甲獣プテリオキロスは殺しても大丈夫だと思うけどね。ネビウスが何も言ってなかったし」

 カミットが大声で話しながら歩いていくと、遺跡の広場らしい場所にたどり着いていた。そこにはモノが先に着いており、彼女はそこかしこにある石碑を調べているらしかった。どこから話が聞こえていたのか、カミットが何も言っていないというのに、モノが皮肉っぽく次のように言い始めた。

「ネビウスとやらを信じ切っているとはお気楽なやつだな。ネビウスがそれほどの知者で、万能であったら、終わりの島(エンドランド)の悲劇は未然に防がれていたのではないか」

 カミットはまたもやモノが言いがかりで文句を言ってきたと思い、負けじと言った。

終わりの島(エンドランド)のネビウスたちはモノよりはよっぽど色々知ってそうだったけどね!」

「何を張り合ってきている?」

「ネビウスの悪口は許さないよってこと!」

「悪口ではなくて、観察を述べているだけだ」

「そんなの一緒だよ!」

 モノはふっと鼻で笑った。石碑を眺める瞳は憂いを帯びる。

「お前は母に愛されたのだな」

「当然だよ。ネビウスは僕のこと愛していたよ! 僕もネビウスを愛していた!」

「やれやれ、お前は本当に気楽なやつだ。髪だけじゃなく、頭の中身までお花畑のようだ」

 モノは相変わらず嫌味ばかり言って、そのまま立ち去ってしまった。モノが観察していた石碑には古代の文字が記されており、それが何を意味するのかは分からなかった。

 ただハルベニィとドランは大体のことは察しており、ハルベニィがカミットに教えた。

「こういう石碑はだいたいは墓だ」

「お墓がそこら辺にあるってこと? 慰霊碑なのかな?」

 ドランがある石碑の碑文を読み上げた。

「死に至る悲しみ、過ぎ去りし生」

 そして彼はハルベニィに言った。

「お前が言った通り、ここは墓場だ」

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