第241話 遺産諸島(2)
ハルベニィはケダ・シセラルの葬儀を活用し、海賊たちの会合に参加した。ウグスプ家以外の普段は会うことのない海賊一家の者たちが集まっており、ハルベニィは彼らと航行安全の約束をとりつけたのだ。
海は危険なものである。最も恐ろしいのは天候である。さらに怪物も多い。そして人である。陸の王国からも船が出てくるし、海賊五家族が互いに漁を妨害し合うこともある。
ハルベニィはラケメト王であるディナミスから古代遺産の発掘と管理を依頼されており、この一ヶ月ほどでそのための準備を着々と進めていた。ハルベニィの所属はウグスプ家であり、そうなると他の海賊一家はラケメトの富がウグスプ家のみを潤わすことを良く思わない。
だからハルベニィは他の海賊一家に向かって妥協案を提案した。
「王から得た利益は全ての海賊五家族に対して分配する。あんたら、文句はねえよな?」
こうして後、天気の良き日に、波のない穏やかな海に向かって商人「ハルベニィ」のウサギ刺繍の旗をかかげた船が出航した。ときどきは他の海賊船と同じ海域に居ても、約束により海賊が襲ってくることはなかった。
数十人の乗組員はウグスプ家傘下の家系から提供され、彼らが漕手となった。終わりの島の船はヨーグ人が縄を引いて水中で泳ぐスタイルだったが、中ツ海では左右の櫂を数十人で漕ぐのである。タイミングを合わせるための太鼓が鳴らされ、漕手たちは声を合わせて歌った。漕手たちはなにもヨーグ人である必要がないというのが中ツ海の船の利点とも言えた。
船の使用者はハルベニィであった。一方で船や乗組員がウグスプ家から提供されているため、全ての権利はウグスプに属していた。ドランは一家の長子として乗船しており、また古来人であるモノも王の代理人として同乗していた。
その船の目的地は遺産諸島であった。遺産諸島はそれらの島全体が太古の文明が残した遺跡である。元々は天宙に浮かぶ城か要塞のような巨大構造物であったが、それが地上に墜落して、現在はその一部が海面上に出ており、それが遺産諸島の外貌であった。
古代文明は古来人が大いに関係しているとされるが、現在に生きる彼らは古代の技術について分かっているのだかいないのだか判然としない。彼らはぼやぼやと暮らすばかりであって、知恵を伝えず、記録を残さず、そうして古代の謎はとうとう本当に謎になってしまった。
古来人でも一部の者はそれらの知識をそのまま保持しているとも言われる。その証拠は古来人の養子あるいは弟子である人々の存在が示しており、彼らは古代遺産を使用することができるのである。
たとえば古来人ネビウスの子であるネビウス・カミットがそうである。だからハルベニィの遺跡発掘にはカミットが必須だった。
ウサギ旗を掲げる商船の甲板には黄色の花髪をなびかせるジュカ人のカミットが立っていた。
その瞳が青々として凪いだ海を見つめる。
不満そうにして首を傾げて。
古来人のモノがいかにも気怠そうにしながら歩いてきて話しかけた。
「ネビウスの権利付与が中ツ海の遺産に対して有効であるとは思えないが、せいぜい働くことだな」
このところモノはしばしばカミットに絡んでくるようになっていた。まったくもって悪意的に嫌味などを言って、その意義通りに絡んでくるのである。
カミットは負けじと言い返す。
「モノがちゃんと手伝ってあげればハルベニィも助かると思うよ」
「私はあくまで監視するだけだ。王はハルベニィに命じたのだ。私がお守りをしてやったのでは彼女の能力を査定できない」
「いいなあ。見ているだけの仕事なんて楽ちんじゃん」
「その私の評価が彼女の価値を決定するということを忘れないことだ」
「へえ。ディナミスって、いい加減なんだね」
カミットとモノはまだまだ言い合うつもりでいたが、このときハルベニィが相談があると言って、カミットを呼びつけた。
ハルベニィは船内に専用執務室を設けており、そこで地図やら記録やらを眺めていた。船舶の中の船長室というと、カミットは終わりの島の海賊船の船長室を思い出した。
カミットはハルベニィに頼られることを嬉しく思い、機嫌よく話しかけた。
「どうしたの?」
ハルベニィは地図を見つめたまま話した。
「モノのことはてきとうに流せ。あいつの機嫌は良くしておかないと、王様に何言うか分かったもんじゃねえからな」
「ふーん。いいけどさ」
「くだらねえ喧嘩すんなよ?」
「向こうが何も言ってこなければね」
「お前も仕方ねえやつだな」
「なんでよ。僕は悪くないよ」
「そうだな」
実はハルベニィからしてもモノは異質な古の民として映っていた。モノは世俗の王の代理人であり、海賊の都の人々と政治的に関与し、そして私的な感情としてカミットへの苛つきを抑えられないのだ。それに対し、ハルベニィが知る古の民はネビウスただ一人だが、ネビウスでなくとも終わりの島の古の民は世の中に対して達観して傍観する人々であった。
こうしているときにも船は遺産諸島へと近づいていた。遺産諸島は島全てが古代遺産であり、それ目当てであれば絶好の場所であった。
それにもかかわらず中ツ海の人々は海底に沈んだ遺産をサルベージすることを選ぶ。
それには理由があった。
らっぱの音が警戒を告げる。
カミットとハルベニィは急いで甲板へ出た。
何かが海を泳ぎ、それが船に並走しだした。
何かの群れ。
まるでイルカのように、それは水面上へと飛び上がった。赤い一つ目がぎらりと光って、ハルベニィの商船を見た。
モノがそれの名をぼそりとつぶやいた。
「鉄鮫」
古代文明の遺産を守るのは鋼鉄の肉体をした巨大な魚たちであった。その硬い鱗は銛を通さず、通常の漁法で狩ることは不可能である。それどころか圧倒的な推進力と鋭い牙で木造の船をバラバラに破壊してしまうのだ。
このときのためにカミットがいた。
本来は鉄鮫たちは凶暴な性格をしており、縄張りに踏み入った者には無差別に攻撃を仕掛けるはずだった。ところが今は彼らはがしきりに水の上に飛び上がっては何かを見ている。それこそがカミットらしかった。
カミットは甲板上で手を振って叫んだ。彼が身につけている腕輪が日差しを反射して光っていた。
「おーい、おーい。僕はネビウスの息子のネビウス・カミット! よろしくね!」
野生の存在がカミットの呼びかけを理解したかどうかは不明であったが、このときたしかに鉄鮫たちは船を襲うことなく、ただ並んで泳ぎ続けたのであった。




