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ネビウスクロニクル  作者: 石井
海賊の都編
239/259

第239話 占卜郷(7)

 カミットとヤージェの喧嘩が始まると、森の呪いは引っ込んでしまった。カミットは怒り狂ってヤージェに飛びかかっていたが、ヤージェの突進で跳ね飛ばされてしまって分が悪くなってくるとだんだんと冷静になってきた。そこで森の呪いにも手伝うように念じたのだが、これにはさっぱり反応がない。

「なんで!?」

 カミットが地団駄を踏んで怒るも、そこへさらにヤージェが突進した。ついにはカミットはヤージェにのしかかられて、抑え込まれてしまった。カミットは必死にヤージェを殴ったりひっかいたりしたが、ヤージェは余裕の様子で「ふふーっん」と鼻を鳴らすばかりであった。

 やがてカミットの変身も解けて、元のジュカ人の姿に戻ってしまった。

 こうして完全に喧嘩の決着がついてしまうと、外壁の外側で戦いを見守っていた赤霊アキュアは去っていった。

 ところがその後もヤージェはカミットを押さえつけて動かないので、そこへケダ・シセラルが近づいた。

「阿呆ども。満足したか」

 カミットはただ見ているだけのケダ・シセラルにも怒った。

「ヤージェをどかしてよ!」

「お前の獣のことはお前がどうにかせよ」

「ヤージェは言う事聞かないもん!」

 そこへモノもやってきて、彼女がヤージェの手綱を引いてやると、ヤージェはカミットからそっと離れて、炎の変身も解いて、元の子猪こじしの姿に戻った。

 カミットは解放されると、すぐさまヤージェを蹴り飛ばそうとして迫ったが、モノがヤージェを抱っこして保護した。カミットはモノにも怒った。

「もうヤージェは丸焼きにする! ディナミスが食べればいいよ!」

「極端なことを言い出すな」

 モノは呆れ笑いをこぼしながらもカミットを諭した。

「伝説の大王ですら、怪馬サンアンシヤを手懐けるために数年を要したのだ。魔獣を飼いならすということは簡単ではない」

「だったらさ! 一ヶ月とか言われても困るんだよ!」

「落ち着け」

 モノはカミットの肩をぽんぽんと叩いた。そうしながらカミットが見えづらい方の手に赤くて細長い剣を持っており、それでサッとカミットの腕の近くを振り抜いた。カミットはひやりとして手を引っ込めた。

「なにするんだよ! って、あれェ?」

 モノの剣の先に赤いミミズのようなものが巻き付いていた。

「妙な物がついていた。取ってやった」

「ええ!? なにその虫? ヘビ?」

「これは水棲動物、サラマンドラだ。欲しいなら返してやろう」

「おいしい?」

「食べものにはならん。毒がある」

「じゃあ要らないよ。取ってくれてありがと」

 モノはどこにそんなものをしまっていたのか、瓶を取り出して、その赤いにょろにょろとした何かをしまった。

 カミットは思いがけないことで、一旦怒りが途切れたのであった。



 水の妖術には遠方とのやりとりを可能にする秘術がある。

 夜更けにモノは占卜郷のすみっこにある、海を臨む小さな祭壇で祈りを捧げていた。

「王よ。カミットはまだ火の魔獣を飼いならしていません」

 これに王が返答する。

「対応に変更はない」

「占卜郷にてカミットは火の魔獣と争い、その際に獣化しました。彼は半分かあるいはそのもう半分のコーネ人の血を継いでいます」

「あのくらいの年代の子どもでは珍しいことではない」

「……このままカミットが魔物飼いの才覚を見せなかった場合、火の猪を殺してよいのですか?」

「殺せ」

「……御意」

 交信を終えると、モノは立ち上がって海の向こうを眺め、不満げに首を傾げた。

 このような秘密のやりとりがあってから三日後、それはディナミスの命令があってからちょうど一ヶ月のとき、モノは一応は時間を設け、屋外広場にてカミットとヤージェの試験を行った。

 カミットはヤージェとまだ仲直りしておらず、いかにも投げやりに言ってのけた。

「ヤージェってこの前みたいな感じで暴れん坊だから、ディナミスが殺せっていうなら仕方ないのかもね!」

 モノは大きくため息をつき、「なぜこんなやつを……」などとブツブツ言っていたが、「ではお前が火の猪を制御できているか、それを確かめる」と述べ、試験を始めた。

 カミットはモノが言う通りにヤージェの手綱を引いて歩いたり、所定の位置で待たせたりと基本的なしつけが行き届いていることを示した。

 そして火である。

 モノは松明を持ってきて、それをヤージェに口を開けさせ、牙にこつんとぶつけた。すると松明はたちまち燃えだした。モノはその火がついた松明をカミットに渡した。

「この火を消せ」

「こんなのが試しなの?」

「いいからやれ」

 カミットは松明を近くの水路に突っ込み、火を消した。

 モノはふむと頷いて言った。

「よし。火を制御したな。良かったな。お前は火の呪いを鎮めた」

「ええ!? こんなのでいいの?」

「不満があるか?」

「べつにないけどさ。なんか、一ヶ月も何してたんだろって思って。こんなんだったら最初から言ってくれれば……」

 カミットが拍子抜けしてぶつくさ言っていると、ここにドランとハルベニィがやってきた。彼らは海賊の都(ネオポセイディア)からカミットを迎えにきたのである。ヤージェはハルベニィを見るなり、カミットの手から手綱を振りほどき、彼はハルベニィに走っていって飛びついた。ハルベニィもまた大喜びである。

「良かったなァ! ヤージェ! お前ならきっと大丈夫だと思ってたぜ!」

 カミットは「頑張ったのは僕なんだけど」などと文句を言ったが、歓喜のハルベニィとヤージェには聞こえていなかった。

 カミットを労ったのはドランくらいだった。彼はカミットの肩を叩き、「よく頑張ったな」と声をかけたのであった。



 占卜郷の最も偉大な占い師はケダ・シセラルである。彼はカミットたちを見送った後で自宅にある交信の祭壇で祈りを捧げた。

「久しぶりだな、我が弟子よ」

 これに答えるのはラケメト王ディナミス。

「健在そうでなにより」

「カミットとヤージェは帰っていったぞ。モノがカミットに合格をだしおった。それはいいのだが、わしは何にもしとらんのだ。だから占卜郷に軍を出すとか、気の触れたことをするなよ」

 ケダ・シセラルがわざわざ恐ろしきディナミスに連絡を取ったのは、モノの反逆について、ケダ・シセラルが何の関与もしていないと訴えるためであった。

 一方のディナミスはラケメトの宮殿の居室で寝椅子で優雅に横になって、奴隷に簡易祭壇を持ってこさせ、妻と一緒に酒を飲みながらの交信であった。秘書の奴隷がモノの連絡文書を持って広げ、ディナミスはそれを見ながら話していた。

「ケダ・シセラルとモノは諍いがあったようだが?」

「あんなのは挨拶みたいなものだ」

「モノは憤っていた。始末者候補に偉大な占い師の名前が追加された」

「やれやれ。それはすぐ消すのだ。わしがそのような仕打ちを受けるいわれがどこにあろうか」

 ディナミスはふんふんと頷き、秘書に目配せをした。秘書は候補者リストからケダ・シセラルの名の上から除外の横線を引いた。

 ケダ・シセラルの方としてはたまったものではないので、少しだけ探りをいれる。

「未熟な古来人を指導しているのか?」

「古来人の歳など自己申告で信用はならないものだ」

中ツ海(オケアノス)を荒らしてくれるな。我々はようやく安定した暮らしを手にしたのだ」

「我が師よ、平和とは得難いものだな。あなたはよく戦ってきた。もう休め」

 この直後、交信は途絶えた。水の交信の秘術は双方が安定した状態で妖術を行使していなくてはならない。

 ケダ・シセラルは祭壇に倒れ込んだ。

 その背後から赤い剣が彼の心臓を貫いていた。

 古来人のモノは死にゆく偉大な占い師を無感情な瞳で見下ろしていた。

「占卜郷」おわり


【おしらせ】

次回の更新は8/18に行います。私用につき、よろしくお願いいたします。

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