第237話 占卜郷(5)
カミットが占卜郷に滞在して、二週間が経とうとしていた。
この期間、彼の本当の目的はいっこうに進展せず、焦りから苛立ちが募っていた。カミットはどうにかせねばと思い、他の占い師にも質問をするようになった。こうしてカミットがあちこちで迷惑がられていると、このことを聞いたケダ・シセラルには思うところがあった。この偉大な占い師はついに白状したのだった。
「火の猪の鎮め方など知らぬ。お前はここをどこと心得る?」
カミットはもとからケダ・シセラルの技量を疑っていたが、それにしても土地の最も尊敬される占い師の無責任な態度には驚いた。
「ええ!? それじゃあ僕は何のために二週間もここにいたの!?」
「お前が勝手に来て、勝手に居座ったのだ。何を学ぼうと、それはお前の問題なのだ」
「そんなだったら、最初から言ってくれないと困るよ!」
カミットが怒ると、ケダ・シセラルはげははと笑った。
彼はヤージェに魚の骨身のくずを与え、この小さくて大人しい子猪を撫でながら、少し長めに語った。
「カミットよ。まったく、お前というやつは……。家々を燃やす魔獣と聞いて身構えておれば、これはまことに飼いならされた哀れな獣だ。炎の賢者ネビウスは恐ろしき魔獣をちんちくりんの家畜に変えてしまったのだ。それをどうして鎮めるとか、大人しくさせるとかいう必要があろうか。その問題はそもそもどこから生まれくるものなのか。はたまたもとより存在しない問題なのではなかろうか」
「でもさ! ヤージェは僕とハルベニィを乗せて、ディナミスに突撃しちゃったんだよ!」
「なぜそのようなことになったのか」
「それはさァ……。えーっと」
カミットは腕組みをして考え始めた。ヤージェは最初に中ツ海で流れ着いた島から自力で泳いで、海賊の都まで渡ってきたのであった。そのときカミットとハルベニィは海賊に追われており、ヤージェが乱入することで危機を脱したのであった。
「ヤージェは僕たちを助けてくれたんだけど、それだけやってくれれば良かったのにさ。ヤージェって動物だからそういうのが分からないんだよね!」
ケダ・シセラルはタコ族のいくつもある腕で頭をかいた。
「動物となァ……」
偉大な占い師の老人が思案していると、何やら思いついているように見えるというもの。
カミットは期待して聞いた。
「何か分かったの?」
ケダ・シセラルはふっと鼻で笑って言った。
「知らん。何も分からぬ」
ヤージェが動物であることはあまりにも明らかな事実であった。その一方で、ヤージェはただの動物というにはいささか頭が良すぎた。彼はカミットがしばしば餌やりを忘れることを見越していてなのか、ケダ・シセラルあるいは古来人であるモノの近くにいたがった。特にモノは手持ち無沙汰にぼーっとしているときなどはだいたいヤージェを撫でてやったりして、ヤージェはすぐになつくようになった。
このことがカミットはおもしろくなかった。ヤージェがモノの横でひっくり返ってお腹を撫でられているところを見るにつけ、カミットは文句を言った。
「僕が太陽の都でヤージェを助けてあげなかったら、ヤージェはイノシシの群れに殺されてたのにね!」
ヤージェは言葉を理解しておらず、反論はしないし、できない。ただ彼はちらっとカミットを見て、ふふんと鼻を鳴らし、それがカミットを小馬鹿にして笑っているように見えたのであった。
一応、カミットはモノにも聞いた。
「封呪の手綱ってどうやって使うか知ってる?」
モノは冷ややかにカミットを見て言った。
「当然知っている。しかしお前がそれを知ったところで問題は解決しないだろう」
「んん! どういうこと!?」
「自分で考えろ」
「なんでよ! モノは意地悪だな!」
カミットはこうしてさらにモノが嫌いになったのであった。
※
幼い頃の夢を見た。
終わりの島の秘境の里は標高の高い巨獣山脈の中にあって、なぜかそこだけが温かな気候をしており、年中暮らしやすくなっていた。
獣たちは里を訪れるときは全く別のなにかに変わってしまったかのように大人しくなり、優しくなり、穏やかになる。古の民の人々は本来は危険な巨獣たちとまるで友人のように接し、カミットもまたそのことを当然と思っていた。小さな頃のカミットは大きなクマと気さくな関係であり、一緒に散歩し、木の実を分け合ったりもした。
秘境の里にあって、暴れて何かをしでかすとすれば、それはカミットの森の呪いくらいのものであった。
だいたい年に二回か三回ほど、森の呪いが大暴れしてネビウスの家あるいは里の広場や浴場などの公共物を破壊することがあった。
そういうときにカミットの育ての親であるネビウスは、その赤い髪を豊かになびかせ、日に焼けた褐色の肌が輝くような、あのネビウスはあっはっはと笑ったものであった。
「坊やったら、またやったのね!」
秘境の里に暮らしていた時分では、カミットは一度もネビウスに怒られたことがなかった。
それどころか、こういうときに怒っていたのはカミットである。カミットが腕組みをして、顔をむすっとさせていると、ネビウスが覗き込んで聞いた。
「今度はなんだっていうのよ。ヴェヴェにちょっと何か注意されたからって、キーキーしないのよ?」
「だってさ! 僕悪くないよ!」
そうしていると、瓦礫の中から、人が這い上がってきた。里長のヴェヴェは青年の見た目であるが、話し方はまるで老人のよう。彼はネビウスに注文をつけた。
「母親よ。君のきかん坊は隣の山にピクニックに行きたいようだが、その考えは妥当かな?」
ネビウスは「またその話なのね」と困り顔で言った。彼女はカミットを抱き寄せ、言い聞かせた。
「坊や。山の獣たちは分からんちんの暴れん坊だから、里の外で会うと本当に危ないのよ」
「なんでよ! 僕はもっといろんなところを探検したいよ!」
「まあ、まあ。そうやってないで、そろそろおやつにしましょ」
こういうときのネビウスの常套手段であった。カミットはぷんすかと怒っていたが、ネビウスのおやつを逃すわけにもいかず、この問題をひとまず置いておくことにした。
里の外は極寒の地である。
ネビウスはときどきそこへ出かけていって、かちこちに冷えた果物を取ってくる。もちろん事前に彼女が仕込んでおいて、あえて凍らせているのである。ネビウスは氷ったりんごをごりごりと砕いてシャーベットを作った。
一口目はまず冷たさがきいんと頭に響いて、それが口の中で溶けるとふわっと甘さが広がる。
これをぽかぽかと暖かい秘境の里で食べるのが格別なのである。
「おいしい!」
カミットはいつものことだが大喜びし、あっという間に貴重な氷のおやつを食べてしまった。本当はさらにおかわりが欲しかったが、これまでどんなに頼んでも、たとえ暴れまわったとしても、それどころか里中をめちゃくちゃに壊しまわったとして、飴玉一つ追加されたためしがなかった。カミットは今日はもう美味しいおやつを食べられたのだからと満足することにした。
しかし不満の方は忘れてはいなかった。カミットは他に子どものいないこの秘境の里でほとんどの時間を一人で遊んでいた。あちこちうろついては動物とじゃれたり、植物を引っこ抜いてそこら辺に放り投げたりして遊んでいたが、それは里の中という範囲に限定されていた。
ともあれおやつはもらえたのである。
今日のところは大人しくしておこうと、カミットは思ったのであった。




