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ネビウスクロニクル  作者: 石井
海賊の都編
235/259

第235話 占卜郷(3)

 偉大な占い師であるケダ・シセラルの最初の講義は彼の居宅で行われた。占いのための骨やら道具やらがいっぱいの部屋で、教師と生徒が床に座って向かい合った。

「魔物飼いたちは、あんな者どもは本来あってはならぬのだ。大いなる野生の存在を家畜のようにし、それどころか道具のようにして意のままに操るとはとんでもないことだ」

 カミットはすぐに質問した。

「占い師もそれができるんじゃないの?」

「ヨーグの占い師たちは古くから赤霊アキュアを崇めてきた。大いなる者たちが上位であり、我らが下位なのだ」

終わりの島(エンドランド)には大化身の力を借りられる守り子がいるよ。守り子も魔物飼いなのかな?」

「その者共は大いなる者を意のままに操るか?」

「うーん。どうなんだろ。大化身は呪いの蝕みが進んだ守り子を食べちゃうんだよ」

「それは伝統的な呪術的繋がりだな。代償にはにえが必要なのだ」

 この講義そのものはカミットの興味を引いたが、ややこしい背景を示唆しつつあった。カミットはまさにその「呪われし大いなる者」である火の猪を飼い慣らし、意のままにしようというのである。

 ところがケダ・シセラルはそのことを非難しているように思われた。人が踏み込むべきではない、神秘的な領域があるのだと言って。

 カミットはその論をどうにかすり抜けようと考えた。

「あのさ、ヤージェはそんな偉い大化身とかじゃないんだよ。そこら辺の山でよくいる火の猪なんだよ。ちょっと火の力が強いだけでさ」

「だがその子猪こじしは呪いに憑かれているのだろ? 山火事を起こし、家々を燃やし、海賊たちをたちまち蹴散らすほどの突進をする」

「そうだけど」

「いくら偉大な獣と言っても、人里を滅ぼすほどの猛威を振るうようでは、それを放っておくわけにはいかぬ。だから魔物飼いの商人は魔獣がまだ小さい内にわざわざ労をかけて捕まえ、お前に押し付けたのだ。いや、お前というよりも、炎の賢者が目を光らせていると分かってのことだろう。よもやお前のような若造が一人で抱えることになるとは思っていなかっただろうがな」

「……うん」

「人を甚だしく脅かす魔獣には、恐れ多くも鎮め奉り、その怒りと嘆きを鎮めるために大いに祭りをするのだ。そうすることでな……」

「あっ、じゃあヤージェのためにお祭りすればいいのかな!」

 カミットはこれぞ名案と思って言ったのだが、ケダ・シセラルはがっくりとして呆れていた。

「学問は苦手か?」

「なんで!? 僕、職人組合の試験だってすごい短い間で全部覚えて合格したんだよ! ネビウスもエニネも僕はすごいできるって言ってくれたよ!」

「やれやれ。お前は教えがいがありそうだ」

「なにそれ、どういうこと!」

 ケダ・シセラルは人々から尊敬されており、また大いに恐れられていた。彼はその生涯を通じ、中ツ海(オケアノス)のヨーグ人たちを導くリーダーであり、そうであるがゆえに孤独であった。

 ときどきは占いの弟子を育てたが、それも数年教えたら一人前と認めて終わりである。師を超える弟子とはついには出会わず、ケダ・シセラルは老年期の最後を迎えた。

 脳裏に思い返されるのは若者が一人。

 彼は修行の道半ばで、

「もうあなたから学ぶことは無いようだ」と言って去った。

 今、老いた偉大な占い師はカミットがわあわあ言っているのを目を細めて眺めた。

 彼は心中で疑問に思う。

「なぜディナミスはカミットをわしに寄越したのか……」



 赤霊アキュア中ツ海(オケアノス)の海中で、特に深い海においては最強の存在であった。ヨーグの占い師はこの偉大な者たちの気配を察して避けることができるが、他の人種ではそう簡単ではない。陸の民が航行する船が赤霊アキュアの巡回とぶつかってしまうと、少し経った後にはその海域にバラバラの船の残骸が漂っているということがよくあった。

 占い師が拠点とする占卜郷せんぼくきょうはその赤霊アキュアの複雑な巡回ルートをかいくぐることによってしか到達することができず、そうであるからこそ他人種からの侵攻を免れてきたという歴史があった。

 ただし安全であることと繁栄することとは必ずしも同義ではなかった。到達が困難であれば、出ていくのも簡単ではない。当然、商船が頻繁に出入りするのには不適であった。

 つまり占卜郷は安全かつ貧乏な土地なのである。参拝する民からの供え物が唯一の食い扶持であり、最も偉大な占い師であるケダ・シセラルでさえ贅沢な生活とは程遠かった。

 その閉じられた土地では特異な信仰と文化が発展した。

 ケダ・シセラルはいくつかある祭儀場の一つにカミットを連れて行った。

「水の秘術は今や各地に派生の伝統を持つが、この占卜郷に伝わる技は最古のものの一つなのだ」

 ケダ・シセラルは祭壇の水晶球に手をかざした。すると水晶の中の光が意図的な様子で分裂や融合をし、その中の一つがぱちんと飛び出して、カミットに向かってきた。

 カミットは驚いてしまい、反射的に手を出して、その光をはたいてしまった。ところがその光はカミットの手をすり抜けて、カミットのひたいに向かってそのまま突っ込んできた。

 わあ、と声をあげて、カミットは顔の前で手をバタバタやった。

 少し経つと、何やら不思議な響きをした「ぱち、ぱち、ぽこ、ぽこ」という音が頭の中に響いた。カミットはそれに聞き覚えがあった。

「水言葉!」

「水育ちのヨーグは成長とともに学ぶが、陸の者はそうはいかぬ。妖術使いは音を水に閉じ込めて飛ばす、という技を生み出しおった」

「へえ!」

「技術が高まると、陸の言葉も閉じ込めることができる」

「すごい!」

「さらに極めると、大地を巡る水の気を通り道とし、遠く離れた場所の他者にも言葉を送ることができる」

「ええ!? そんなことまで!」

 カミットが大いに驚くので、ケダ・シセラルは機嫌を良くした。

 ところが最後に彼は真実を告げた。

「送る側も受け取る側も同等の秘術の技を身につける必要があるのだがな」

 カミットはこれを聞いてがっかりした。

「なんだあ。それじゃあ練習しても役に立たなそうだよ。なんかさ、ヤージェに言葉を伝えるのに使えるのかもって思ったんだけど。ヤージェって動物だから、勉強とか練習とかできないしね」

「お前にも水の精霊の加護が無かろうよ」

「うん。そうだった」

 カミットは役に立たない技では意味がないと思い、早くも興味を失いつつあった。とは言え、一応は興味のあるふりをする。

「ふうん。なんでこれ見せてくれたの?」

中ツ海(オケアノス)で最も使われる秘術は火と水だ。どちらも深遠な歴史を持つが、特に水だな。わしは水の秘術を使った占いが得意だ」

「んん? そりゃそうだろうけどさ」

「お前が何を学ぼうと、それはお前の問題だ」

 次に行くぞ、とケダ・シセラルは別の祭儀場へと歩いていく。

 カミットは意外にも親しみやすいと思っていた偉大な占い師を、今は再び「よくわからないことを言う老人」と見なし始めたのであった。

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