第233話 占卜郷(1)
海賊の都編「占卜郷」はじまり
よく考えてみれば、呪いは不思議であった。呪われし者が思い念じれば、それに応じて何かが起こる。その代償は自己の破滅的な変容である。呪いを使うと便利なこともあるが、その「返り」によって人が人食いの怪物「呪いの化身」に変わってしまうのだ。前者の利益に対して、後者の反動は果たして本当に均衡が取れているだろうか。
呪いには色々ある。土、水、風、火が最も原始的である。一方で夜の呪いと森の呪いはこれらとは異なる特徴がある。それらはややこしくて複雑な事象を多数含むのであり、森の呪いと一言に言っても、多種多様な木々や草花を生み出すことで高度な応用性を展開する。そのような背景があり、森の呪いという包括的な呼ばれ方が定着したという説がある。
カミットは自身が持つ森の呪いがどのようであるか、深く考えたことはなかった。育ての親であるネビウスは「そのうちね。ちゃんと調べてみましょ」と言っていたが、それはかなり先のことになりそうな予感がしていた。分からぬことは分からぬ、到底分かりそうにもないことには興味も沸かず、考えの隅っこに現れたとてすぐ消えた。あれこれ考えるよりもご飯を食べたり、体を動かす方がよっぽど楽しかった。
「そういえば僕って、呪いの返りを受けたことなんてないなァ。僕って呪いの才能もあるのかも!」
こんな楽観的なことを言いつつ、気になりだしたことがあった。
「ヤージェが人を食べちゃったら大変だ!」
ようやくして彼は火の魔獣を飼っていることの重大性・危険性に思い至ったのであった。王・ディナミスによるごく短い講義とそのとき課された宿題はカミットに目標のみならず気づきを与えたのであった。
知識と技は人が人に伝え教えるものである。カミットはこれまでに様々な先生を得て、彼らに学んできた。分からぬならば、誰かに教えてもらえば良いのだ。
カミットはウグスプ家のドランに話を通しに行った。カミットはドランの私室に入っていって言った。
「呪いに詳しい人を紹介してよ!」
「急に何を言い出すかと思えば」
ドランは知的な雰囲気のある男である。荒くれ者の多い海賊の中では浮いた気配すらある。彼は遺恨のあるカミットに対しても紳士的に応じた。
「その理由を言ってみろ」
「ディナミスが僕にヤージェを躾けろって言うからさ!」
「王の名を軽々しく口にするな。……火の猪か。ここらの呪術師に聞いたとて、あまり良い教えは得られないと思うぞ」
「そんなのわからないじゃん。いいから紹介してよ!」
「お前によくしてやっても、こちらに得はないしな」
「ドランが困ったときには僕も手伝うからさ」
「大暴れして台無しにするだけだろ?」
「そんなことしないよ!」
ドランはカミットの頼みを受け入れなかったが、カミットは駄々をこね続けた。
そこへモノが訪れ、ドランに言った。
「占卜郷にはどうせ行くのではなかったか。毎月のことだろう」
「そこでカミットに暴れられては困る。先方もどう対応するか分からん」
「火の猪は王の関心事だ。王は一から十まで指示を与えるお方ではない」
「お前もついてくるなら考えよう」
「私に君たちのお守りをしろと?」
「俺はジュカ人の子供を連れて占い師に会いに行くほど大胆ではない」
こうして話がまとまると、カミットは「やったあ! ありがとう!」と大声で言って喜んだ。
※
霧が立ち込める海に向かって船を出し、不安の中を当てもなく進み、そうしていくと忽然と巨獣の骸が現れた。島のように大きな怪物の骸骨は実際にそういう存在がいたわけではない。この島を作った者たちが動物の遺骨を集め続け、それを数百年に渡りくっつけ続けて、ついには島をも食らうような巨獣の姿を象ったのであった。
ヨーグ人の一派が作り上げたその秘境は、
占卜郷と言う。
希少人種であるタコ族の者たちはよくいるヨーグ人とは違った見た目をしている。タコの顔をして、全身はぬらぬらとてかり、長い手足がスカートのようになって体全体を覆っている。
カミットは彼らをひと目見たとき、大変に失礼なことであるが、呪いの化身と勘違いした。ドランが郷の門兵に挨拶をしているのを見て、どうやら人であるらしいと理解し、こんなにも違った見た目の人種がいることに衝撃を受けた。
ドランが事前にカミットに注意していたことには、
「タコ族の占い師はヨーグで最も特別な存在だ。彼らの占いは海賊の都の海賊五家族ですら無視できない影響力がある」
カミットはこれを聞き、すかさず聞いた。
「ディナミスは?」
ドランは質問の意図を理解しなかった。
カミットは言葉を付け足す。
「ディナミスも占いを信じてる?」
「王はヨーグではあるけれど、育ちが違う」
「そっか。やっぱりね」
ドランは早くも心配しだして、カミットに重ねて注意した。
「占いを軽んずる発言や態度は厳禁だぞ?」
「そんなこと分かっているよ」
カミットは軽く流そうとした。
そのあといよいよ巨獣の骸の口の門に入っていこうというときに、ドランが一度引き止めて、カミットをまっすぐに見た。
二十五歳のヨーグの海賊若頭は精悍だった。青い鱗の肌、手足のヒレは戦いや訓練によって傷だらけである。ただし乱暴に奪ってきただけでの男ではなかった。それは守護者の勲章だった。面立ちには意思の強さが滲む。海賊の跡取りでありながら、瞳の奥には知性の火を燃やす。
「ここで騒ぎを起こしたり、偉大な占い師たちを怒らせないと誓えるか?」
カミットは緊張しつつも軽く応じた。
「うん。いいよ。誓う」
「その約束を何に誓う?」
「どういうこと?」
「お前の最も大切な人を思い浮かべろ。その人に対し約束するのだ。お前が誓いを破れば、その報いがお前の最も大切な人を悲しませることになる。悲劇は避けられず、愛する者とは永遠に離れ離れになる。だからこそその誓いは混沌とした世の中で唯一の確かな楔になるのだ。約束は法であり、誓いは運命を決定する。その根底には愛がある」
どうやらよっぽど信頼されていないのだと思い、カミットは内心で腹を立てた。とは言え、ドランの語りは高尚であり、不思議と耳障りが良かった。
カミットは育ての親であるネビウスを思い浮かべた。太陽のような赤髪と日焼けした肌、溌剌として活気に満ちた人。いつもカミットに優しくほほえみ、惜しみない愛をくれた人。
「ネビウスに誓うよ」
「母か?」
「うん」
「よし。約束だぞ」
「分かった」
このやりとりを古来人のモノは黙って眺めていた。彼女はあからさまに白けた様子で目を細めたのであった。モノが「まるで幼子の言い聞かせだな」と呟くと、カミットはこれを聞き逃さず、「僕はもう大人だよ!」と言い返したのであった。




