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ネビウスクロニクル  作者: 石井
海賊の都編
230/259

第230話 人々の海(4)

 カミットにしてみればハルベニィを侮辱した相手にはどんな報復も当然すべきことであった。

 しかし一家ファミリーおきてでは新参者が元々いた兄貴分を半殺しにするなど許されざることであったし、その原因ともなったハルベニィまでもがカミットを理解しなかった。

 ハルベニィは疲れ果て、諦めた様子で、

「お前、殺されなければいいけどな」と言った。

 カミットは心外に思って言い返した。

「なんでよ! 僕は間違ってないよ!」

 ハルベニィを思ってしたことが理解されないどころか、非難までされたのではカミットにはたまったものではなかった。

 このときカミットは上手く言葉で説明できなかったものの、彼自身の行動には完全な正当性があると確信していた。あけすけに言えば、海賊風情がカミットと親しい人物を悪く言って良いはずがないのであり、そのようなことをした者には当然の罰が与えられるべきなのだ。ただしそのことをハルベニィの気持ちを傷つけないように伝えることは困難だった。カミットは海賊たちを心底から自分よりも下位の存在であると見なしていたが、どうやらハルベニィは育った環境もあってか、そういう風には見ていないようだったからである。

 いずれにせよ環境の変化は避けられず、これまではドランがカミットの世話をしてきたが、その関係に亀裂が入ってしまった。ドランはカミットに外出を禁じ、今後処分を伝えると述べた。

 そして事件の翌日。

 シレが死亡した。シレというのはカミットがボコボコに殴った例の男の名であり、ドランの子分の一人である。彼はウグスプの家系者ではなかったが、一家ファミリーに長年仕えてきた一族には違いなかった。いざこざで怪我をする程度ならともかく、死んでしまったとなるとややこしい。

 このことを聞いたカミットは「へぇ。そっか」と言っただけだったが、ハルベニィは血の気が引いていた。彼は座敷でごろごろしているカミットにつかみかかって言った。

「海賊や盗賊なんてのは馬鹿なクズばっかりだが、ああいう連中は義理とか友情とかをクソみてえに信じてる! お前は殺される!」

「ふぅん。そっか」

 カミットはよっこらせと起き上がった。

「おかしいな。死ぬ感じじゃなかったけど」

「阿呆か!? お前、無茶苦茶殴っただろが!」

 二人が言い合っていると、そこへ古来人のモノが訪ねてきた。カミットは好きではない人物を見ると、あからさまに態度を悪くした。

「今忙しいんだけど!」

「処罰を待つだけの身でかい?」

 カミットは驚いてしまって、モノに詰め寄った。

「ええ!? ドランはそういうつもりなの?」

「なぜ許されると思ったのか?」

 モノが指摘すると、ハルベニィも疲れ顔でうなずいていた。なおもカミットは納得しない。

「だって僕悪くないし。死ぬほどは殴ってないんだよ」

「それは君の主観だ」

「死ぬかどうかくらい分かるよ。僕は魔人との戦いで死ぬ人たちをたくさん見てきた」

「ほう。君は本当に戦士なのか?」

「僕は終わりの島(エンドランド)の魔人殺しの英雄なんだってば!」

 モノはあごを撫で、不敵に笑った。

「そういうことなら教えてあげても良いだろう。たしかに君はシレの死亡に対してはおそらく責任はない」

 モノは語りだした。シレは路地裏で倒れて死亡しているところを昨夜発見された。カミットが言った通り、シレはたしかに重症を負ってはいたが、死ぬほどの怪我はしていなかった。そうだというのに、シレは死体で発見された。そして誰も、シレが死んだところを目撃はしていないのである。

「私が見たところね、シレの頭部や体の打撲痕は何かの棒によって作られた。つまり拳以外の何かが凶器として用いられた」

「そっか! じゃあ僕がやったわけじゃないってことがはっきりしたね! ドランにそう言っておいてよ!」

「しかしドランにしてみれば、君が厄介者のトラブルメイカーであることは間違いない。彼はきっと君を遠ざけたいと考えるだろう」

「なんでよ!」

「この後の展開については、おおよそ予想が付く。きっと夜明けまでに密使がやってきて、君に言うだろう。ウグスプ家にては殺されるから、我が一家ファミリーかくまってやろう、とね」

 ここまで語られると、ハルベニィが察した。

「どう考えてもそいつらがシレを殺しているじゃねえか」

「しかし客観的にはカミットが殺している。親切な連中が手を差し伸べてくれるのだから、その手を取らない手があろうか。どうだろう? カミット、試しに敵の思惑に乗ってみるというのは?」

「なんでよ! モノがドランに説明してよ!」

 このようなことになり、ハルベニィはすっかり憂鬱になってうずくまり、ぶつぶつと呟いた。

「殺人なんてとんでもねえおきて破りだ。そいつらは月の化身(ルナテイア)の目をごまかせると思ってるのか?」

 これを聞いて、モノが古来人らしからぬ様子で意地悪く笑った。彼は皮肉たっぷりに言ってのけた。

「ここは中ツ海(オケアノス)だ」



 カミットとハルベニィはウグスプ家を脱出し、リノロ一家ファミリーに迎え入れられた。セスウという名の中年男がリノロ家の頭領であり、彼はカミットの肩を抱いて語りかけた。

「お前はなかなかに骨のあるやつだと聞いている。ウグスプ家長男であるドランの直属の弟分を殴り殺すとは見上げた根性だ。お前の勇気は並大抵のことではないぞ」

 これに対し、カミットは素っ気なく言った。

「殺したのは僕じゃないけどね」

「お前に向いた仕事を手配してやる。最近なぁ、トントリ家が俺達の縄張りに入ってくるようになったのだ」

「自分たちで追い出せば良いじゃん」

「血で血を洗う闘争は誰も望まない。お前の木の妖術ならば良い脅しになるだろう。トントリ家はお前の不可思議な力を恐れ、俺達に喧嘩を売ることはなくなる」

 カミットはこのろくでもない頼みに応じるつもりは全く無かった。

 しかしハルベニィが会話に割り込んで、

「分かった。カミットには働かせる。必要なときに声をかけてくれ」と勝手に了承してしまった。カミットは近頃トラブル続きであることをハルベニィに申し訳なく思っていて、ここは折れることにしたのであった。

 その翌日、カミットにリノロ家における初仕事が命じられた。

 最近になって貢納先をトントリ家に切り替えた家々を回って、彼らを脅しつけるという仕事である。結局は訪れた家の者たちを殴る蹴るして暴力的に言うことを聞かせるという内容であり、カミットには到底許容できるものではなかった。この時点ではまだハルベニィとの生活を安定させることを第一にし、カミットは海賊たちのやりたい放題を黙認した。ただし「お前も殴れ」と言われたときには断固拒否した。

 その他の仕事としては、一家ファミリーの縄張りに侵入した他の海賊を捕まえて、制裁するというものもあった。これもまたカミットには興醒めであり、つまり多人数で無抵抗の相手を暴行することに彼は加担しなかった。

 こうしてカミットは新たな就職先でも孤立することになった。彼は兄貴分の言うことを聞かない問題児と見なされ、周囲からも嫌われてしまった。

 頭領のセスウはカミットの期待はずれぶりに失望していたが、それでも最も重大なときには、その直前にカミットを呼び出して念押しした。

「トントリ家がとうとう本気になった。連中は兵隊を出してくるだろう。お前はここで結果を出せ。さもなくば分かっているな?」

 ここまで言われてもカミットは最初の内はやる気がなく、現場に行ったとしても、いつも通りに眺めるだけで終えるつもりでいた。

 ところが、今回の仕事はいつもと相手の質が違っていた。

 敵は武装した数十人の海賊たちであり、この者共がリノロ家の縄張りの市街地に侵入して、大暴れしだしたのである。

 これに対して、カミットと共に迎え撃つ海賊たちもまた数十人である。

 男たちが気合の大声を上げて、激突するのだ。

 戦いの熱気はカミットの胸を高鳴らせ、大いに興奮させた。こんな面白いもよおしに参加しないなどということはあり得なかった。

 カミットは久々に雷の短槍を持ち出し、戦闘に参加した。入り組んだ路地のあちこちで男たちが戦っており、カミットは乱戦の中に入っていって次々に敵を突き殺した。ときどき森の呪いを使いはしたが、それは弓矢を作ったり、移動や回避、あるいは目くらましのためであった。巨樹を生み出して一気に薙ぎ払うというような、そういうつまらない事はしなかった。最終的にカミットの戦果は七人であった。

 英雄カミットの活躍はただちにセスウに認められ、一家ファミリーの海賊たちからも称賛を贈られることになった。

 再び英雄の名を手にした、その日の晩のこと。

 カミットは気分を良くしてハルベニィに語った。

「やっぱり僕って戦いが得意なんだよね。魔人だっていっつも僕がトドメを刺してきたし、そういえば本当は継承一門(カイラ)にも入れてもらえそうだったんだって!」

「そうだな。……お前は大したもんだよ」

「ハルベニィのことは僕がちゃんと守るから、安心して大丈夫だからね!」

 このようにしてカミットは本来の得意分野において結果を残したことで、リノロ家における地位を確立したように思われたのであった。

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