第228話 人々の海(2)
カミットとハルベニィは海賊に捕まり、軟禁された。それなりの客室や食事がきちんと与えられ、二人は苦しい思いはしなかった。
ただしやはり外出は禁じられた。カミットは部屋に閉じ込められてから一日も経たない内にそわそわしだして、閉ざされた空間で何もしないでいるのに耐えられなくなり、どうにかして扉を壊して脱出しようと考えた。
これに対してハルベニィは、
「大人しくしておけよ。次はマジで殺されるかもしれねえ」と言って宥めた。
それでも二日目にはもうカミットは限界であった。彼はハルベニィの制止を無視して、実力行使に出ることを決心した。部屋の椅子を持ち上げ、それを扉に向かって投げつけようとしたときであった。
扉は外から開かれ、いかにも麗しい見た目をした、古の民である青年が入ってきた。彼はモノという名であり、海賊といかにも親しげであった。彼はカミットを見て、一言述べた。
「古来人の弟子にしては洗練されていないようだ」
この部屋に軟禁される以前に、ハルベニィはカミットが古の民の子息であると海賊に伝えていた。それを受け、実際に古の民であるモノが呼ばれたというわけである。
カミットは椅子を投げるのは止めて、この訪問を喜んだ。
「僕はネビウス・カミット! よろしくね! 君はネビウスの友達?」
モノはカミットとの最初の接触をその場で次のように評価した。
「カミットには我らの同胞に育てられた少年に時折見受けられる、ある種の無尽蔵の前向きさが感じられる。彼は海賊の捕虜になっていることの深刻さをどうとも思わない大胆さを持ち合わせているようだ」
カミットはこの発言を最初は好意的に受け取ったが、ハルベニィがよく解釈をし「要するに、バカってことだろ?」と述べた。カミットが怪訝にモノを見ると、彼は「そういう言い方もあるな」と肯定したので、カミットは早くも彼のことを嫌いになった。
ともあれこの古の民であるモノが金銭を支払ったことで、カミットたちは海賊の都にて、一応は自由の身となった。一応とつくのは、カミットたちは海賊一家「ウグスプ」の末端構成員として、当面の間働くことになったのである。構成員は一家の要請に応え、仕事をこなさなければならず、そういう意味では完全に好き勝手できるわけではなかった。
土地に不慣れなカミットたちの面倒を見たのが、古の民の青年モノとウグスプ家長男のドランであった。モノは中ツ海の古の民やその他の幅広い情報を与え、ドランは海賊の都における仕事や生活の基本的な面の指導を与えた。ハルベニィは熱心に彼らの話を聞いたが、カミットは気ままな街歩きをしてばかりであった。
ハルベニィは情報を学び、それをもとに商売の足がかりを得るつもりでいた。ところがカミットがそれに全く協力せず、当てもなく街をぶらついてばかりいる。
こうして二人の協力生活は一ヶ月と経たず、最初の危機を迎えた。
その日もカミットは遅くまで出歩いていた。彼は夕方にウグスプ家の借屋に帰ってきて、居間で寝転びながら生魚をそのままばりばりと食べていた。そんな彼にハルベニィが怒って言った。
「お前はこのなんにも分からない土地で遊び暮らして良い身分だな!」
「急にどうしたの?」
「毎日毎日ほっつき歩いて、何にもしてねえだろが!」
「なんでよ。僕だって、色々見てきているよ」
「ほう! それで何が分かったってんだ? お前が調べてきたことでどう商売するんだって?」
カミットはハルベニィの剣幕をへらへら笑って受け流した。カミットはぼんやりと散歩しながらではあるが、彼なりの考えを得つつあった。
「商売っていうかさ。あのさ、中ツ海のヨーグは大多数が下級市民で、ほんの一部が海賊五家族とその流派家系でしょ。聞いたらさ、皆に鰓切りをさせてるのはこの五家族なんだって!」
「それがどうした? お前、まさか、そんなどうでもいいことをまだ……」
「どうでもよくないよ。ヨーグは泳いで漁をする方が断然良いのに、鰓を切られているから、息継ぎをしなくちゃいけなくて本来の水中での能力を活かせない。そのせいでこの土地のヨーグ人は効率が悪い漁をしている。しかもその少ない稼ぎを重たい貢納で圧迫されているんだ。悪い掟は辞めさせるべきだよ」
「……それは、たしかにそうかもな」
ハルベニィは唇を噛み、ふうと深く息を吐いてから言った。
「政だとか、勢力争いだとか、そういうのは俺には関係ないことだ」
「関係あるでしょ。商売はその土地で得られた物を移動させる仕事なんだから。その土地で得られる物が多いか少ないかは大きく影響するよ」
「違えよ。すでにある物を移動させるだけだ。わざわざ作るのは農家や漁師の仕事だ」
「僕はそうは思わないな」
カミットは一歩も譲るつもりがなかったし、ハルベニィはカミットが言い返してくるのに腹を立てた。
ここからはお互い言いたい放題の口喧嘩である。
「お前は俺より商売のこと分かっているつもりか!」
「こんな何も分からない土地じゃお互い一緒だよ!」
「言いやがったな、てめえ! お前一人だったら、とっくに海賊に殺されているんだぞ! 誰が上手く言いくるめてやったと思ってる!?」
「逆だよ。僕はどこ行ったって大丈夫だよ。だって僕は本当に大変だったら、ヤージェもいるし、最期は森の呪いがあるし」
「んなっ!? お前!」
「ハルベニィの方が一人だったら、どうにもならないでしょ。それなのに僕に怒ってこないでよ。僕は僕のやり方があるんだからさ」
ハルベニィが言い返せなくなり言葉に詰まっていると、カミットはさらに追い打ちをかけた。
「そもそもさ。僕が牢獄の都で助けてあげたのに、なんだか偉そうにされて嫌だな!」
ハルベニィはショックを受けた様子で、何も言えなくなって部屋から出ていってしまった。そしてそれからしばらくの間、ハルベニィは家に帰らなくなった。
※
「まさか彼女が彼女であったなんてね。私は驚いたよ」
古来人のモノがカミットが暮らす長屋を訪ねてきて、このように述べた。カミットはハルベニィの話を出されるとすぐに不機嫌になった。カミットは座敷で肩肘を付いて寝転び、いかにも態度を悪くして応対した。
「急になに? 朝から何の用?」
「男っぽい話し方だったし、見てくれも男の子のようだったからね」
「ハルベニィの見た目の悪口は許さないよ」
「彼女は彼女と呼ぶべき女人なのだろう?」
「それがどうかした?」
「では間違いないんだね」
「どうでもいいことだけどね」
「ところがそれは重大な問題なのだ。中ツ海では、女で一人前に振る舞って良いのは我々かプラテネの高級娼婦くらいのものでね」
モノが我々と言ったら、それは古来人のことであった。程度は違えど、終わりの島にはも似たような性差の問題は存在していた。カミットはネビウスという古の民の母に育てられたこともあり、モノが示唆することは速やかに理解した。
「ハルベニィは男扱いされたいんだってさ。それで良いじゃん」
「彼女がそうであると明らかになった場合には周囲の反発は少なからずあるだろう。中ツ海の男というのは、市民戦士か、あるいは奴隷かの二択だと思ってくれ」
モノはカミットのふてぶてしい様子を眺め、
「君は大丈夫そうだが」と評した。
結局、モノが何を言いたいのかはカミットには分かりづらかった。それで直接的な聞き方になった。
「僕にどうしろって言うの?」
「どうともないが、今はハルベニィが私のウグスプ家の客間を占領していて、非常に迷惑している。成人した女である以上、誰かしらが所有してやらなくてはならないが、君がその責任を負わないなら、すぐにも追い出すつもりだ」
ここまで言われると、カミットはようやく察した。
「ええ!? 僕とハルベニィが結婚しろってこと!?」
「そうは言っていない。君には選ぶ権利があるだろう」
カミットは腕組みをして悩み始めた。
「でもさ。ハルベニィは僕のこと全然好きじゃないんだよ! この前も喧嘩しちゃったし。牢獄の都ですごい頑張って助けたのに、お礼も一言も言ってくれないし!」
モノはカミットの言いっぷりに大いに首を傾げた。
「……好きではない、というのは?」
「そのままの意味だけど」
「それに何の意味が?」
「んん? 何言ってるの? 愛し合う恋人どうしが結婚するんだよ。当たり前じゃん!」
カミットは自信満々で言ってのけたが、モノはこれを聞いて失笑した。モノはあまり感情を見せないが、時折カミットを馬鹿にするときは楽しげであった。
「君の意向は分かった。ああ、そういえば、君は何歳だったかな?」
カミットは歳を聞かれると、毎年の楽しみであったネビウス家の誕生日会が今年は失われたことを悲しく思い返した。それでも彼はその成人の年齢を誇りを持って述べた。
「十四歳!」
十四とは紛うことなき大人の歳である。成人として様々な権利と義務を享受できることが、カミットには嬉しくてたまらなかった。彼は早く大人になりたいと願い続けて、この数年を過ごしてきたのだ。
その翌日のことである。
ハルベニィがむすっとして拗ねた様子で帰宅した。カミットは喜んで彼を出迎えたのだが、ハルベニィは家に入るなり捲し立てた。
「この土地はクソだ! 終わりの島よりはるかに終わってらぁ! あのモノの野郎が、俺に言いやがったのさ。人並みに生きたきゃ、誰かしらの女になれってよ! クソ! クソ! 俺はそんな下らない運命になるために生き延びたわけじゃねえはずだ!」
カミットはとりあえずはハルベニィに言いたいだけ喋らせておくことにしたのだが、そのハルベニィが何かを言い出そうとしては、キイキイと叫んで止まらない。カミットは同じ屋根の下でハルベニィのパニックに付き合っていられなくなり、もしかしたらと思ったことを彼の方から提案した。
「一応、結婚してたってことにする?」
ハルベニィは急に大人しくなり、ぼそぼそぶつぶつ言った。
「……俺は生涯誰の妻にもならねえ、子供も産まねえと決めてたんだ」
「本当は結婚してないけど、してたってことにする?」
「……キスもセックスもしねえからな」
「分かってるよ」
「絶対だからな! 指一本でも触れたら寝ているときにお前のチンコ切り落とすからな!」
こうして二人は役所的には婚姻関係ということになった。




