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ネビウスクロニクル  作者: 石井
牢獄の都編
221/259

第221話 最期の牢獄(7)

 呪いが世に蔓延はびこり、生き物を呪いの化身けしんに変貌させる。命ある存在には一つとして例外はない。

 呪いに侵された人間は徐々に正気を失い、やがてその姿まで恐ろしい有様に変貌して、人を食べる怪物になってしまう。そういった者たちを野放しにしておくわけにはいかず、終わりの島(エンドランド)では犠牲の儀式によって調和を保ってきた。

 犠牲の儀式は多くの地域では祝祭と同一視されている。世に残る人々にとっては、呪いの化身を自然に返すことは安全と平和という具体的な利益に直結するのであり、大いに祝うべきことであったからだ。

 ところが牢獄の都(ラクリメンシス)で犠牲の儀式を祝祭と呼ぶ者はいない。祝祭は他の都市ではご馳走や宴会を伴うが、牢獄の都(ラクリメンシス)では犠牲の儀式の主旨がそもそも違うのだ。この罪人たちを閉じ込めた都市において、犠牲の儀式を一言で言えば、罪人の一斉処刑であった。市民にとって冬の終わりの年末は一年で最も恐ろしい期間であり、祝うべき祭などでは決してなかった。

 年末が近くなると、街のあちこちの広場で木組みの台が設けられ、天秤てんびんが置かれ、椅子がちょこんと置かれる。

 それは儀式のための簡易的な裁判所であった。

 年末までの七日間の間、毎朝早くから遅くまで裁判が行われるのである。

 裁定官の椅子に座るのはうさぎの仮面を付けたプロメティアである。

 金色の髪の女の子たちが神官(ドルイド)を引き連れて現れると、それを見た人々は恐怖し、これから来る自分の罪の裁定が少しでも良くなることを祈る。

 一方で、自分の裁判が終わった者や、元々罪の軽かった者や 牢獄の都(ラクリメンシス)に生まれ育った者などはいくらか気楽である。こういった者たちは裁判を見物しに来るとき、彼らが楽しみにしているのは重罪人の裁判である。

 その日も町外れの広場で、裁判が行われていた。その罪は殺人であった。

 天秤の片方には罪人の腕輪、もう片方には罪の重しを置いて、その釣り合いによっていかなる罰を与えるべきか判断する。

 そしてプロメティアが告げる。

「死刑。串刺しの刑」

 これを告げると、見物人たちは大盛りあがりになった。

 背後に控えていた神官(ドルイド)たちもまた静かにざわついた。牢獄の都(ラクリメンシス)で串刺しが行われることはほとんどないからである。

 するとそのプロメティアが説明を付け足した。

「今回の罪人はブート人よ。ブート人たちはよく串刺しをするのよ」

 これに対し、そのブート人の罪人が申し立てをした。

「それは南の田舎者どもの野蛮な風習だ!」

「殺人者にはそれくらいやってちょうど良いわ」

 ここで神官(ドルイド)が進言した。

「毒薬の処刑にすべきでは?」

「だめよ。楽に殺してはいけないわ。生きたままで口からゆっくりと槍を突き刺しなさい。お尻まで一本で貫くのよ」

「……ではそのように」

 そのプロメティアこそはミーナであった。

 ミーナはプロメティアの努めを果たしながら、ときどきは病気に侵された体を休めた。

 そうして休憩しているところに、カミットとネビウスがやってきた。つい先程の串刺しの裁定について、カミットがアハハと笑いながら言及した。

「ミーナ、さっきのやつ良かったよ! 今まで悪いことしてきたやつが、あのびっくりした顔さ! ざまあみろって思ったな!」

 ミーナは恥ずかしそうに「えへへ」と笑った。

「カミットなら分かってくれると思った」

「そりゃそうだよ。人殺ししてきたやつなんて、全員串刺しにして、見せしめにするべきだよ。もっと重いやつでもいいと思うよ!」

「処刑の前に拷問するとか?」

「そう、そう」

 カミットとミーナがきゃっきゃと喜んで話していると、ネビウスは彼らを困り顔で眺めていた。

 ミーナはネビウスの様子を伺い、不安げに聞いた。

「お母さんは私の裁定は合っていたと思う?」

空の都(パラテラ)なら、よくある裁定よ」

「そうよね。よかった!」

 ここでカミットも言った。

「重い刑があるって分かっていれば、悪いことするやつが減るだろうしね!」

 カミットはいかにも当然のことを言ったつもりでいたが、ネビウスは作り笑顔をしたままで「そうとは限らないんだけどね」とだけ述べ、決して頷きはしなかった。カミットはネビウスに少なからず苛立ったが、言い争いもしなかった。

 カミットとネビウスが帰ろうとしたとき、ミーナがネビウスに聞いた。

「今年のお誕生日会はどうするの?」

「そうねェ。忙しくて出来ていないけれど、やるつもりではいるわ」

「できれば儀式の前がいいな」

「儀式の日の前の夜にしましょうね」

 ネビウスが告げると、ミーナはほっとした顔で笑い、体を休めるために眠った。



「はい、はい。そういうことでございますので、生贄の姫君の御亡骸を大神殿に運ばねばなりません」

 彼はいかにも怪しげな男であったが、兎の仮面を付け、長衣ローブを着ていたので、神官(ドルイド)に違いなかった。彼は一人でみさきにある継承一門(カイラ)の駐屯地までやってきて、犠牲式の最重要行事である守り子の選定について説明したのであった。

 ところがレッサもイヴトーブもこのことに納得しなかった。

 レッサはその神官(ドルイド)に対して、高圧的に述べた。

第二剣師(カンセイヴァ)の遺体をわざわざ移動させる必要はない」

「ええ、ですが、それが伝統でございますので」

「間違った風習は改めるべきね。今年から取りやめにしなさい」

「例年と異なるやり方をしては、どのような災いが起こるとも分かりませぬ」

「同じことを何度も言わせないで。遺体の管理は継承一門(カイラ)が行う。あなた達が理解すべきことはそれだけよ」

 レッサがぴしゃりと言い切ったところで、イヴトーブが柔らかく言った。

神官(ドルイド)よ。呪いの巡りが乱れているのだ。始まりの守り子の遺体はそれに大きく関わっている可能性がある。すまないが、今は我々が常に見張っていなければならないというのが、太陽の都(ソルガウディウム)の判断だ」

 すると神官(ドルイド)がぼそりと言った。

「見ているつもりでも、その目は何も見えていないだろうに」

 イヴトーブは緊張した面持ちになり、神官(ドルイド)にらんだ。彼が何かを言おうとしたとき、レッサは既に剣を抜いていた。

「伝達係の神官(ドルイド)が出すぎたことを言わないのよ。夜の呪いで頭がおかしくなっているならなおさらね。私達はいつでもあなたたちを斬ることが可能なのよ。月の神官(ドルイド)は立場を理解すべきだわ」

 神官(ドルイド)は剣を突きつけられると、途端にへりくだった態度になり、ぺこぺこと謝って、その場を去った。

 その神官(ドルイド)が帰った先は神殿ではなかった。隠された通路の先には地下の古代遺跡があった。その仮面が放り捨られると、森の魔人の蜘蛛くもの顔があらわになった。彼は普段から世話を見ている呪い子であるミヤルとジオクラテルに言った。

「また取ってこなくてはならない物が増えた。今回の荷物は重大だぞ」

「呪いの舌の本来の持ち主?」

 これを聞いたのは白毛のコーネ人の少女であるミヤル。

 森の魔人は「そうだ」と言った。

「かつて最も多くの呪いを切り捨てたお方」

「怖いわ。大丈夫なの?」

「目覚めるなり、我々は殺されるかもしれぬ」

「それなのにどうして?」

「さァな。呪いがそれを命じるのだ。何か意味があるのだ。全ての呪いはあの御方に通ず、と古き書物にもある」

「書物?」

 森の魔人は不思議がるミヤルを覗き込み、

「お前は馬鹿だな。本当に何も知らぬのだから」と言った。

 こうして二人が話している横で、ジオクラテルは一人で一心不乱に石のとうを積み上げていた。ジオクラテルはジュカ人とヨーグ人の親の間に生まれ、さらに育ての親は森の狼たちであるため、人の言葉を話せないし理解もできない。その彼が何やら人間めいた作業に取り組んでいるのだ。これを見た森の魔人はミヤルに聞いた。

「アレは何をしている?」

「この前、ネビウスに教わった遊びよ」

「ほう。獣が遊びを理解したのか?」

「ネビウスは彼としゃべれるの。不思議よね」

 すると森の魔人はジオクラテルが気に食わなくなって、彼が作っていた石のとうを蹴飛ばして壊してしまった。ジオクラテルはきゃんきゃんと高い声で叫んで、森の魔人に威嚇いかくした。

 森の魔人は一切悪びれることなく、ジオクラテルに言った。

「獣は獣らしくしていろ。お前は純粋な呪い子であるべきなのだ」

2024年2月4日:(さらに下記訂正あり)人物名「ミャクラ」を「ラヴィコ」に変更しました。

2024年2月10日:人物名「ラヴィコ」を「ミヤル」に変更しました。

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