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ネビウスクロニクル  作者: 石井
牢獄の都編
220/259

第220話 最期の牢獄(6)

 つい先日、月追い(ルナシーカー)がプロメティアたちの召使いのように現れ、主人の意図に忠実に従い、牢破りの罪人を追い回したことがあった。

 これは普通の現象ではなかった。なぜならば、月追い(ルナシーカー)は古き処刑人たちの影と考えられてきて、彼らの殺戮行為は罪人に対してのみならず、平穏に暮らしている市民にも及ぶことが多々あったからである。月追い(ルナシーカー)は古き森の一族が残した負の遺産であり、この恐ろしき殺人者たちが存在する以上、それに対抗する者たちが必要と考えられてきた。

 そのために生まれたのが創設者の家名を冠する戦士集団、継承一門(カイラ)である。継承一門(カイラ)の戦士は剣の精霊に見初められた者のみから選ばれ、彼らがさらに生涯をかけて鍛錬を積むことで、月追い(ルナシーカー)に対抗し得る戦士となるのである。

 その継承一門(カイラ)を統率するのが、十二人の責任ある戦士たち、十二エト剣師セイヴァである。

 今、牢獄の都(ラクリメンシス)には二人の十二エト剣師セイヴァが他の剣師セイヴァや弟子たちと共に滞在していた。

 十二エト剣師セイヴァのレッサとイヴトーブは連日起こる呪い騒ぎや月追い(ルナシーカー)の出没に悩まされており、彼らはネビウスに日常的に相談していた。ネビウスは快く応じていたが、彼女がさして役に立つ助言をするわけでもなく、特にレッサが苛立ちを溜めていた。

 レッサは青い花髪かはつと緑の肌をしたジュカ人の女性であった。ほとんどがコーネ人かブート人、あるいはヨーグ人の男性によって構成される継承一門(カイラ)においてはジュカ人でしかも女性というレッサは際立った存在だった。

 さらにレッサの出自は今は滅びた森の王家である。全てのことが特別な人、それがレッサだった。彼女ほど数奇な運命の中に人生を歩む人は他にいなかった。

 そのレッサを破滅の運命から救い、守り、育てた人物がネビウスだった。

 二人は実に十年もの間を共に過ごした。その関係は決して浅くはなく、強い絆があるはずだった。

 しかしおよそ十四年前、ネビウスはレッサが成人してしばらく後に姿を消した。彼らが偶然に再会したのはそれから十年後だった。

 レッサはネビウスに反発していたし、ネビウスも歩み寄りはしなかった。今ではかつて親子同然だった師弟が共に過ごすことは、事務的なやりとりを除けば皆無であった。

 そうだというに、その年の冬の終わりの月に、ネビウスが内々にレッサを呼び出して、急に稽古試合をすると言い出した。

「あなたから教わることなど、もう何もありませんよ」

 レッサは稽古場でネビウスに会うなり、このように言った。レッサにしてみれば、剣の達人であるネビウスに試合で勝てるとは思っていないが、彼女は彼女自身に合った戦い方を十分に理解し、知恵と技を必要に応じて活用できている。今更平場でネビウスとチャンバラをしたとて、学ぶことはないのだ。

 一方で、レッサが棘のある物言いをしても、ネビウスは怒ったりはせず、にこにこと笑っていた。

「弟子も連れてきてって言ったよね?」

「ジンには任務があります」

「今度は連れておいで。あっちもちょっと見ておかないとね」

「必要ありません。余計な口出しはしないでください」

「稽古が必要かどうかは私が判断する」

「彼は私の弟子です。あなたの弟子ではない」

 ネビウスはふはっと吹き出して笑った。

「ヨーグの大男を華奢なジュカ女がどう鍛えるって言うのよ。どうせ弟子は我流の力任せでしょうよ」

「その発言は見過ごせません。取り消してください」

「あんたが試合で私に少しでも食い付けたら、心から謝ってあげるわ」

 ネビウスは継承一門(カイラ)の木刀を両手に一本ずつ握った。

 レッサは首を傾げた。

「なんです? それは?」

「両手持ちよ」

「それは見れば分かります」

「さあ、始めましょう」

 言うなり、ネビウスは飛び上がった。

 ネビウスは両手に持った剣を自在に操り、風の呪術で不規則に動き、レッサを翻弄した。ブート人の舞空剣術に近い様子だったが、鳥というようり蝶が舞うような、不思議な動きであった。時折は見えない壁を蹴るかのように、まるで入り組んだ木々が茂る中を登ったり、跳んだりするかのような動きであった。

 ネビウスはレッサを容赦なく打った。レッサは鍛えられた戦士であり、倒れたりはしなかったが、防具の上からとは言え、ネビウスの重たい一撃を何度も受ける内にじわじわと苦しくなった。

 逆にレッサの剣はネビウスに当たることはなく、当たりそうになっても、ぎりぎりのところで紙一枚くらいの差でかすらず、それがネビウスの方ではまた好機となった。

 しばらく稽古を続けると、ネビウスが動きを緩めた。

「こんな感じよ。参考にしてちょうだい」

 レッサはすっかり息が上がっており、ぜえぜえと呼吸しながら聞き返した。

「参考って? 何の?」

「あんたたちがあがたてまつ継承一門(カイラ)の開祖様の感じよ」

「何を言って……?」

「もっとキレが良いかもしれない」

「それは何の予言ですか? 第二剣師カンセイヴァが復活すると?」

「もしかしたらね」

「彼女が自らの系譜の戦士たちに剣を向けると考えているのですか?」

「一門の創設者が今のあんたたちを見て、満足するとは限らないわ。そうなったときに最初に手を付けられるのは間違いなく十二剣師エトセイヴァだわ」

「今の継承一門(カイラ)に不満を抱く? なぜ?」

「なんとなくそう思うの」

 ネビウスは凶兆を示唆するばかりで、重大なことは常にはぐらかした。

 レッサはネビウスを予言者とは思っていなかった。ネビウスはよく未来を見通すこともあるが、多くの場合ではネビウスも普通の人々と同じようにすぐ目の前のこともどうなるか分からずに手探りでいるからである。

 レッサには継承一門(カイラ)の戦士としてやってきた誇りと自負があった。

「もしそういう不吉なことがあったとしても、たかだか一人の人物にどうこうされる我々ではありません」

「あらま。頼もしいわァ」

 この後、レッサはイヴトーブと弟子のジンを呼び出し、ネビウスの稽古を受けさせた。



 牢獄の都(ラクリメンシス)の滞在は数ヶ月になり、ネビウスはこの期間で価値の天秤や古代のほこらの修繕を続けてきた。牢獄の都(ラクリメンシス)をもって、五大都市全てを回り終え、ネビウスは当初予定していた仕事を終えようとしていた。

 後はミーナの行く末を見届けるばかりとなったが、新たな問題も生じていた。

 すなわちみさきの古塔に眠る第二剣師カンセイヴァ遺体いたいが何らかの理由で魂を取り戻して復活するのではないかという懸念があったのだ。実はそれを疑わせる証拠は無く、カミットが第二剣師カンセイヴァの霊と会話したという証言だけがその根拠だった。そうではあるが、その証言は真実味があった。カミットが語ったことは、ネビウスが記憶している第二剣師カンセイヴァの特徴と完全に一致していたからである。

 しかし第二剣師カンセイヴァはたしかに死んだのだ。

 他ならぬネビウスがその遺体を処置し、みさきの古塔に安置したからだ。

 このときネビウスは奇妙な願望を抱いていた。

 もしも故人が蘇るなら、本来有り得なかったような、奇跡的な未来が描けるのではないかと思い始めたのだ。

「もしかしたらカミットと仲良くなるかもしれないし……」

 こんなことを考え、ネビウスは第二剣師カンセイヴァの遺体を処分せずに、その処理を保留とした。

「カミット……、カミットはどうしようかしら……」

 近頃、ネビウスはようやくカミットの今後についても考え始めた。元々の計画では、カミットが成人したら、彼を大地の守り子であるベイサリオンに預けるつもりでいたが、それが上手くいくかは怪しくなっていた。

 というのも、カミットはあまりにもネビウスの言うことを聞かなすぎた。穏やかな日々を粛々と続けていくというようなことがカミットには困難に思われた。根本的にカミットは闘争を求めており、彼は神官(ドルイド)職人組合ギルドよりも戦士階級などの荒くれ者たちと関わることを好んでいた。いくらか成長したとは言え、ベイサリオンの元で大人しく勉強するというような性格とは思われなかった。

 ネビウスはカミットの処遇を考え出すと、どうすべきかが分からず、途中で考えるのを止めてしまうのであった。

 いにしえの民の感覚では数ヶ月や数年というのは一瞬で過ぎ去る。その実はぼんやりと物思いにふけっている時間が多くを占める。

 どうしようかしら、どうしたものかしら、と悩んでいる内に、気づけば冬の犠牲式が数日後に迫っていた。

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