第22話 大地の祝祭(4)「大地の再生」
大地の神殿の地下には巨大な空洞が存在する。都が祝祭で夜通し盛り上がる中、巨大な柱が立ち並ぶ地下空洞を二人が歩いていた。一人は大地の守り子ベイサリオン、そしてもう一人はネビウスである。
しばらく歩いたその先に待ち受けていたのは、苔むした甲羅を持つ巨大亀、大地の化身である。手足と思われる部分は岩のような質感をしており、そのまま地面に繋がっていた。
静かに佇むアウクシャに対して、ベイサリオンは膝を付き、頭を下げて祈った。
「大いなる者よ。私に力を」
一方、ネビウスは立ったままで真正面から見て、親しげに語りかけた。
「友よ。彼に力を」
大地の化身の目がゆっくりと開かれた。見る者に畏怖を抱かせる瞳がぎょろりと動いた。
※
祝祭の翌早朝、人々は寝ぼけた様子ながらも、みんなして神殿に詰めかけていた。これから祝祭の終わりを告げる最後の催しがあるのだが、今年は例年と違い郊外に住む者までもが身分や人種の隔てなく全て招待されて、しかもこの終わりの儀式に参加しない場合には罰則まであった。こういうことは何年かに一度あって、人々は心得た様子でそのときを待っていた。
やがて神官たちの列がやってきた。
その列の最後、豪華な金刺繍をあしらった長衣を着たベイサリオンが神殿から現れると、人々は拍手喝采を送った。
ベイサリオンは六十八歳の老人であった。背丈は他人種の子供のように低かった。成人なのに今のカミットとほとんど変わらないほど小柄なのだ。
小さな体がなぜか異様に大きく感じられる人であった。鍛錬を怠らないので筋は少しも衰えず、立ち姿は熟練の戦士のような風格であったこともそういう印象を強めた。
彼の立つ大地は全て彼の肉体の一部のように思われた。これはなにも人々の勘違いなどではなかった。
この人の真骨頂はやはり優れた土の呪術師としての面にあった。大地の守り子とは土地に根付く呪いの支配者であった。土を巡る呪いの循環は都市の地下に眠る大地の化身を通して、ベイサリオンに集約していた。
人々がベイサリオンに感じていた大いなる存在は大地の化身そのものだったのだ。儀式のために集まった人々はベイサリオンの一挙一動を固唾を呑んで見守った。
いよいよ儀式が行われようとしていた。
ベイサリオンは祭壇の前で長杖を大地に向かって突き立てた。
地面が揺れ始めた。
人々は一心不乱に祈った。
一瞬だけ、揺れがぴたりと止まった。
そのとき歌が響いた。
ふわんふわん、と奇妙な共鳴をする翼獣たちの合唱が都の上空で繰り広げられていた。
これに呼びかけられたらしい鳥たちが荒れ地の全域からおびただしい数が集まってきて、空を黒々と染めた。
「ネビウス! 歌だよ、歌だ!」
観衆の中のカミットは隣のネビウスにはしゃいで言った。
「そうねェ」
ネビウスはカミットとミーナを両脇に力強く抱きしめていた。
「二人共、私に掴まってなさい」
次の瞬間、衝撃が大地を揺らした。
都の揺れは人々が立っていられないほど激しかった。
ところが都の外の揺れ方はそれ以上だった。
大地が目に見えるほど歪んで波打ち、地割れを起こした。地震はあらゆる土壌を破壊し、全ての構造物をひっくり返してめちゃくちゃに粉砕した。
荒れ地に侵食していた呪いの木々や植物は、大地の激しすぎる一撃によって全て吹き飛び、その根まで破壊された。大地の一撃は呪いの発生地である森の迷宮にも甚大な被害を与えた。
こうして祝祭の目的は成った。荒れ地の都は土の支配権を取り戻すことにより、森の拡大を当面の間は阻止できることが期待された。
大地の化身がもたらす大地震「大地の再生」を引き起こせることが、大地の神官の最高位「大地の守り子」の条件であった。
※
都の外は見る影もなかった。畑は荒れ果て、郊外の村々は瓦礫と化していた。
「あーあ。酷いことするよね」
ネビウスは城門まで見送りにきたベイサリオンに冗談交じりに言った。ベイサリオンは良い顔をしなかった。
「我々は初期対応を誤ったからな。痛みを伴う選択ではあったが、早くに手を打つしかなかった。長い目で見れば必ずや正しかったと証明されよう」
「そうね。アンタはすべきことを分かってた。この都の連中はやっぱり運が良い」
「怒りの導者に感謝したい。我々が決断できたのはネビウスのおかげだ」
「それは嫌いなあだ名よ」
「そうかね? 私は好きだ」
大人二人が別れの挨拶を交わしている間、カミットは変わり果てた景色をじっと見つめていた。
ベイサリオンがカミットに話しかけた。
「呪いの力はかくも恐ろしいものなのだ。よく学び、呪いと分かち合いなさい」
カミットはベイサリオンの助言に対して、質問で返した。
「ベイサリオン。大地の化身の力は何回も出せるの?」
「おや。なぜそんなことが気になるのだ?」
「ベイサリオンがこんなことを好き勝手やれるんじゃ、困るよ」
このときベイサリオンのカミットを見る目が変わった。彼は顎を撫でて、頷いて言った。
「人々の力を合わせた、その受け皿が私なのだ。その力を大地の化身に伝え、力を借りた。そう簡単に大地の化身を動かすことはできぬ」
「そっか!」
「しかも祭をただやれば良いというわけではない。人の営みとは、たくさんの時間と労力が注ぎ込まれて成り立つものだ。私達の生活の結晶を集めて、精霊たちに、そして化身に伝えるのが祈りであり、信仰なのだ」
「分かった。ありがとう」
カミットは腕組みをして、何やら考え込む様子で、なおも荒れ果てた土地を見つめていた。
最後にベイサリオンとネビウスがもう一度別れを告げ合った。
「友よ。また会えることを祈っている」
「さよなら、ベイサリオン! また会おう。さあ、行くよ!」
ネビウスが声をかけ、カミットとミーナも荷物を背負って歩き始めた。
荒れ地の都編 おわり




