第217話 最期の牢獄(3)
カミットは牢獄で大暴れしたことで逮捕されてしまった。彼は牢屋に入れられて、三日も不自由でいた。
彼は職人組合職員の腕輪をしていたため、すぐには罪が確定しなかった。
いよいよ罪の計量に取り掛かろうというときになって、彼は急に釈放された。
留置場を出ると、そのすぐ前の通りでネビウスが待っていた。ネビウスは保釈金と和解金を支払うことによって、カミットの罪を取り消したのであった。その金額は普通の市民ではとてでもはないが支払えない高額なものだった。
カミットはそのような事情は想像もせず、ネビウスに先ず文句を言った。
「なんでもっと早く来てくれなかったの!」
いつものことだがネビウスは優しげに語った。
「あの夜は月追いがたくさん出て、街は大騒ぎだったの。私は継承一門とやりとりしていて、何がなんだか分からない状況だったのよ」
「へえ、そうなんだ。でも、もっと早く来てほしかった! 僕は狭くて汚い牢屋に入れられて嫌だった!」
「はい、はい。分かったわ。大変だったのね」
カミットが不満を訴えてもネビウスは相手をしなかった。カミットの怒りは収まらなかったが、今はネビウスに食って掛かるよりも、より重要なことを聞かねばならなかった。
「ハルベニィとバルチッタは大丈夫だった?」
「何のことかしら?」
「んん? そっか! あのね、僕はハルベニィと一緒にバルチッタを助けに行ったんだよ」
「あらまァ」
「それで、僕は二人を逃して、その後も戦ったんだ。でも森の呪いがやる気を無くして、僕は逮捕された」
「そうだったのね。あの二人のことは、私は知らないわ」
「ちゃんと逃げられたのかな?」
「そう祈りましょう」
「うん……」
ネビウスはこの件に関してふんわりとした物言いをするばかりで、もはやバルチッタたちのことを気にかける様子を見せなかった。バルチッタは昔から問題ばかり起こしてきたし、お縄にかかったことも一度や二度どころではなかったので、そういう様子を見てきたネビウスなので、さして驚かないのであった。
そんなことよりも、ミーナが守り子になれるかどうかの方がネビウス一家にとっては先行きがより不透明な問題であった。プロメティアの一人である不思議な女の子が一家に加わったのは三年とちょっと前のことであり、それ以来ネビウスはミーナの世話をよく見てきた。将来的な問題を抱えているという理由から、ネビウスはむしろカミットよりもミーナに対してだけ特別な配慮をしてきたほどである。
縁なき母がかけてきた時間と愛情が結局その娘が生贄に捧げられるためというはずはない、というのが継承一門や太陽の都の見立てであった。
そういった事情があり、この数ヶ月は剣師のレッサやイヴトーブはネビウスの動向を監視しており、密な連絡を要請してきた。ネビウスはその手間を惜しんだりはせず、特にレッサとは最近もよく話し合っていた。
終わりの島にはある伝説が語り継がれている。継承一門はもちろん、太陽の都の知識階級なら誰もが知る物語について、あるときレッサがネビウスに聞いた。
「生贄の姫は目覚めようとしているのですか?」
「急になによ」
「嫌な予感がするのです」
「カミットが変なこと言ったからって気にし過ぎね」
「彼には霊感がありますよね」
「んん? そう思う?」
「王家や古き呪術師たちに通じる神秘的な感覚をカミットは共有している。私は彼があの塔で生贄の姫と話したということを疑っていませんよ」
「我が子ながら、変わった子だからねェ」
「彼には王家の血が流れていると、私は思っています」
レッサが思い詰めた様子で語ると、ネビウスはぱっと笑顔になった。
「あらまァ。あなたの親戚ってこと!? 良かったじゃない!」
「……ふざけないでください」
「ふざけちゃいないけども」
「王家の直接の血筋があの戦争を生き延びたとは思えません。おそらくもっと古い時代の複数の王家の途絶えたと思われていた血筋が繋がっていたのです」
ネビウスはへらへら笑って聞いていたが、ぽつりと言った。
「それは違うと思うけど」
「なぜそう思うのです? 真実を知っているからですか?」
「カミットの花髪は黄色いでしょ」
「ええ。……たしかにそうですね」
「終わりの島の貴種の花髪は青、赤の二色よ」
「それでは彼は何なのです。どうして彼は生贄の姫と共鳴したのですか」
「どんなことにも理屈を付けたがるのはどうなのかしら。それで納得した気になっても、それが真実とは限らないのよ」
結局のところ、ネビウスは何一つ隠された真実のようなものを語ることはなかった。かつての愛弟子であったレッサに対してさえ、ネビウスは秘密主義者で在り続けたのだ。
そういうことでは、バルチッタとハルベニィがどうなったのかについて、彼女が認知していたかどうかもまた明らかにはされなかった。
冬の終わりが近づいてこようというとき、ネビウスはカミットにある助言をした。
「ミーナが守り子としてやっていくためには、あの子をこれからも支えていく環境が必要だわ」
※
冬の終わりには犠牲の儀式が行われる。普通の都市では呪いの化身を犠牲に捧げるが、牢獄の都ではそれに加えて罪人の処刑も兼ねる。後者の方は儀式のときを問わず連日行われており、月の海には冬の季節になると大型の海獣や怪魚が集まってくる。
牢屋に入れられた極悪人たちは市井での暴れぶりが一転して、毎日毎夜いつ自分が生贄の対象になるかと恐れている。
一応、彼らを本当に生贄にするかどうかはきちんと判断しなくてはならず、罪人たちの牢屋には神官やプロメティアが巡回してきて、その罪を改めて確認する。
痩せ細ったハルベニィが閉じ込められた牢屋にも巡回がやってきた。兎の仮面を付けた神官たちと、金色の髪が美しいプロメティアの少女が一人であった。
ハルベニィは鉄の柵に駆け寄って訴えた。
「ミーナ! てめえ、コラァ! このウスノロ! ネビウスにちゃんと言って、俺をここから出せ!」
するとミーナはくすくすと笑った。心底から面白がっている様子で、彼女は愉快げだった。
「ハルベニィ、あなた女の子だったのね」
ハルベニィはミーナの様子に驚き臆した。
「ああん? それがどうした」
「頭が良いハルベニィ。物知りなハルベニィ。話が面白いハルベニィ。ハルベニィ、ハルベニィ……って、いっつも、いっつも……」
「なんだァ? どうしちまったんだ?」
ハルベニィはすっかり怖くなって、柵から一歩引いた。
ミーナの黄金の瞳がハルベニィを凝視した。
「羨ましいわァ。カミットは頭が良い女の子が好きなの」
「えっと。それがどうした?」
「カミットはいつもあなたの話をするわ。彼はきっとあなたが好きよ」
こうなってくると、ハルベニィはミーナの狂気的な様子の原因を察した。彼は焦って釈明しなくてはならなかった。
「あいつはまだ子供なんだ。変に懐かれただけだ」
「いいえ。カミットはあなたが好き。羨ましいわ。……ずるいわ」
「冗談だろ?」
ハルベニィはあらゆる説得文句を思い浮かべ、考えながら捲し立てた。
「お前はとびっきりの美人じゃねえか。それに比べて、俺はほら。親父に似て、こんなブサイクさ。目つきは悪くて、そばかすだらけで、体は痩せてて、俺を女として好きになる男なんてどこにもいやしねえ。
でもお前はマジで絶世の美女さ。カミットだってもうちっと大人になれば、お前の魅力でイチコロだぜ! そんでもって優しくて、控えめなところがお前の魅力だろ?」
「でもカミットは私に贈り物をしてくれたことなんてないのよ」
「えーっと、なんだァ? なんのことだ?」
「私はカミットにたくさんあげたのに……、いっぱい彼のために祈ったのに……」
「それはネビウスの躾がなってねえからであって」
ハルベニィがうっかり口を滑らせると、ミーナは激怒した。
「お母さんの悪口はだめ!」
それだけではなく、ミーナは呪いの電撃を放ち、ハルベニィを痛みつけた。ハルベニィは悲鳴をあげて倒れ込んだ。
ミーナは苦しむハルベニィを見下し、冷酷に告げた。
「あなたみたいな悪い盗人は海の藻屑の刑にすべきね」
牢が開けられ、神官が倒れているハルベニィ近づく。その手にはガラス瓶があり、瓶の中には不気味な液体が自ら蠢いていた。それは原生の水の化身であり、水中に生息するほぼ無害な存在である。
しかしそれが体内に入り込んだ場合では、宿主への寄生により、呪いの伝播を引き起こし、新たな呪いの化身を生むことになる。
ハルベニィは涙を流して懇願した。
「止めてくれ。俺はそんな大罪はやっちゃいねえはずだ」
しかしミーナは残酷に言った。
「牢獄破りは死罪が当然よ。あなたは自分の行いの報いを受けるのよ」
ここに生贄の儀式で捧げられるための新たな供物が作られたのであった。




