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ネビウスクロニクル  作者: 石井
牢獄の都編
212/259

第212話 兎の巣穴街(8)

 地下街のとある屋敷に古代の鏡が持ち込まれた。

 古代の鏡が発掘されたのは初めてのことだった。古代の遺物はいわゆる呪いの道具であり、その取扱いは慎重を要する。それが未知の遺物の場合、安易な起動は危険であり、呪いの効果と返りの検証をしなくてはならない。

 狐倶楽部ウルペスサークルの商人衆は呪いの道具のカタログを作っており、用途不明の遺物が発掘されたときには彼らも効果検証をする。墓荒らし衆は構成員の入れ替わりが激しい一方、商人衆は安定した知識の蓄積に長けているのである。

 屋敷の大広間の真ん中に鏡が置かれており、カミットがそれに触れて起動する。

 鏡がぴかりと光り、カミットが覗き込むと彼の顔を映した。

 黄色い花髪かはつはこの春に咲いて、太陽のようにきらきらとしている。緑の肌はジュカ人によくあるものだが、花髪かはつは非常に珍しい。またジュカ人の髪はそれが花であれ葉であれ、頭頂部を中心に円を描くように生えるのが普通であるが、カミットの髪はひたいの生えぎわから後ろへ流れるように広がっていた。

 カミットは表情をいろいろ変えてみて、舌をべろべろ出してみたりしておどけた。

 そこへグリンベルが近づく。彼はきつねの仮面と呪い返しのマントを身に着けて、完全防備をしていた。

「どうだ?」

「ネビウスが持っている鏡と一緒みたい」

「それだけじゃねえはずだ。こいつは宝物庫にあった秘宝なんだ」

「グリンベルも仮面を外して、やってみたらいいよ」

「安全だと分かったらな」

 カミットはにやりと笑って言った。

「怖いんだ?」

「ああ、怖いぜ。遺物ってのはな」

「ふうん。そっか」

 グリンベルはカミットの頭をくしゃくしゃと撫でた。それから彼は商人衆たちと話しに行った。

 カミットがもう一度鏡を覗き込むと、そこに太陽の化身(スタァテラ)が映っているように見えた。

「あれ?」

 しっかりと見直すと、実際にはいつものカミットの顔だった。彼は見間違えたのだと思い、深くは考えなかった。

 カミットは古代の鏡をいじるのを一旦止めて、商人衆たちの中にいるハルベニィに話しかけに行った。

「ハルベニィ! 元気?」

「おう、それなりだ。お前、グリンベルに気に入られたみたいだな」

「友達になっただけだよ」

「あの怖え男が友達ねェ……」

「ハルベニィは商人衆の組員なの?」

「一応な」

「そっか! だから呪いの道具とかに詳しいんだね!」

「まあな」

「あの鏡は何だと思う?」

「お前が使ってみて、何にも分からないんじゃあなァ。お前には心当たりはねえのかよ」

「うーん。ネビウスが持っている鏡はただの鏡だよ」

 古代の鏡の謎は簡単には明らかにならなかった。

 そのあとハルベニィが帰っていくので、カミットは着いていった。

 二人は屋敷を出て、地下街の通りを行く。並んで歩いていたが、ハルベニィは納得していない。

「お前はなんで俺に着いてくんだ?」

「ハルベニィと一緒だと楽しいから!」

「やれやれ。俺はまだ仕事があるんだぜ」

「手伝おうか?」

「お前はすぐに面倒を起こすだろうが」

「だいたい上手くいくよ?」

「……楽観的なやつだな」

「そういえばバルチッタを全然見かけないね? 商人衆の人たちといるのかと思ってた」

「あァ……。昼間っから飲み歩いてばっかりで仕方ねえよ」

「そっか! でも楽しそうだね!」

「ああ。本当にな」

 近頃はカミットとハルベニィはかなり打ち解けていたが、ハルベニィはバルチッタの話をするときになると、以前よりも暗い雰囲気になっていた。カミットはそのことになんとなく気づいていたが、無遠慮に聞き出すことはしなかった。



 月の半島は年中寒く、季節を感じづらい。地下街ではなおさらそうである。

 そうして日々が過ぎて、こよみの上では季節はいつの間にやら秋になっていた。

 そんなある日のこと、カミットがミーナと一緒に家に帰ると、なんとネビウスとバルチッタが晩酌をしていた。

 バルチッタはハルベニィの父親であり、ネビウスの医師業のかつての弟子でもあった。

 カミットは墓荒らしの仕事に関わるようになったことをネビウスに隠していた。狐倶楽部ウルペスサークルの付き合いのことも秘密にしていた。カミットはハルベニィ経由で普段の生活がネビウスに伝わっていないかとひやひやしていたが、とりあえずは素知らぬ顔でバルチッタに挨拶あいさつした。

「やあ、バルチッタ。元気?」

「おーお、カミットじゃねえか。お前、こんな遅くまでほっつき歩いているのか。この街は危ねえぞ」

 この一回のやりとりで、カミットは何も知られていないと気づいた。彼はいつも通りの感じで世間話をした。

「平気だよ。バルチッタは商売上手くいってる?」

「そんなわけねえだろ。こんなゴミクズ共の街に戻ったことを後悔してらァ」

「へェ。そっか」

 バルチッタはすでに酒に酔っていた。

 ネビウスもぐいぐい飲んでおり、彼女もごきげんだった。

「カミットはミーナと一緒にお勉強してくれているのよ。神殿だったら安心だわ」

「兄妹仲良し。家族も仲良し。良いもんだァな」

「あんたはグダグダ言ってないで、ハルベニィのことを気にかけなさいよ」

「あいつは大丈夫さ。俺なんかいないでも、よっぽど俺より上手くやる」

「情けない父親ねェ」

 バルチッタには何か悩みがあるらしいと、カミットは見て取った。カミットは食卓の椅子に座り、バルチッタに聞いた。

「バルチッタは最近何しているの?」

「ああん? 何もしてねえよ。なぁーんにもな!」

「なんで何もしていないの?」

「なんでだろうなァ!」

 バルチッタはさらに酒をガブガブ飲んだ。

 ネビウスは彼を憐れんで言った。

「酒は楽しむものよ。そんな風に飲むのはよくないわ」

「うるせえ!」

 バルチッタはさらに煙草まで吸った。部屋がたちまちけむりだらけになった。

 ミーナは体調が良くなく、煙でき込んだ。ネビウスはミーナに夕食を食べさせたら、早くに寝室に行かせた。

 そのあともカミットは残り、ネビウスとバルチッタの話を聞いた。

 その途中でバルチッタは急においおいと泣き出して語りだした。

「俺はよォ……、嫁やガキたちのために稼いできたんだ。だって言うのに、あいつらは死んじまった。可哀想になァ……。俺はここで残って守ってやらなきゃいけなかったんだ。俺は馬鹿だァ……。いっつも間違ってばかりでよォ」

「ほーんと、あんたほど馬鹿なやつはいないわ」

「そんな言い方あるかよ! 慰めろよ、ババア!」

「私はあんたの嫁でもお母さんでもないからね。甘やかしたりしないよ」

 この話を聞いて、カミットは衝撃を受けた。ハルベニィはそういう気配を少しも見せていなかったが、その裏では彼は家族を失っていたのである。

 カミットはバルチッタに念のため聞いた。

「本当に死んじゃったの?」

「ああ。死んだ」

「誰かに聞いたの?」

「聞いたし、証拠もある」

 バルチッタは鞄の中から一本の書簡を取り出して、それを机の上に放り投げた。彼はへらへら笑って語った。

「こいつは神殿の土地人名名簿さ。街に住んでいるやつの名前が載っている。古代の文字はわけわからねえが、ネビウスはこいつを読めるんでなァ!」

 カミットはとんでもない物がぽんと前に現れたので驚いてしまった。彼はネビウスの反応を注視した。ネビウスはにこやかに笑っていた。

 バルチッタはさらに言った。

「俺の嫁と子供たちは病気で死んだとさ。そう書かれていやがった!」

 ネビウスはバルチッタにいつにもまして優しげに語りかけた。

「分かったら、とっととこの街から出たら良いのよ。あんたは商売もできるし、医業でだってやっていける。人生はこれからよ」

「だけど、ハルベニィの馬鹿野郎がまだ調べるって言って聞かねえのさ」

「困ったものね。でも名簿のことが分かれば、きっとあきらめるでしょうよ」

「がっかりもするだろうけどな」

「いつかはまた元気になるわ」

 バルチッタは散々飲んで、そのまま眠ってしまった。彼は朝方によろつきながら帰って行った。

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