第210話 兎の巣穴街(6)
グリンベルは地下街を支配する狐倶楽部の中の墓荒らし衆の頭目である。彼はコーネ人クマ族という希少性かつ肉体的優位性により、牢獄の都の裏社会で最上位の影響力を持つ。
この恐るべき男には誰も逆らわず、平伏し従うのみである。
ところが新参者のカミットはそのような慣習を知らなかった。
もはや用もないと思われていたが、カミットは連日のように墓荒らしのキャンプ地に通っていた。前回の盗掘における活躍で、彼は墓荒らしたちから一定の評価を得て、古代遺物の仕分け作業に関わるようになっていた。
数日が経つと、グリンベルが天幕の特等席でふんぞり返っているところに、カミットは談判した。
「今日は支払い日だよ」
グリンベルは首を傾げた。
「ああん? 何言ってんだ?」
「僕は仕事をしたんだから、銀をちょうだい」
「子供が勝手に遊んでただけだろ?」
「僕は働いた。ここの人たちに頼まれて、骨董品をいくつも検査した」
「お前はそれを勝手にやった」
「じゃあ、もう手伝わない」
グリンベルは舌打ちして、周囲を見回した。
「ハルベニィはどうした? 手数料はあいつからもらえ」
「ハルベニィは次の卸しまでは忙しいから最近いない」
「そうかよ」
グリンベルは世話係に指示をして、カミットに銀貨袋を与えた。
カミットはそれを受け取り、すぐに言った。
「ハルベニィの支払いから取ったりしたらだめだからね」
「しねえよ。生意気ばっかり言いやがって」
それから後、グリンベルの近くにはカミットがいつもうろちょろしていた。グリンベルが古代の遺物を見繕ったり、商人との交渉をしているときに、そのすぐそばにカミットはくっついていた。
あるときグリンベルが言った。
「よお、カミット。お前は俺につきまとっているが、だからと言ってお前を頭の会議に連れて行かないぜ」
カミットは生意気に言い返した。
「そんなこと頼むつもりはないよ」
「さてはお前、俺に勝手についてくるつもりだろ?」
「……さァ、どうかな!」
カミットは開き直って、その真意を隠さなかった。このカミットの態度の大きさや生意気さはグリンベルに不快感よりも、それどころか好感をもたらした。
グリンベルという恐ろしき男はカミットを可愛がるまではせずとも、そばにいるときに追い払いもしなかった。彼はカミットを表面的には子供扱いしたが、実際には不思議な見込みのある若者と見なしつつあった。
というのも、カミットはもう十三歳であり、あと半年ほどで十四歳になり、大人になる。そのため年齢的に彼が子供であるということはほとんど意義がなくなりつつあった。十三歳とは世間では父親の手配により、稼ぎを得る準備を進めているはずの年頃であった。保護や指示を必要とする、明らかな子供と見なすべき年齢は過ぎているのである。
グリンベルは酒に酔ったときに、よく一緒にいる女に言った。
「俺にも子供がいたら、あんな感じのができるのか?」
女はからかって聞いた。
「子供が欲しくなっちゃった?」
「あんなうるせえのがいたら、邪魔でたまらん」
こういった心情の変化があり、グリンベルはカミットに牢獄の都市民としての世話をする気になった。
その日もカミットはグリンベルの近くをうろちょろして忙しなかった。彼は遺物の検査をしながら、常にグリンベルの様子を監視していた。
グリンベルはカミットに言った。
「よお、カミット。来月の墓荒らしにも行く気はあるか?」
「んん? どうしようかなァ。見つけた物はグリンベルに全部取られるしな!」
「買う奴に売る物だ。お前が持ってたって仕方ねえだろ。お前みたいに信用されてない奴から古代の遺物を買う商人なんていないんだぜ」
「そっか。……たしかにそうかも!」
カミットは抱えていた不満が一部解消されて笑顔になった。ところがまだ不満はある。
「儲けの取り分が少ないからな!」
「お前は意外とガメついよな」
「やった仕事に見合った支払いが欲しいんだよ」
「お前が何と言おうと、支払いは増やさねえぜ。俺の仕事はお前がいなくたってそれなりの儲けが出るんだからな。よお、やるのか? やらねえのか?」
「……やる!」
※
墓荒らし業はカミットの飽きやすい気性にもよく合っていた。危険と興奮、そして発見に満ちた冒険はその全てが一つとして同じことはなかった。
これまでに古代遺跡はほんの一部だけが踏破され、さらにその中の数少ない宝物庫を盗掘してきただけだった。狙うべき未知の宝はまだ無数にあると思われ、墓荒らしの夢は尽きることがない。
探検と調査はしばしば行われているが、本格的な宝物庫破りは月に一回であり、最強の戦士であるグリンベルが現場に赴く。
墓荒らしの頭目は短命であるが、だいたい二十代の年齢であるグリンベルがその地位についてから既に数年が経っていた。彼の成功と実績を支えるのは紛れもなくその強靭かつ巨大な肉体であったが、そればかりではなく、経験の蓄積が彼にたしかな知恵をもたらしていたからでもあった。
そうであるから、グリンベルは見た目や性格に反して、墓荒らしにおいては慎重で冷静だった。グリンベルはカミットがしばしば危ないところに突っ込んでいこうとするのを、彼の首根っこを掴んで静止させた。カミットが無茶や無謀をしでかすのは、彼が森の呪いという安全装置に絶対的な信頼を置いているからだが、グリンベルの指導によりカミットは森の呪いを使わないで済んでいた。
カミットは墓荒らし業に夢中になり、日々を充実して過ごした。その仕事において、彼はまずまずの成果を上げ、周囲からも認められるようになった。
そうしてあっという間に時が流れて、気づけば夏が終わりつつあった。カミットが牢獄の都に来て、もう半年が経ちつつあった。
すなわちその夏の終わりの月のことである。
グリンベルがカミットに徐ろに言った。
「今度の満月の夜に半年に一回の頭衆の会合がある」
「へえ! ……そっか!」
この頃はカミットはすっかりグリンベルに親しくなっていた。
「安心してよ。僕は行かないからさ。悪い奴らの集まりになんて興味ないし」などとカミットは明らかな嘘をついたが、それに対してグリンベルはにやりと笑って言ったのだった。
「そうかよ。新入りのお前を連れて行って、連中に紹介しようかと思っていたんだがなァ。じゃあな、俺は厳重な警備と護衛をつけて、誰にも尾行されないようにして行ってくるぜ」
「ええ!? なんで!」
「闇の呪術で姿隠しをするから、誰にも見つからないだろうなァ」
「ヤージェが匂いを嗅ぎつけるから逃げられないよ!」
「そうかよ。せいぜい頑張りな」
カミットはうんうんと唸り、今度は笑顔で聞いた。
「……僕も連れてってくれるの?」
「どうかな。お前は来ないらしいからな」
「試しに行ってみようかな!」
するとグリンベルは久々に怖い顔をして、カミットに言い聞かせた。
「お前もいい加減分かってきただろうが、この街では面子と信用が命だ。お前がよそ者だから知ったこっちゃねえって振る舞いをすると、いろんな物がぶっ壊れる。目に見える物もありゃあ、目に見えない物もある。お前は会合でやっちゃならねえことを分かっている必要があるんだ、なあ?」
カミットは墓荒らし衆に関わるようになって三ヶ月ほどが経って、グリンベルにも世話になっていたので、当初とは違って今は彼の話を真面目に聞いた。カミットはしっかり頷いて言った。
「ハルベニィに迷惑がかからないようにするよ!」
グリンベルは渋い顔をして、大きくため息をついた。
「……俺にだろ?」
「グリンベルにも!」
カミットは悪気なく笑顔で言ったのであった。




