第21話 大地の祝祭(3)「華麗なる予感」
祝祭日の早朝から、神官と神殿に学ぶ子どもたちが行列を成して、都を練り歩いた。
行列では都の子どもたちが作った犠牲人形を満載した五台の車を雄鹿に引かせており、市中の人々は沿道あるいは家屋の窓などから一握りの花びらを投げかけた。昼過ぎに行列が神殿前広場に着く頃には、犠牲人形は花に埋もれるほどになっていた。終着点は広場中央であり、ここで五台の車が円を描くようにして設置された。
神殿からはパンや肉、果実、さらに酒までもが無料で振る舞われるので、人々は絶え間なくやってきては神殿の施しを受け取り、ついでに人形台車に花びらをかけていった。
カミットはベイサリオンのスクールに十分に参加してこなかったという理由で行列参加を断られ、ネビウスと一緒に家から近い通りで沿道の客の一人として行列に向かって花びらを投げかけた。
ネビウスは沿道で花びらかけを済ませると、すぐに家に引っ込んでしまった。祝祭の後すぐに海の都に発つ予定だったので、このところネビウスは荷造りや引き払う家の掃除で忙しくしていた。
カミットが一緒に帰ろうとすると、ネビウスは外で遊んでくるように言った。カミットは里を出て以来、遊んでこいと言われたことがなかったので困ってしまった。やることがあった方がむしろ簡単だった。
「僕も片付けを手伝うよ」
「祭の日は仕事をしないものよ。今夜は夕飯を用意しないから、神殿で食べ物をもらってきて、友達と食べてきなさい」
「なんでネビウスは働くの?」
「昨日やらなかったからよ」
「手伝うよ?」
「片付けの手伝いは要らないのよ」
「そしたらネビウスにも神殿のご飯をもらってくるよ」
「まあ、ありがとう。でも、どうせ神官連中が直接土産を持ってくるだろうから、私のことは気にしないで大丈夫よ。とにかく、坊やは外で遊んでくるのよ」
カミットはネビウスからこうも熱心に言われることが珍しかったので、大人しく街に出ることにした。ところがカミットの同年代の知り合いはミーナを含め、ほとんど全員が行列に参加しており、カミットは遊び相手がいなかった。
こうなるとカミットの行き先は職人組合しかなかったのだが、祝祭の日の職人組合は酒場と宿屋以外営業しておらず、カミットが友達だと思っている職人組合職員のエニネは不在だった。
顔見知りの傭兵たちは神殿からもらってきた食べ物や酒を酒場のテーブルに広げて昼間から酒盛りをしていた。よくカミットの相手をしてくれていた面倒見のよい傭兵がカミットに声をかけた。
「カミット。今日は神殿じゃないのか? 行列が都を回っているところだろ」
「うん。でも僕は出られなかったんだ」
傭兵は陽気に酒を飲んでいたのに表情が引きつって、それを誤魔化すようにしてわざとらしく笑った。
「パレードは、あんなもんは参加しなくても、どうってことないぜ。気にすんな」
カミットはパレードのことはどうでも良かった。今はエニネのことを考えていた。
「ねえ! おじさんはエニネがどこか知ってる?」
「受付の栗毛の嬢ちゃんか。知らんなァ」
「職人組合職員はたいてい上流家系だろ? 親族で集まって宴会だろ」
別の傭兵が口を挟んだ。
カミットは親族で集まると言われてもいまいちピンと来なかった。
すると若い傭兵が言った。
「あの嬢ちゃんは太陽の都の職人組合から派遣されてきたって聞いたぜ。一人もんなら、職人組合の宿舎住みなんじゃねえか」
「火の呪術師はここらじゃ珍しいよな」
「地域によって精霊が違うからな」
カミットは傭兵たちがべらべら喋るのを見て感心した。
「みんな、よく知っているんだね」
若い傭兵たちはへらへらと笑った。
「まあ、な」「情報は大事だぜ」「何があるか分からんからな」
カミットはこのあと傭兵たちに別れの挨拶をささっと済ませて、すぐに職人組合宿舎へ向かった。
※
エニネは職人組合宿舎に住んではいたがこの日は不在にしており、カミットの訪問は無駄足となった。
カミットは遊び相手もおらず、やることもなかった、
街は祭で盛り上がっていて、父母に連れられた子どもたちは幸せいっぱいな様子であり、彼らを見ているとカミットはこれまで経験したことのない羨やましさ、妬ましさを感じた。
とぼとぼと神殿まで歩いていくと、神殿で食べ物の配給に並ぶ長蛇の列が見えてきた。カミットは食べ物の臭いに混じって、エニネの匂いを感じた。走っていくと、栗色の髪のエニネがエプロンをして大鍋の煮汁を配膳していた。カミットは裏側から回り込んで、エニネの後ろで大声を出した。
「エニネ!」
「わ!? なに? カミット?」
エニネは振り返って、困惑した様子だった。
「久しぶりね。元気にしてた?」
「元気だよ! エニネも元気してた?」
「ええ、まあ。何か用?」
「エニネに会いに来たんだよ」
「は? えーっと、なんで?」
「友達だから」
エニネは納得いかない顔をしていたが、その場で思いついた様子で言った。
「まあ、いいわ。あなた、暇そうね」
「うん。手伝うよ!」
カミットは柄杓をもらってきて、煮汁を椀に注ぐのを手伝った。カミットは何もやることがなく孤独感に苛まれていたのが嘘のように、エニネの隣で働き出すと気分が良くなった。
カミットは聞いた。
「エニネはなんで働いているの? 今日は祝祭だよ」
「慈善活動の募集があったから参加したのよ。どうせやることなかったし、いいかなって思って」
「やることないの? 僕と一緒だね!」
エニネは額にぴきりと青筋を立てた。
「私は公共心を養っているのよ。ぶらぶらしているだけのあなたとは違うのよ」
「僕もやることがなくて困ってたんだ。エニネ、ありがとう!」
エニネは少しの沈黙を置いてから聞いた。
「あなた、家族は?」
「ネビウスは家の掃除で忙しい。ミーナはパレードとか儀式とかに参加するから忙しい」
「あなたも神殿に通ってたんじゃないの?」
「通った日にちが足りないって言われた」
「あー、……そうなんだ」
祝祭のお手伝いは気楽な作業だったので、二人は配膳しつつなんてことのない話をした。
夕方になると昼の当番が終わり、作業は終了した。カミットはいよいよやることが無くなったが、それはエニネも同じだった。エニネがなにやら迷っている様子だったところに、カミットは声をかけた。
「エニネ! 遊ぼう!」
「え? んー、遊びはしないわ」
カミットはあからさまにがっかりとして、最後の希望に縋る様子で聞いた。
「忙しいの?」
エニネはくすりと笑った。
「そうじゃなくて、このあと広場で犠牲の儀式があるでしょ? ……あなたも一緒に行く?」
「行こう! やった!」
カミットはエニネの手を握って、ずんずんと歩き出そうとした。
するとエニネはカミットの手を引いて、カミットを横に立たせた。
「どうしたの?」
「自分勝手に行かないの」
「なんで?」
「私がそうして欲しいからよ」
「分かった」
二人は並んで歩いて、広場まで行った。人混みがすごかったが、二人はどうにか場所を確保して、石塀の上に座って、儀式を鑑賞した。
広場が茜色に染まりつつあった。
黄昏時の闇が来る直前に、神官たちがぞろぞろと神殿から出てきた。彼らは円を作るように設置された五つの車を囲み、それらに乗せられた犠牲人形に向かって祈りを捧げた。
次に神殿によって選ばれた子どもたちが五人、彼らは松明で人形の車に火を点けた。その子どもたちの一人に、輝く金髪と透明な白い肌が美しい長衣姿のミーナもいた。
夕日を浴びた一瞬に溶け込むようにして火が燃え上がった。
その後すぐに代わって訪れた夜闇の中で、燃えゆく人形たちがより切なく輝くように思われた。




