第209話 兎の巣穴街(5)
地下のさらに深い場所に広大な空間があった。
古代ツクサ人によって作られた巨大な地底都市は今は人が住んでおらず、その全てが遺跡であった。カミットは古代地底都市を見渡し、感激した。
「殻の都みたいだ!」
カミットが大声を出したので、ハルベニィがただちに注意した。
「でかい声だすな!」
「んん?」
「あれを見ろ」
都市のあらゆる場所を埋め尽くし、そこを蠢く者たちがいた。
彼らは一見すると人のようであり、その集団の個々が常に忙しなく動き回る様子も都市市民の労働者を彷彿とさせた。
ハルベニィがカミットに教える。
「やつらは殻人だ。死んだツクサ人の体に虫がぎっしり詰まって動かしてやがるのさ」
カミットは虫が苦手ではないが、想像すると気分が良くなかった。
「うゲェ……。なんでそんなこと」
「古代のツクサ人が自分たちでそうしたのさ。連中は一族の遺産を荒らされないように、死体に虫の卵を詰め込んで、死後の墓守を作った」
「そっか。見つかったら戦うしかないんだね」
「そうだが、あっちは数がな」
ぱっと見回すだけでも、都市の殻人は数万はいるように思われた。
カミットはここでは冷静に分析した。
「見つかったらだめだね」
「そうだ」
こうしてハルベニィによる講義が終わると、グリンベルが言った。
「殻人そのものは大したことねえ。下手こいても、すぐにぶっ殺せば大丈夫だ。だが一度見つかったらモタモタするなよ。装殻虫が出てきたら、あいつらだけはどうにもならねえ」
カミットは未知の単語に疑問を持ったが、装殻虫とは大きな虫かあるいはツクサ人の傀儡鎧のことだろうと予想して、質問はしなかった。彼は「分かった」とだけ言って、グリンベルに手間を取らせないようにした。
墓荒らしの一団はグリンベルを頭とし、その下に十名の男たちがいた。そこにカミットとハルベニィを足して、全部で十三人である。
この者たちの共通の原則は暴力的に利益を生み出すことだった。
そのためには結果が全てであり、その過程は単純で短いことが好ましい。
したがって遺跡への潜入は隠密が基本である。
仮面を付けた殻人は都市のあらゆる場所で歩き回っている。彼らは一見すると本当にツクサ人のようなのだが、互いに交流し合うことはなく、同じ道を延々と巡回するばかりで、その実態は人間の生活様式とは乖離している。
墓荒らしたちはあちこちにいる殻人に見つからないように気をつけつつ、建物の陰に隠れながら進む。
この古代都市に有るものは全てが遺物と言って良いが、本当に価値有る物は権力者の宝物庫や神殿に収められている。そういう場所はより警備が厳重であり、最終的な侵入は手荒な手段が必要になる。
宝物庫の一つしか無い入り口には常に四人の殻人が立っており、墓荒らしは彼らを襲撃し、殺害して、内部に侵入した。
この直後には街中に警報が鳴り響き、殻人たちが集まってきて、侵入者を殺しにくる。
それまでの短い時間で墓荒らしは仕事をなさねばならない。狐倶楽部の盗掘人たちは慣れた様子で遺物を袋に詰めた。
通常ならここまでで終わりだが、今回は続きがあった。
宝物庫の中には多くの財宝があり、さらにその奥には鍵付きの部屋があるのだ。これまで墓荒らしたちが到達したことのない秘密の部屋である。
カミットは宝物庫の秘密の部屋の古代の錠前をがんがん叩いた。すると扉の全面に幾何学模様の輝きが現れ、扉が解錠された。
グリンベルは興奮し、カミットを押しのけて中に入った。
カミットは彼の後に部屋に入った。
その秘密の部屋は狭く、真ん中にたった一つの金庫があるだけだった。これもまたカミットが開けねばならず、グリンベルは「早くしろ!」とカミットに命令した。
カミットはすっかり不機嫌になりつつあったが、ハルベニィが「時間がねえ」と言って、彼をどうにか宥めた。カミットも金庫の中身には興味があったので、このときは喧嘩はしなかった。
箱を開けると、中には小さな鏡が入っていた。
グリンベルがそれを乱暴に手に取った。
「なんだこれ。価値あるんだろうな?」
ハルベニィが彼に言った。
「持ち帰ってから考えれば良いだろ」
墓荒らしたちはすべきことを終えたので、ただちに逃げ出した。
しかし既に時間は経ちすぎていた。
彼らが宝物庫から飛び出したとき、
どっしゃん、がっしゃん、という奇妙な金属音の足音をさせて、おおきな何かが迫ってきていた。
それは巨人であった。
地上であれば巨獣に匹敵する体格をしており、生身の人間の数倍の背丈をしている。
奇妙なのは、その姿は人間そのものというよりも、半人半虫とでも形容すべき見た目をしていた。すなわち骨格は人間であるが、体は外皮の代わりに甲殻で覆われており、頭部には触覚があり、巨大な複眼の目をして、口は無数の牙がむき出しという恐ろしい様子をしていた。
カミットはその姿に驚愕した。
「ええ!? 虫人間だ! でっかい!」
ハルベニィはパニックを起こしていた。
「くそっ! 装殻虫がもう来やがった! ……あれぇ、おい! グリンベル、待ってくれよ!」
グリンベル以下、ほかの墓荒らしたちは猛烈な勢いで駆け出しており、その逃げ足はあまりにも速かった。ハルベニィが呼びかけても、彼らは振り返ることなくどんどん走って行ってしまった。むしろグリンベルたちはそれをわざとやっているようだった。
カミットやハルベニィは彼らに比べて小柄であり、その速さについていけず、取り残された。彼らは囮にされてしまったのだ。
残された二人は遺跡街の通りを走って逃げた。
その背後には装殻虫が恐ろしい足音を響かせて追ってきていた。巨人はゆっくりと歩いているように見えて、その歩幅の大きさのために人間の駆け足よりも遥かに速かった。
それでもカミットたちが全力で走っていると、装殻虫の足音が止まった。
ハルベニィが一瞬安堵し、振り返った。
「撒いたか?」
そうではなかった。
ハルベニィは装殻虫が奇妙な筒のような物を抱えて、それを彼らの方へ向けているのを、ぼけっとして眺めた。
「なんだありゃ?」
カミットも首を傾げた。
「なんだろ」
それは火砲であった。
筒の内部が赤く熱されたようになり、砲弾がどかんと打ち出された。
砲弾は一瞬でカミットたちへ到達し、彼らの立っている付近を爆破して吹き飛ばした。
※
砲弾の一撃はその直前に現れた巨樹が身代わりとなって受け止めたことで、カミットたちは直撃を免れていた。さらに柔らかな綿が彼らを包んで、それが衝撃を和らげて、怪我一つさせなかった。
森の呪いはこれらの仕事をし、それ以上はしなかった。カミットはそれが適切な判断と見なし、森の呪いに感謝した。
装殻虫の火砲は破壊力と引き換えに、周囲を瓦礫に変え、粉塵を舞い上がらせていた。
それらに紛れることで、カミットとハルベニィは装殻虫の索敵から逃れることができた。
その後は隠密に古代遺跡を抜け出し、二人は狐倶楽部の拠点まで戻った。
グリンベルらはカミットたちを見て、死人を見たような様子で驚いた。
グリンベルは天幕の特等席で女といちゃいちゃしながら酒を飲んでいた。彼は白々しく言った。
「お互い良い仕事をした。今夜は良い酒が飲めるな」
カミットは彼らと酒を飲み交わすつもりはなかった。彼は盗んだ鏡のことが気になって仕方なかった。
「あの鏡はどこ?」
「お前には関係ない。あれは俺が管理する財産だ」
「僕が金庫を開けたんだよ!」
グリンベルは凶悪な獣の牙を見せつけ、丸太のような腕の筋を力を入れて肥大させて、カミットを脅かした。
「お前はただの鍵で、鍵を使うのが人間様だ。そう、それがこの俺、墓荒らしのグリンベルだ。まだ何か言うなら、俺は用済みの鍵をへし折るだけだ」
普通ならこれほどの脅しを受ければ、地下街の住民なら誰でもグリンベルの言いなりになるのだが、カミットは違った。彼は今にも激高し、何かをしそうな雰囲気を漂わせていた。
その恐ろしい沈黙の間に、ハルベニィがすっと入った。
「よお。グリンベル。俺たちは良い仕事をしたよな。俺はこういう結果を得られると思って、そのちんちくりんの生意気なカミットを紹介したのさ。俺たちはこの通り、たった二人でだって、遺跡から逃げてくることができたんだ」
グリンベルはハルベニィには機嫌よく応じた。
「そうだな。お前はやっぱり良いやつだと思ったぜ。世話をしてやらなくても働いたことは評価してやる」
「俺はあんたを尊重するし、良い情報を持っているのさ。それでよ、このカミットは月の大神殿から盗られた物を探しているんだ」
「あァ……、そんな話があったな」
「もしも知っていることがあるなら、カミットに教えてやってくれよ。あんたはカミットが用済みの鍵だって言ったが、そんなことはない。古来人の鍵はどこでも何度でも使えるんだ。そいつがその気になりさえすればな」
グリンベルは酒を飲みながら、ハルベニィを睨みつけた。
「気に入らねえな。俺はお前に言いくるめられる間抜けになるのは腹立たしいぜ」
「あんたは馬鹿ばっかりのこの街で一番賢い商売人だ。商売は売り買いをしなきゃ成り立たねえことは一番よく知っているはずだ。あんたは俺から鍵を買っただろ?」
「その鍵はどうも使い勝手が悪いみたいだぜ?」
「支払わないつもりかい?」
「……仕方ねえな」
グリンベルはちらりとカミットを見た。
カミットは先程まで怒り狂っていたのは過去のことで、今は本来の目的を思い出して、目をきらきらさせていた。
グリンベルは吹き出して笑った。彼はカミットに教えた。
「俺たちは墓荒らしだ。鍵付きの扉はぶっ壊して入る。盗みの腕前はそこそこだな。だが月の大神殿に入るとなれば、本当に盗みが上手いやつじゃなきゃ務まらねえし、闇の呪術の守りを突破する力が必要だ。闇の呪術ができる盗人はほとんど居ねえ。
狐倶楽部では神官崩れの連中がそうだ」
カミットはついに辿り着いた答えに興奮した。
「その人達はどこにいるの!?」
「……知らん」
「ええ!? なんで!」
「狐倶楽部は仲良しごっこしているわけじゃねえ。別のグループと交流なんてねえからな」
カミットがまた癇癪を起こしそうになると、ハルベニィがグリンベルに言った。
「意地悪を言うなよ。頭たちの懇親会があるんだろ?」
「ありゃあ、縄張を確認し合うだけの連絡会議だ。それによ、俺があの根暗でじめじめした連中と仲良しだと思うか?」
「たしかにそうか」
ハルベニィはカミットを慰めた。
「良かったな。お前の探しものにヒントが一つ見つかってよ」
カミットはムスッとして、何も言わなかった。結局、彼の求めるものはまだ見つかっていなかった。




