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ネビウスクロニクル  作者: 石井
牢獄の都編
208/259

第208話 兎の巣穴街(4)

 その日、カミットは朝早くに出かけた。彼は地下街のある家のとびらをノックした。

 少しするとハルベニィが出てきた。元々の目つきの悪さが、寝起きの不調によりさらにひどくなっていた。彼は機嫌悪く聞いた。

「……なんでここが分かった?」

「ヤージェが教えてくれたんだよ」

 カミットの足元には子猪こじしのヤージェがうろちょろしていた。彼はふごふご鳴いて、ハルベニィに好意的に体を擦り付けた。

 ハルベニィはヤージェをでつつ、カミットのことは追い払おうとした。

「今日も俺は仕事があるんだよ。お前の相手はしていられないのさ」

「僕も手伝うよ!」

「だめだ。お前がいると余計な問題が起きそうだ」

「そうかなァ?」

 カミットは何を言われようと帰る気がなかった。彼はなんとしてでもここに居座り、ハルベニィと遊ぶつもりでいた。

「お前は神殿の宝物を探すんだろ? 遊んでる暇はないんじゃねえか?」

「うーん。でも、狐倶楽部ウルペスサークルの人たちは知らないって言うしさ」

「そうかよ。まあ、いいや。お前はガキ共を束ねてろよ」

「バルチッタはいるの?」

「今はいねえ」

「あれ? そうなの」

「飲み歩いてばっかで帰ってきやしねえのさ。良い歳して馴染みの連れと遊び歩いてやがら」

「そっか。楽しそうだね!」

 ハルベニィはため息をついた。

「……帰れってば」

「どうしよっかなァ」

 カミットはふざけた態度をしながら、ハルベニィの言う事を聞かなかった。

 このときハルベニィがふと思いついて言った。

「そういや、塔の魔人が死んだらしいな」

「うん。僕がやった」

「……マジかよ!」

 ハルベニィが驚くと、カミットは得意になった。彼はそのときのことについて語った。

「僕の森の呪いの剣で斬ったんだよ。塔の魔人は舌が弱点だったから、頭をガッて斬ってやったら、魔人は死んだ」

 これを聞き、ハルベニィは腕組みをして考え込んだ。彼はカミットに提案した。

「お前が倶楽部サークルを荒らさないと約束するなら、連中に紹介してやってもいいぜ」

「本当!?」

「ただし頼まれた仕事をする必要がある。都市で生きるってのはそういうもんだろ?」

「うん。いいよ」



 坑道の途中で侵入が禁じられている分かれ道に入った。その道は崩落により封鎖されていたが、その一部に狭い通路が作られていて、屈み込んで慎重に進むことで通り抜けることができた。

 坑道にはランプが等間隔に設置されていた。ガラスの中に雷の精霊を閉じ込めることで明かりが灯るのである。

 放棄された坑道をさらに進んでいくと、小さな集落が現れた。天幕が十数個設置されており、あちこちに古代の遺物が積まれていた。集落にいる男たちはただの鉱夫とは思われない様子であり、彼らは比較的身軽な格好で武装していた。

 集落の先の坑道には何やら古代のおもむきがある遺跡の入り口があった。それを見て、カミットは一気に盛り上がった。

「遺跡だ! 遺物を探すんだね!」

「お前を連中に紹介する」

「あれェ? でも遺物を取るのはおきて破りだよ?」

「じゃあ帰るか?」

「帰らないよ」

 中央の天幕テントに入ると、中ではガラの悪い男たちが話し合いをしていた。

 ハルベニィは彼らにカミットを紹介した。

「よう、ちょっといいかい。こいつは炎の賢者ネビウスの子どものカミットだ」

 男たちの視線が一斉にカミットに注がれた。

 カミットはすぐに挨拶あいさつした。

「ネビウス・カミットだよ。よろしくね!」

 話し合いを仕切っていたナタブの男がハルベニィに聞いた。

「そいつを連れてきた理由は?」

「カミットは太陽の都(ソルガウディウム)の遺跡で遺跡装置を使えた。おそらくネビウスがこいつに使用権を与えているのさ」

「なるほど。探索に役立ちそうだな」

「そうだろ? ちょっと話してみてくれ」

 ここでカミットは話に割って入った。

「僕は月の神殿から盗まれた宝物を探しているんだ」

「知らねえな。他所よそを当たれ」

 カミットは腹を立て、腕組みをして男たちをにらんだ。

「ちゃんと教えてくれないと、通報しちゃおうかな!?」

 この発言によりただちに場の雰囲気がピリついた。

 ハルベニィが慌てて間に入った。

「バカヤロ! 俺まで迷惑を食うだろが!」

「んん? ハルベニィも悪いことしているの?」

「してねえけど、こいつらに食い物とか道具を流している。軽い罪には問われちまう」

「軽い罪ならネビウスがなんとかしてくれるよ」

 カミットとハルベニィが言い合っていると、また別のぞくの男が天幕テントに入ってきた。

 彼は巨男であり、クマの顔と毛深い体をしたコーネ人クマ族だった。コーネ人クマ族は巨獣山脈に部落を持つ希少民族だった。腕や足の太さは他人種の比べ物にならず、全身が凶器と言われるほどの怪力を誇る。その彼が周囲にたずねる。

「騒がしいな。どうした?」

 ハルベニィはその男の登場によりさらに慌てた。

「すまねえ、グリンベル。阿呆あほうのガキがおもしろくねえ冗談を言って、変な空気になってただけさ」

 その男、グリンベルは一等席の椅子にどすんと座った。すぐさま世話係の女が擦り寄り、彼に酒を渡した。彼はハルベニィに言った。

「良い連れ合いじゃねえか。世の中を舐め腐ってるガキどうしでお似合いだ」

「俺はもう大人だぜ。俺はあんたのことを尊重しているだろ?」

「そのガキはどう役に立つのか教えてくれよ」

「さっきも話したんだが、カミットは古来人のとこの子どもだから、遺跡の装置を使えるんだ」

「そりゃあ便利だな」

 グリンベルは酒をぐいぐいと飲み、陽気に笑った。ところがその目は笑っておらず、彼はハルベニィを恐ろしく睨んで聞いた。

「便利そうではあるが、どうやら面倒もありそうだな?」

 ハルベニィは恐怖で震えており、何をどう話すか迷っていた。

 ここでカミットが待ちきれなくなって、またも口を挟んだ。

「僕は神殿から盗まれた宝物を探しているんだ!」

 グリンベルはゆらりと視線を動かし、カミットをにらんだ。

「……知らねえなァ」

「おじさんたちが知らないなら、知ってそうな人を教えてほしい!」

「よお、ハルベニィ。お前は厄介な問題を持ち込んだみたいだな」

 グリンベルが恐ろしげにハルベニィをおどかしたときだった。

 カミットがグォオッというすさまじい怒りの雄叫おたけびでやり返した。

 その声はまるで太陽の化身(スタァテラ)のようであり、彼の黄色の花髪はちらちらと輝いていて、太陽の化身(スタァテラ)が人の姿になったかのような強烈な畏怖を与えた。

 ここにいるおきて破りの男たちは脅かされたくらいで怖がるきもをしていないはずだったが、その予想外のことは彼らの不意を突き、ある者はひっくり返り、ある者は飛び退いていた。

 椅子にふんぞり返っていたグリンベルは平気なふりをしていたが、彼の豊かな体毛は総毛立ち、緊張を隠せていなかった。

「ハルベニィを怖がらせるのはダメだよ! 僕と話をしてよ!」

 カミットはグリンベルを只者ただものではないと分かっていたが、大人物とは思わなかった。彼にとっておきて破りの男たちは所詮は憲兵から逃げ回り、洞窟どうくつの中に逃げ込まざるを得なかった臆病者たちとしか思われなかったからだ。

 グリンベルはゆっくりと立ち上がった。誰もが彼が激高げっこうしてカミットに飛びかかるものと思った。

 グリンベル本人はそうするつもりでいた。

 ところが彼はカミットが既に槍に手をかけて、いつでもグリンベルに対して先制攻撃するつもりでいるのを見て取った。これにより気が変わった。その憤怒の面持ちが愉快な笑みに変わった。

「お前、怖いものはあるか?」

 カミットは即答した。

「ないよ!」

 その言葉に裏は無い。ただ真実だった。

「よおし。良いだろう。お前を試しに使ってみてやろう。お前が俺たちに役に立つと分かったなら……」

「んん!? 僕は悪い奴らの仲間にはならないよ!」

 カミットは最後まで話を聞かずに言い返した。

 グリンベルはため息をつき、ハルベニィに聞いた。

「こいつをぶん殴ってみようか?」

 ハルベニィは乾いた笑い声を漏らし、

「たぶん効果はないぜ」と言った。

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