第207話 兎の巣穴街(3)
わずか二週間足らずで、カミットは子どもたちの王国の支配者になった。
複数の子供グループとの衝突を繰り返し、その全てを彼は制圧した。地域一帯では彼に逆らう子どもはいなくなった。
誰もがカミットを特別に扱い、彼の機嫌を良くするように振る舞った。彼らはそうすることによって、カミットがグループを意欲的に統率することを望んだ。
しかしカミットは多くの子どもたちと親しむことはなかった。彼は一部の元リーダー格やその他の機転の利く女の子たちとは仲良くしたが、それ以外の子どもたちとは会話すらしなかった。
結果的にはカミットは子どもたちの王様になったが、そのグループの一員としてのリーダーになるつもりは全くなかった。というのも、彼は五大都市を巡る旅の中では社会身分における高位の者たちと密に関係してきたのであり、彼自身もその階級に属していると自認するようになっていた。実際、彼の職人組合職員の腕輪はその事実を示していた。
ただしカミットは地下街の探検は飽きることなく続けた。その興味本位な活動は案内役という名目の仲間たちをぞろぞろ引き連れる形となり、このことはそれぞれの地元の子どもたちと衝突する原因となった。
カミットは手を出されなければ彼から攻撃することはなかった。しかし地下街の子どもたちは面子と暴力を重んじるので、カミットの襲来を見てみぬふりをしていては彼らのコミュニティを維持することができないのである。したがってカミットが大きな顔をして大人数で練り歩き、他地域の領域侵犯をすれば地元の子どもたちとの衝突は避けられなかった。
それどころか探検に伴う抗争と勝利はカミットを面白がらせた。ただ探検するだけよりも、行った先々で敵が現れ、それを撃破することは彼に快感を与えた。
刺激的な毎日は彼に当初の目的をうっかり忘れさせつつあったが、忠実な配下であるドトとコマという男の子がカミットに報告した。
「今日か明日には狐倶楽部の回収人が来るぜ」
カミットは言われて思い出し、
「そろそろか。ちゃんと話してくれれば良いんだけど」と言った。
「頼むから今回だけは暴れないでくれよ。回収人は数人で来るけど、その後ろには数百人のやべえ奴らがいるんだ」
「うん。あっちから何もしてこなければ大丈夫だよ」
「誰かがぶん殴られても、我慢してくれ」
「そんなのおかしいよ。やられそうになったらやるしかないよ」
「それじゃあ、こっちが先にやってるじゃないか……」
カミットは聞く耳を持たないので、ドトとコマを不安にさせた。
彼らはその日は探検をせず、いつもの空き地で上納金の回収人を待った。
カミットは一つのところでじっとしているのが苦痛で、イライラしながら待っていた。最初に反応したのは子猪のヤージェであり、彼がぶぎいと鳴いて、回収人たちの来訪を知らせた。
化身の仮面で顔を隠した怪しげな大人の男たちが三人でやってきた。その他に雰囲気の異なっている子供のような者がいて、その人物も仮面で素顔を隠していた。
彼らが狐倶楽部の回収人であった。
カミットは代表の男に話しかけた。
「はじめまして! 僕はネビウス・カミット。よろしくね!}
「貴様はよそ者だな。上に帰れ」
「神殿で大事な物が盗まれたんだ。何か知っている?」
「……子供め。懲らしめてやる」
その男は問答無用でカミットを殴ろうとして、腕を振り上げた。
すると彼らの間に、狐倶楽部側の雰囲気の異なる小柄な人物が割って入った。その人物は慌てた様子で仲間にこそこそ話しかけ、両者の衝突を止めようとした。彼らはカミットを無視して言い合った。
「嘘をつくな」
「阿呆め。あいつの腕輪を見ろ」
その忠告を受け、男はカミットの銅の腕輪をちらりと見た。職人組合職員の腕輪であるということが分からずとも、五大都市の大化身の紋章が刻まれていて、高貴な身分であることはある程度の知識を持つ大人ならば一目で分かる。
「本物か?」
「そうだ。わーわー言ってくるが、全部無視しろ。それが一番良いやり方だ」
そうしていると、ヤージェがその小柄な人物の周りをうろちょろし始め、彼の匂いを熱心に嗅ぎ始めた。ふんごふんごと好意的に鳴いて、ヤージェは嬉しそうにしていた。
彼は慌てて、ヤージェを蹴って追い払おうとした。
「くそっ。阿呆猪もいやがったか。あっちいけ」
そこにカミットも加わった。彼は首を傾げ、腕組みをし、その人物を睨んで観察しだした。特に彼はその人物が服の肩留めに使っている太陽の都の青銅のバッヂに注目した。
「おい、こっち見んな」
カミットはその声をよく聞いて確信し、笑顔になった。
「やっぱりだ!」
「何も言うな。黙ってろ!」
しかしカミットは嬉しさのあまり止まらなかった。
「君はハルベニィだ!」
ハルベニィはカミットの友人であり、彼は商人の弟子だった。ハルベニィはがっくりと項垂れた。
他の狐倶楽部の者は舌打ちして「知り合いか。どうりでな」と言った。
※
場所を変えて、秘密の酒場で話し合いが行われた。
ハルベニィはその前にカミットに注意した。
「俺は掟破り共の仲間じゃねえ。あくまで商売をしているだけだから誤解するなよ」
「そうなんだ。でも悪いやつらと取引するのは掟破りだよ?」
「太陽の守り子だって必要なときには掟を破っていただろ?」
「そっか」
「納得したか?」
「うーん……。まあ、いっか!」
カミットはハルベニィのやることには何らかの意図があるのだろうと好意的に捉えて、それを追求したり、非難するのはやめた。
それよりもカミットは一ヶ月近くも待って、ようやく狐倶楽部に接触したのである。彼はハルベニィとのお喋りよりも、そちらを優先した。
「あのさ! 僕は神殿から盗まれた宝物を探しているんだ。どこにあるのか教えて欲しい」
狐倶楽部の男が答えた。
「知らん話だな。俺の知っているやつの仕業ではないだろう」
彼は他の仲間にも「なあ、そうだろう?」と聞いた。彼らは無言で頷いた。男はそのことを裏付けるために追加の情報を与えた。
「神殿に金目の物なんてありゃしねえ。何が盗られたのか知らんが、それを盗んで得するやつはいない」
「うーん。そうなのかな?」
カミットはこの程度で諦めるつもりはなかった。彼はさらに言った。
「じゃあさ、盗みが上手い人を紹介してよ。その人とか、その人の知り合いがやったかもしれないよね」
このような話の流れになると、ハルベニィが大きなため息をついてから、会話に割って入った。彼は狐倶楽部の者たちに銅貨を渡して帰らせてしまった。これ以上、カミットに好き放題をさせると、不測の事態に発展しかねないと彼は危惧していた。
ハルベニィは仮面を外した。彼は哀れなほど目つきが悪く、痩せぎすな体型をした、十四歳の若者であった。彼は以前よりも疲れた様子であり、「やってられるか」と文句を言って、酒を注文した。カミットも一緒に麦酒を飲んだ。
ここから楽しいお喋りが始まるかと思われたが、そうではなかった。
ただちにハルベニィによる説教が始まった。
「カミットちゃんよ。狐倶楽部は手練の掟破り共の集まりだがな。そいつらの一番の掟は仲間に迷惑をかけないことさ」
「うん?」
「どうして連中はお前に仲間を売る必要があるんだろうな?」
「僕はあの人達を逮捕したいわけじゃないよ」
「結果的にそうなるだろ?」
「ならないよ」
「ところがなるんだよ。天秤は罪の計量をするがな、そこの欠けた部分を見逃さねえのさ。そうすると、そこに関わってる他の奴がずるずると一気に捕まることになる」
「へえ、良いじゃん」
「良くねえ。この街にはこの街の掟がある。クズ共の街を制御できるのは事情をよく知っていて、しかも強い力を持ったやつらだけなんだよ」
「でも、ここではそこら中で盗みや人殺しが起きてる。上手くいっているとは思えないな」
「狐倶楽部があるから、これくらいで済んでるんだ」
「そうなのかなァ」
カミットは納得していなかったが、ハルベニィは無理やり話しを終わらせにかかった。
「とにかくだ。お前はもうこの街に来るな。ネビウスだってそれを望んでるはずだ」
「ハルベニィは何しているの?」
「商売だ。外で仕入れてきた物を売ってる。商売するには狐倶楽部に筋を通すのが、この街の流儀だから関わりがある。それだけだ」
「ふぅん。バルチッタはどうしているの? 元気にしてる?」
バルチッタはハルベニィの商売の師匠であり、彼の父親でもある。
「……どうもこうもねえよ。今まで通り商売してらあ」
「そっか!」
この日はこれで話し合いが終わった。ハルベニィは別れ際にもう一度カミットに今後は地下街に来ないように言った。カミットはニタニタとふざけて笑うばかりで、わかったとは言わなかった。




