第205話 兎の巣穴街(1)
兎の巣穴街 はじまり
ミーナがカミットに噂話を語った。
「大神殿の奥に秘密の宝物庫があるんですって」
それ以上のことは言われずとも、カミットは察した。大神殿の宝物庫には真実のプロメティアに関わる重要な遺物があるのかもしれなかった。
「でもなァ。レッサがさ、もう神殿に行っちゃだめだって言うんだよ」
「そうなの……」
そんなことを話した矢先のことであった。
大変な事件が起こった。
大神殿に盗賊が入ったのである。近頃多発している派手な強盗や殺人はなく、夜間に衛兵の警戒をかいくぐっての隠密窃盗事件である。
詳細な状況や何が盗まれたのかなどは公表されず、表向きには神殿は平穏を装っていた。神殿がやったことと言えば、盗賊の手配書を街中に貼ったことくらいである。
しかしこの窃盗事件の直後から、ネビウスと継承一門が連日神殿に出入りするようになった。その雰囲気は緊迫しており、盗まれた物がいかに重要であったかが示唆された。
その衝撃たるや、カミットが岬の古塔に忍び込んだことが忘れ去られるほどであった。したがってレッサからの追加の説教や懲罰は無く、カミットはこの幸運を喜んだ。
いつでもそうだが、カミットの生活に暇な時間は無かった。彼は思い立ち、ミーナに告げた。
「泥棒を探すよ!」
ミーナは困惑した。
「えっと、どうやって?」
「地下の街を探検する!」
「危ないよ?」
「大丈夫だよ。僕は戦いなら得意だからさ。悪いやつなんてやっつけてやる」
「でも……」
カミットはミーナの心配を無視して、彼女に質問した。
「あのさ! 泥棒って普段はどういうところにいるんだろう?」
「うーん。専業泥棒なら、狐倶楽部に入っているかも」
「なにそれ!?」
「よくわからないけど、悪い人たちが集まりを作っているの。地下に暮らす人達は絶対に逆らわない怖い集まりよ」
「狐倶楽部の館とかがあるのかな?」
「わからないわ」
「そっか。じゃあ、そいつらが居そうな所を探そう」
「危ないよ……?」
「大丈夫だってば!」
カミットがこのように言ったときには、大方はその限りではないのだが、本人はいつでも自信満々である。そのカミットが言う事に対して彼の妹が不安がることは、彼にしてみると兄に対する反抗のように映る。
「ミーナは僕を信じていれば良いんだよ!」
「……うん。わかった」
ミーナが言葉に反して不満そうにしていたことを、カミットは腹立たしく思った。
ところがその後、カミットがミーナの神殿通いの送り迎えを以前と同じく続けるつもりでいることを表明すると、ミーナはカミットのその他の行動に反対しなくなった。
※
狐倶楽部は広大な地下街を支配する組織であるにも関わらず、その実体はほら穴の暗がりに隠れているようにして表に出てこない。
いくら罪深き者たちが地下で暴れていても、彼らが一つの所に堂々と居座ってゆったり暮らしているということは不可能なのだ。さもなくば月追いの大きな斧の犠牲になるというもの。
したがってその組織の実体は曖昧でなくてはならず、決まった場所に館を設けるということもない。
そこでカミットは市場で商人に聞き込みを行ったが、だいたいは迷惑がられ、煙たがられて追い払われた。
最も親切だった商人がカミットに警告した。
「恐ろしき者たちを嗅ぎ回るなんてとんでもないことだ。お前はお前の暮らす街に帰れ」
このように言われたところで、もちろんカミットは従わなかった。彼はさらに市場をうろついた。
そんな彼にこっそりと近づいてくる人影があり、その人物がカミットの後ろからどんとぶつかった。彼はカミットと歳の変わらなそうな男の子であり「すまん」と謝り、通り過ぎていった。
カミットは多少の困惑を覚えたが、深くは考えなかった。
ところがすぐ後に腰にぶらさげていた小鞄がなくなっていることに気づいた。その小鞄は彼が友人からもらった大切なものであり、またその中には財布なども入っていた。
「あれェ、……落とした!?」
大慌てで来た道を戻り、道に小鞄を落としてやいないかと探し回るも、落ちているはずもない。それは今はスリの手の内にあるからである。
カミットは困り果てて、右往左往していた。
そんな彼の足元にいつもの相棒が控えていた。
子猪のヤージェは主の様子を見かね、ぶぎぃと力強く吠えた。ヤージェは手綱を引っ張り、何かの匂いを追い始めた。
カミットは「僕の小鞄の匂いが分かるのかな?」と希望的な予想を抱いた。
そうしてヤージェに任せて進んでいくと、通りを外れて路地裏に入り、そこで子どもたちの溜まり場に辿り着いた。荒れた身なりの子どもたちが銀貨を囲んで大はしゃぎで騒いでおり、それこそはカミットの小鞄と財布であった。
ここまで来て、ようやくカミットはそれらを盗られたのだと気づいた。
怒りは一瞬で噴き上がった。
彼は槍を手にした。
その足跡には恐ろしい薔薇が咲いた。
カミットが迫っていくと、子どもたちは恐れを為して逃げようとしたが、そこは路地裏の袋小路である。
男の子が懇願した。
「悪かったよ。銀貨は返すよ」
これに対し、カミットは冷酷に告げた。
「ダメだよ。元々の罪人がさらに盗みをしたら、その場で殺すか、後で殺すかって決まりだからね。それが掟だからさ」
このように語るうちにも、カミットの体からは不気味な棘と粘液が恐ろしい食人植物が生み出された。
カミットは森の呪いの意図を察して、彼はあくまでも掟に従い注意した。
「食べちゃだめだよ。殺すだけだ」
このようにカミットは盗人の子どもたちを殺す気でいたが、彼の相棒はまた別の基準に従って行動した。
すなわちヤージェは火の力を燃え上がらせ、カミットの呪いの暴走を止めるべく突撃したのである。
カミットは不意打ちをまともに食らってしまい、ぎゃあと叫んで転がった。腹を立てた彼は雷の槍でヤージェを突き刺し、びりびりと痺れさせた。
その後は双方が怒り爆発である。
カミットは森の呪いやら槍やらで応戦し、ヤージェは火の力で筋骨を盛り上がらせて猪突猛進が止まらない。
路地裏の袋小路はたちまち呪いの木と炎の爆発、あるいは迸る電撃によって彩られ、たった二人が喧嘩しているとは思われないほどの大騒ぎとなった。
互いに疲れるまでやり合って、ようやく落ち着いてきた頃には周囲の建物がいくつか損壊しており、カミットは我に返った。
「ヤージェが悪いんだよ……。ちゃんとネビウスに言わないとな」
一旦は休戦していたが、ヤージェはいかにも不満そうにフンッと鼻息を荒くし、さらにカミットに向かって牙を突き出して威嚇した。それでもヤージェはカミットの側にいて、主が手綱を握ることを許した。
カミットは盗人の子どもたちが震え上がっているところに近づき、小鞄と財布を取り戻した。そのまま彼らを殺してもよかったが、ヤージェとやり合った後では怒りが消散していて、そういう気も起こらなかった。
このとき代わりのアイデアが思い浮かんだ。
カミットは彼らに聞いた。
「狐倶楽部のことを教えてよ」
子どもたちはあわあわとして答えないでいた。
そこでカミットは槍をチラつかせた。
男の子が言った。
「言えないよ。俺たちが殺されちまう」
「そいつらのところに連れてってよ。殺されそうなら僕が先にやってやるからさ」
「そんな無茶なこと言うなよ」
カミットは再びイライラし始めた。人の物を盗るわ、命は惜しいわ、とワガママばかりを言う罪人の子どもたちを軽蔑して見下ろした。牢獄の都に来る前では同情すべき人々だと思っていたが、それは勘違いであったと考えを改めた。




