第204話 岬の古塔(6)
青い花髪が美しいジュカ人剣師のレッサがどんと立っていた。
カミットは彼女の前で背中を丸めて縮こまっていた。彼はレッサの怒りが収まってくれるのを、嵐が去るのを待つ気分で耐えていた。
岬に近い継承一門の駐屯基地で、カミットはレッサからこっぴどく叱られていた。
そこへネビウスがすっ飛んできて、天幕に駆け込むや剣を振り抜いた。彼女は寝巻きの上からマントを羽織っており、大慌ての装いであった。
継承一門の剣師や戦士たちがカミットを取り囲んでいたが、彼らは誰も剣を手にしていなかった。
ネビウスはカミットが無事であることを確認すると、へらへらと笑いながら剣を納めた。
「何事もなくてよかったわ! さあ、坊やは私と帰りましょうねェ」
「ネビウス、あなたにも彼の母親としての責任があります」
「子供がいたずらしただけでしょ。そんな大騒ぎしなくても」
「彼は第二剣師と会って、話をしたそうですよ」
レッサの一言で、ネビウスは表情をさっと変えた。おちゃらけていたのが一変して、真剣な眼差しとなる。
「彼女は目覚めた?」
「いいえ。遺体は今も安置されています」
「それなら良かったわ」
ここでカミットが当事者として口を出した。
「ねえ! あの子は真実のプロメティアなんでしょ? ミーナを守り子にしてほしいって頼んだんだけど断られたよ。ネビウスからも頼んでみてよ!」
ここでネビウスがすっと黙り込んだ。真面目でいたのはほんの一瞬で終わってしまい、まずい立場になるとまたニタニタと笑いだした。
レッサは事前にカミットに全ての事情を話させていたので、見逃さずにネビウスを詰め始めた。
「プロメティアはその全てが危険な夜の呪い子たちですが、ネビウスはそういうものを管理しているとは報告していませんでしたね?」
「ええと、ベイサリオンには言ったから、彼がきちんと皆に教えていると思ったの!」
「あなたはそれを意図的に隠していた」
「そんなんじゃないのよ」
「その子を月の守り子にするつもりでいたのでしょう? あまりにも危険で、無責任な介入ですよ。古の民の均衡主義が聞いて呆れる」
「それは月の化身が決めることだから……」
「既に大神殿の価値の天秤は不調をきたしています。あるプロメティアが島の各地を巡り、膨大な呪いの力を蓄えて帰還したからです。呪いの均衡が乱れているのです」
「天秤が馬鹿になっているのはもっと前からでしょうよ」
レッサはネビウスのでまかせの言い訳を無視して、さらに問いただした。
「去年一年の間、太陽の都でも天秤がおかしな挙動をしていたのはプロメティアのせいでしょう。それで、職人組合は適切な呪いの管理に失敗し、火口の魔人の潜伏を見逃し、森の魔人の侵入をも許し、そして祝祭ではご存知のとおりの事態になりました」
ネビウスはうんうんと苦しそうに唸っていたが、今度は急に開き直って捲し立てた。
「ほら! そうやって嫌なことを言い出すから、だから私は言わなかったの! あんたたちがそういう感じなのが悪いのよ!」
「言いたいことは聞きますから、落ち着いて話してください」
「けっこうよ。何も言いたいことなんて無いわ! もう夜も遅いから、私はとっとと帰って寝たいのよ!」
「それでは、例のプロメティアの処分はこちらでやっておきますね」
「そんなのダメに決まってるでしょ!」
このときカミットは会話に着いていけていなかったが、ようやく問題の本質を理解した。ミーナがプロメティアであることは継承一門に知られてはまずかったのである。それを何から何まで語ってしまったのがカミット自身であり、彼は慌ててしまった。彼はレッサのことは尊敬していたし、継承一門とは揉めないと心に決めていたので、森の呪いで暴れるのは我慢した。
しかし何かを言わねばと思ったのだ。長期目標はミーナを守り子にすることであったが、目前の緊急事案としてミーナが継承一門によって殺されることを回避せねばならなかった。
「あのさ! 僕だって呪い子だよ。ミーナは危ないかもしれないけど、僕だってそうだよ。でもさ、僕たちはネビウスと一緒に普通に暮らしているんだ。誰かを食べたりなんてしていなくて、もう三年も一緒の家族なんだよ!」
するとレッサはカミットをじっと睨んだ。
「たしかにあなたが何者なのか分からないという問題も常にそこに在り続けているわ」
「んん?」
「後々のことを考えたら、いっそまとめて対処した方が良いのかも知れないと考えることもね」
「なんで!? ダメだよ!」
ここでネビウスがすっと動き、カミットの横に立って、彼の肩を抱いた。そうしながら、彼女はレッサに生暖かい視線を向け、やけに落ち着いた口ぶりで言った。
「レッサが冗談なんて言うようになって嬉しいわ。そうよね! あなたがこんな子どもたちを殺すなんて、かわいそうなことをするわけないものね。あなたが継承一門に入ってから、人が変わっちゃったんじゃないかと心配していたけど、そんなことなくて良かったわ」
ネビウスが無理矢理に話を終わらせようとすると、ここまで黙って見守っていた十二剣師のイヴトーブが初めて会話に参加した。コーネ人のクロネコ族である彼は前太陽の守り子であるグウマの息子だった。彼は落ち着いた声音で言った。
「ネビウス。私は父の交友を引き継ぎ、ベイサリオンと連絡を取った。彼によると、三年前の時点ではネビウスは天秤を維持する方針でいたようだが、もしかしたら最近では考えが変わっているのかもしれないという。ネビウスは他の古の民と同様に、終わりの島の均衡維持から手を引くつもりなのではないかと彼は考えている」
実際の手紙にはもっと具体的なネビウスへの批判が述べられていたが、それをイヴトーブが柔らかい表現に変えていた。それはある程度奏功したが、それも無駄な気遣いかもしれなかった。
というのも、この程度の指摘によってすら、ネビウスはただちに怒り狂ったのである。
「なにそれ!? ベイサリオンはいい加減なことを言って、私に言うことを聞かせようって言うの! もう話にならないわ。なんで、どいつもこいつも私のせいだって言い出すの!?」
彼女の怒りは太陽の都の火山の噴火のようであり、これ以上の話し合いは不可能となった。レッサはうんざりした様子で「また明日話し合いましょう」と言って切り上げたのであった。
※
その夜はネビウスがおらず、ミーナは一人で眠っていた。
牢獄の都の夜はいつでも月明かりが差す。どこかの浮島で月の化身が輝くからだ。
この街の夜は呪い子たちに呼びかける。
「お母さんの言うことを聞きなさい……」
ミーナはその声が聞こえてくると、ぶるりと身震いして、目を覚ました。
「お母さん……?」
彼女はネビウスが居ないことに気づき、強い不安に襲われた。
家の出口の方に人の気配があり、ミーナはネビウスとカミットが帰ってきたのだと思って、ランプを持って駆けていった。
ところがそこにいたのはそのどちらでもなかった。
真っ白な体毛のコーネ人の少女であるミヤルと葉髪のヨーグ人の少年がそこにいたのだ。この二人は太陽の都でもミーナに接触してきたことがあり、ミーナは彼らの来訪を疎ましがった。
「また来たのね。ここはお母さんのお家なの。勝手に入ってきてはだめよ!」
「ご主人さまがこれを渡してこいって言うの」
ミヤルはじもじしながら言った。彼女は小さな鞄から、人間の舌を取り出した。
ミーナはふんと鼻を鳴らし、威圧的に吐き捨てるように言った。
「要らないわ。呪いの遺物はもらっちゃだめってお母さんから言われているのだもの」
「だけど、これはあなたたちのお母さんのものでしょ」
このように言われると、ミーナはその不気味な人間の舌に興味を持って、その舌に手を伸ばした。
そのときだった。
その不気味な舌がにょきにょきと動き出して、ミーナの手を這い上がって、彼女の口に入り込んだ。
ミーナは入り込んだ物を引っ張り出そうとしたが、それは既にミーナの舌と密着していて、外れなくなってしまった。
これを見ていたミヤルたちは呆然と立ち尽くしていた。
ミーナは怒り、彼らに向かって呪いの電撃を放った。ミヤルたちは悲鳴を上げて逃げ去った。
そのあと、ミーナは口の中の異物感に苦しみ、入り込んだ不気味な舌をどうにか引っ張り出そうとしていたが、そうしている内にネビウスとカミットが帰ってきてしまった。
ネビウスが「起きていたのね」と話しかけると、ミーナは何事もなかったかのように「お母さんとカミットがいなかったから心配だったの」とだけ言った。
第199話~第204話「岬の古塔」おわり。
お知らせ:第199話~第204話までのタイトルを「兎の巣穴街」から「岬の古塔」に変更しました。




