第193話 関所の街(2)
関所の街での滞在は早くも数日に及んだ。
ネビウスは関所の通過手続きに手こずっていた。彼女は関所を管理する月の神官に交渉したかったが、その取っ掛かりすらも見つけられずにいた。
それは具体的には、ネビウスが秘密の相談を持ちかけるべき相手がどこにもいなかったということである。関所の街にいる関所の神官は牢獄の都の大神殿から派遣されているだけの身分であり、彼女らの誰一人として特例措置の是非を判断できなかったのだ。
このような事態に陥って、ネビウスは苦々しい顔をしながら毎朝早起きをして、関所審査の一般抽選の列に並んだ。そして期待の結果を得られずに帰宅するのであった。
一方で、カミットはネビウスの指示により、宿で留守番していなくてはならなかった。彼は三日くらいの間はその指示に従っていたが、とうとう我慢できなくなって、関所の街を探検することに決めた。
その日の朝、カミットはネビウスが出かけるのを見送ると、すぐさま出かける準備を始めた。ミーナがこれを見て、カミットに話しかけた。
「どこか行くの?」
「んん? ちょっとね」
カミットは平然と返した。
するとミーナがいろいろと言い始めた。
「お母さんは宿にいなさいって言ったわ」
「ネビウスが帰ってきたときに宿にいれば大丈夫だよ」
「そうなの?」
「だってさ、それならネビウスには同じことだよ」
「そうなんだ」
カミットはミーナを鬱陶しく思いながらも、ハッと気づいて、強めの口調で言った。
「僕が出かけたことをネビウスに言っちゃだめだよ」
「え、うん。言わないけど。ねえ、……私も行くわ」
「駄目だよ。関所の街は危ないってネビウスが言ってたよ」
「だってカミットが行くなら、私も一緒よ」
このときカミットは素早く思考した。ここでミーナを連れて行かなければ、後で彼女がネビウスに告げ口をするような気がしたのだ。
「うーん。どうしよう」
カミットが困っていると、ミーナが近づいて腕を絡ませて、ぴたりとくっついた。
「一緒よ」
「仕方ないなァ」
二人で出かけるに当たって、ミーナがカミットに助言をした。関所の街のような街を歩くには、あまり目立つ姿をすべきではないと言うのだ。ミーナはボロ布のマントを取り出してきて、カミットの肩に取り付けた。彼女自身もそういうマントを身に着けた。
こうして彼らはその身なりをやつして関所の街に繰り出したのであった。
※
運送業者は積み荷を運んできて、空の荷車で帰るのではない。彼らは代わりの商品を仕入れて帰るのだ。
市場には、鎖に繋がれて陳列された人々、あるいは囲いの中で取っ組み合いをする男たちなどがいる。
奴隷である。
奴隷はあらゆる都市や村で必要とされている。一般には農作業や炭鉱労働のために用いられ、一部は上流階級の家事使用人にもなる。
カミットとミーナはこの奴隷市の競りを見物した。カミットは良き奴隷、悪き奴隷の違いを観察した。ミーナは奴隷市に興味なさげにしていたが、カミットは彼女に聞いてみた。
「人気の奴隷とそうでない奴隷は何が違うんだろう?」
ミーナはさも当然のように教えた。
「親よ。牢獄の都で善い振る舞いをした親の子供は高く買ってもらえるのよ」
「そうなんだ!」
そのあとカミットが奴隷市をくまなく歩き回っていると、ミーナが疲れてしまった。カミットは青果市場で赤い果実を買って、近くの石段に座って休憩した。
ミーナはカミットが買ってやった果実をしゃくしゃくと食べながら言った。
「甘くて美味しいわ。ありがとう、カミット」
「どういたしまして!」
カミットはこうして果実を食べている間、売り買いされる奴隷を眺めながら物思いに耽った。彼はネビウスの子として育てられてよかったと改めて思った。ミーナが家族に加わったこともまた、やはり良いことだったと思った。何か違う運命があって、ミーナが値札を付けられている姿を想像すると、それだけでも辛い気持ちがした。
カミットはふと疑問を持った。
「なんでネビウスは奴隷を買わないんだろう」
「お母さんは奴隷が嫌いなのよ」
「なんで?」
「分からないけど」
「そういえば古の民は奴隷を使わないね。皆そうだ」
「きっと秘密がいっぱいだからだわ。奴隷は信用できないから、一緒になんて暮らせないのよ」
「そっか。そうかも!」
こうして彼らが和やかに話している間、彼らの目に見えるところで窃盗があり、喧嘩が起こり、大騒ぎになった。
カミットが興味を持って近づいていこうとすると、ミーナが引き止めた。
「カミット。駄目よ。罪に近づくのは危ないわ」
「うーん。そうだね」
騒ぎには野次馬が付き物であり、カミットもまた刺激的な見世物を楽しみたかったが、ミーナを巻き込むわけにはいかなかったので、ぐっと我慢したのであった。
※
カミットとミーナが昼過ぎに帰宅すると、なんとネビウスが宿で待ち構えていた。
ネビウスはカミットを叱ったりはしなかったが、彼女はミーナのことは日中も連れていくことにした。
というのは、ネビウスには一つの案があったからである。罪人審判の手続きが渋滞しているというなら、それを手伝ってやろうと考えたのだ。
ネビウスはミーナを関所の神官に引き合わせて、罪人審判の補助を申し出た。
「もちろん主には私がやるわ。ミーナはその見習いよ」と言って。
暗い部屋に鎖で繋がれた罪人が入ってくる。
ネビウスとミーナはその罪人を高所の審判席から見下ろした。
兎の仮面で顔を隠した月の神官がネビウスに近づき、書簡を渡す。ネビウスはその書簡を読み上げる。
「罪は窃盗。被害は銀貨にして百二十枚相当、負傷者は無し」
ミーナが進み出て、天秤を掲げた。
金色の髪をして、雪のような白い肌をした、美しい少女である。
そのミーナが淡々と告げた。
「死刑。血の花の刑」
ネビウスは頭を掻いて、へらへらと笑った。彼女はミーナに耳打ちした。
ミーナはむっとしてネビウスを睨んだが、すぐに訂正して再び告げた。
「鞭打ちと労役」
ネビウスはミーナににこりと笑いかけた。




